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まぜもの妖談 ~狼天狗と雪女~  作者: 仲山凜太郎
27/33

【27・瑞雪の匂い】


 高尾は携帯電話の呼び出しで起こされた。

「誰だよ、非常識だろうが」

 朝、目覚まし以外の音で起こされるのは不快だった。昨日の夜は思い出しパーティで徹夜だっただけに、今夜はぐっすり眠りたかったのだが。もっとも、時計を見ると時間だけはそれなりに眠れていた。

 画面を見ると発信者は「公衆電話」となっている。

「何だこりゃ……はい、高尾です」

《先輩……》

「瑞雪か?!」

 一発で目が覚めた。飛び起きると携帯電話を手にしながら着替えに手を伸ばす。ものすごく嫌な予感がした。

「どうしたこんな時間に。何かあったのか?」

《あたし……》

「用件だけ言え」

《ありがとうございました》

 通話が切れた。

「何なんだ?」

 思わず口にした。今のはまるで別れの挨拶だ。

「なに言っているんだ、あの馬鹿は。なにがありがとうだ。俺は頭を下げられるほどのことはしてねえぞ」

 着替えながら出てくる言葉は震えていた。

「山太郎、どうしたのこんなに早く」

 朝ご飯の支度をする母の声を「ちょっと出てくる」で流すと、高尾は家を飛び出した。向かうのはもちろん瑞雪の家だ。

 出来れば狼天狗になって行きたかったが、朝早いとはいえ人目がある。駅前商店街の店によってはすでに開店準備に入っている。

 商店街を駆け抜け、駅の連絡用通路を通って反対側に出る。

 駅前の賑わいがなくなると同時に、高尾は全速力で駆け出した。朝の空気を裂きながら高尾の体が瑞雪への家に近づいていく。

(くそう、もっと速く走れ)

 瑞雪の家に駆け着いた高尾は、インターホンも鳴らさずドアノブに手をかけた。鍵はかかっていない。

 ドアを開いた途端、流れ出た冷気にたじろいだ。濁った氷の匂いが鼻につく。

「おい、クーラーつけっぱなしには早いぞ」

 自分でも笑えないと思いつつ、瑞雪の名を呼びながら勝手に上がっては彼女の部屋に向かう。

 部屋の前には、凍り付いた彼女の両親がそのままになっていた。いくら高尾でも、それを見れば何があったかは見当がつく。

「何だよ……2年は余裕があるんじゃなかったのかよ。なんでこんなに早く……」

 瑞雪の部屋をはじめ、片っ端から部屋を開け回る。程度に差はあれ、どれも薄氷が張っており、瑞雪の姿はなかった。

「どこにいるんだよ、瑞雪!」

 背後に人の気配を感じて振り返る。

 鞍馬と明子が立っていた。

「桜島さんから電話を受けました」

 屋内を見回し

「これは、力を無尽蔵に放出したみたいですけど……」

「コントロールできなくなったんだ」

 高尾が力任せに壁を叩くと、氷がはがれ落ちた。

「瑞雪がどこに行ったか知らないか?」

「わかりません。電話ではただお世話になりましたとしか」

「あいつらのところだ」

 高尾はポケットから携帯を出すと、尾似島からもらったカードに書かれた番号を押す。

 尾似島はすぐに出た。

《雪女の娘のことか》

 挨拶の言葉もなく尾似島が応えた。高尾から電話が来ることは予想していたらしい。

「そうだ。そこにいるのか?」

《ここにはいない。これから迎えに行くところだ。言っておくが、我々が無理矢理連れて行くのではない。娘が自分の意思で連絡してきたのだ》

 自分の意思でというところに力が入っていた。

「瑞雪に会わせろ。話がしたい」

《断る。あの娘がどんな思いで我々に電話してきたかわからんのか。お前のすることは、却ってあの娘を苦しめるぞ》

「それでも話をさせろ!」

《断る》

「だったら俺も行く。俺も人喰いに喰わせる人捜しの手伝いをする。どこに行けば良い」

 その言葉に明子が驚くのを、鞍馬が口に人差し指を当てて制した。

《わかった。2、3日経ったら連絡する。雪女の娘に会わせた途端、彼女を連れて逃げ出されてはかなわん》

 高尾の思惑など尾似島はとっくにお見通しだった。高尾がすぐに行きたいと叫ぶが、

《駄目だ。こちらからの連絡を待て》

 それだけ言って切れた。

「向こうも馬鹿じゃない。君が人喰いのサポーターとして実績を作るまでは桜島さんと会わせる気はないのでしょう」

 鞍馬が頷く。烏天狗の聴力は、少しぐらい離れていても電話の会話を聞き取れるのだ。

「気楽に言うな。このまま瑞雪があいつらと行ったら、人喰いになっちまうんだぞ」

「じゃあ、連れ戻したら彼女の人喰いは収まるんですか? 最善の策というのは現実の問題を見据えた上で出すものです」

「じゃあ、部長の言う最善の策って何だよ」

「決まっているでしょう。桜島さんの納得できる策です。彼女の不安を取り除くことができない限り、連れ戻しても意味がない」

「それでも今は瑞雪を連れ戻すことだ。対策はそれから考える」

 肩を怒らせ、高尾は瑞雪の部屋に入る。何でも良いから手がかりが欲しかった。しかし、その姿は単に苛立ってうろつき回っているだけにしか見えない。

「鞍馬さん」

 不安の目を向ける明子に

「今は彼女を連れ戻すしかないという高尾君の意見には賛成です。彼女がこのまま他の人喰いのサポートを受け、人を喰うことに慣れた後に良い対策法を見つけてももう手遅れですから」

 はたと気がついたように高尾が顔を鞍馬に向け、

「部長、電波を探知して相手の携帯の居場所を特定できるまぜものとかいないのかよ?!」

「古江さんという、びりびりのまぜものがいます。彼女は自分の肉体を電気信号に変えてネットの端末から端末へと移動する力があります」

「そいつを呼んでくれ」

「休暇を取って旅行中です。邪魔されたくないとかで、各種端末を全部置いていきましたので連絡が取れません」

「非常用の連絡先ぐらい知らせておけよ!」

 屋内を見回す鞍馬の目が、瑞雪の両親に向けて止まった。

 片膝ついて両手を広げ、正面を見据えるような姿で凍り付いている瑞雪の父と、助けを求めるようにその体に正面から抱きついたままやはり凍り付いている母。

 2人を見ながら鞍馬は目を細め、小首を傾げた。

(何でしょう……何か変です)

 何かがおかしい。鞍馬の勘がそう告げていた。しかし、何がおかしいのかがわからない。

 高尾は瑞雪の部屋で、氷の張ったベッドに腰を下ろして頭を抱えていた。ベッドには瑞雪が最後の着替えの時に脱いでいった服や下着がおいてある。

(このまま何も出来ずに終わるのかよ)

 何より悔しかったのは、瑞雪がこの事態において、自分に何の相談もなく尾似島たちの下に行ったことだ。まるで高尾では助けにならないと言われたようだ。

(何だよ、俺ってそんなに頼りないか。この何日か俺と一緒にいて出た結論がそれか。……いやいや、落ち着け落ち着け。こういうときこそ落ち着くものだとテレビでも小説でもコミックでも言っている)

 腕を組んだままベッドに横になった。さすがに張り付いていた薄氷も半ば溶け、布団は妙に湿っぽい。

 窓を見る。前に彼がここを訪れたとき、そこから中をのぞき、着替え中の瑞雪と遭遇したのだ。目を閉じると、その時の瑞雪の姿が今でも思い浮かべられる。ショーツ一枚の姿で、大きさはさほどではないが、実に形と色の良い胸の膨らみ……。視界の隅には脱ぎ置かれた彼女の下着。

(って、何を考えているんだ俺は)

 そんな状況じゃないとわかっているのに、つい瑞雪の裸体を思い浮かべてしまう。なんでだよと悶える彼は、微かに鼻に感じる匂いに気がついた。先日、彼女を抱きしめたときに嗅いだ瑞雪の肌の匂い。ベッドに微かに残った彼女の匂いが彼を刺激したのだ。

「そうだ!」

 彼はベッドから飛び起きると、脱ぎ捨てられたパジャマに鼻を寄せて呼吸を整え、精神を集中させた。

 確かに、瑞雪の匂いがここにあった。

「そうだそうだそうだ」

 ドアを開け、廊下で瑞雪の両親を前に考え事をしていた鞍馬に

「部長、瑞雪を追うぞ」

「どうしました? 行き先の手がかりでもつかみましたか」

「瑞雪の匂いだ。俺は狼男の嗅覚を持っているんだ。警察犬みたいに匂いを追える」

 いきなり服を脱ぎ出す高尾に、明子が慌てて背を向けた。

「なるほど、それは君にしか出来ませんね」

 裸になり、高尾は狼天狗へと変化する。鼻をひくひくさせ

「やっぱり、狼天狗の方が鼻が利くぜ。瑞雪の匂いがよくわかる」

 その姿に鞍馬は頷くと、自分の携帯を差し出した。

「持っててください。GPSで追跡します。人から声をかけられたら、自主映画の特殊メイクとか着ぐるみとか言って誤魔化してください」

「誤魔化せなかったら」

「誤魔化すんです」

 それ以外は認めないような口ぶりである。

「透野さんも高尾君と一緒に行ってください。もし戦いになったら無理せず離れて状況を報告してください」

 脱いだ高尾の服をたたみながら明子も頷いた。

「で、部長は?」

「美味菜温泉に戻って爺を連れてきます。結界が必要になるかも知れません」

「結界?」

「注連縄の付喪神のまぜものである爺は人払いの結界を作れます」

「わかった、行って来る」

 携帯を修験者の服の袂に入れ瑞雪の家を飛び出すと、鼻をひくつかせて匂いを追う。新聞を取りに出た近所の人が、目の前を通り過ぎる狼天狗にぎょっとした。

 匂いを追って高尾は進む。駅へと近づくにつれ人が増え、皆が狼天狗の姿に驚いていく。

 中には携帯のカメラで撮影しようとする人もいたので、鞍馬の言葉を思い出した高尾は芝居っ気たっぷりにポーズを取って見せた。すると、撮影者はみんな顔をほころばせる。誰も本物の狼天狗だとは思わないのだ。高尾の後に、いつ用意したのか「撮影中、お静かに」と書かれたプレートを掲げた明子がついてくるので尚更だった。

 ついに瑞雪が使った公衆電話にたどり着く。しかし、すでに彼女の姿はない。

「そんなに遠くには行ってないはずだ」

 高尾が再び鼻に神経を集中、追跡を再開した。瑞雪の匂いがさっきよりも強まっていた。距離は縮まっている。

 自然と高尾の足は速まった。


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