【23・人喰い悲恋】
美味菜ビル中庭の一角に、樹齢200年近いしだれ桜がある。毎年これを目当てに花見客が訪れ賑わいを見せており、今年も週末の度に様々なイベントが催された。
「今年はこれで終いじゃの。ご苦労さん」
満月の光を浴びながら佇む桜に葛生が笑いかけた。その視線の先には一輪だけ残った花がある。
(そろそろ毛虫がついてきますから、今年もよろしゅう頼みます)
人には聞こえない呟きが葛生の耳に入る。この桜の精である。もともと力は強かったが、美味菜ビルが建ち、様々なまぜものたちが集まってからはその妖力に影響されたらしく、妖力の強いまぜものとならある程度会話が出来るようになっていた。
桜の前のベンチに腰を下ろした葛生と雫が静かに酒を飲み交わしながら
「そうそう。また新入りが入りそうなんじゃ」
と高尾と瑞雪について精霊に話すと
(何だかそのお2人、尾似島はんとさゆりはんを思い出しますなぁ)
葛生と雫の顔が曇った。
(ほんま仲良うて。あないなことにならんかったら、尾似島はんも美味菜温泉の番頭として働いとったんでしょうなぁ)
一輪残った花が風に揺らいだ。
(噂をすれば……ですなぁ)
庭園中央にある池に架かった橋に尾似島が立っていた。
静かに葛生たちの前に歩み寄ると、軽く頭を下げた。
「久しぶりじゃな。顔も出さずに。便りのないのが良い便りにしても程度があるぞ」
「あいにくだが、友好を深めに来たのではない」
「真面目なところは変わってないの。どうじゃ、駆付け三杯」
差し出された一升瓶を受け取った尾似島は、そのまま半分ほど残っていた酒を一気にラッパ飲みした。
「面白みのない飲み方しよる。酒はもっと味わうもんじゃ」
「俺の用事は和やかにするもんじゃない」
「尾似島さん、ずいぶんと顔が怖くなったわね。私たちといた頃は、もっとさわやかな好青年だったわよ。加山雄三の若大将みたいな」
雫が悲しげな目を向ける。
「若大将と呼ばれる年じゃない。今の俺のことは知っているな」
「ああ、人喰いのために働いているという噂を聞いたが、本当のようじゃな」
「だったら話は早い。ここに雪女であることを思い出したまぜものが来たはずだ。彼女を保護する。説得を手伝ってくれ」
「いやじゃと言ったら」
「手荒なことはしたくない」
「瑞雪ちゃんは、まだ人喰いの兆候は出ておらん」
「出てからでは遅いことは、爺もわかっているはずだ。彼女には人を喰うことに慣れさせねばならん。さゆりの件を忘れたか」
稲妻混じりの風が尾似島を中心に渦巻いた。
尾似島が葛生たちと決別したのは、20年前のことだ。
当時、尾似島には夕凪さゆりという恋人がいた。一見したところ仲むつまじいお似合いのカップルであったが大きな悩みがあった。
さゆりは山姥のまぜものであり、人喰いだった。山姥は人喰いではあるが程度は低い。人で無くても牛や豚の生肉で代用できると思われた。
生肉ならば手に入れるのは簡単だ。年頃の女の子が生肉にかぶりつくのはあまり良い図では無かったが、尾似島にとってそんなことはどうでも良かった。
だが、生肉で大丈夫だというのは、尾似島の思い込みに過ぎなかった。さゆりは、内からわき出る衝動とひたすら戦っていたのだ。
人間が食べたい。生きた人間を食いちぎり、血の滴る肉を食べたい。牛や豚じゃなくて人間が食べたい。しかし、そんな衝動を彼女は必死で抑えつけた。
自分のために生肉を手に入れてくる尾似島の姿を見ると、とても人間を食べたいとは言えなかった。それだけではない。人間を喰えば、その瞬間自分はまぜものではなくただの怪物になってしまう。それらの思いが、彼女にとって大きなブレーキとなった。
彼女はブレーキを踏む度に自分を責めた。人を喰わなくても良いのに人を喰いたがる。自分は恐ろしい人喰いだと。
そんなある日、尾似島たちはある退魔師の集団に襲われた。退魔師たちの中には、妖は全て滅ぶべしと考える一派がいる。彼らを襲ったのもそういう連中だった。
退魔師自体は尾似島が返り討ちにした。だが、彼らを倒しほっとした尾似島が見たものは、むさぼるように彼らの死肉を喰らうさゆりの姿だった。襲い来る退魔師の恐怖から彼女の理性が吹き飛んだ瞬間、人喰い山姥の本能が彼女を支配したのだ。
尾似島は一度のあやまちに過ぎないと言った。むしろ、一度喰ってしまった故に、却ってそれに対する抵抗が出来た。病気に対する免疫みたいなものだと。
さゆりもそうだと思い込んだ。いや、思い込もうとした。しかし、人間を喰うことに味を占めた彼女の体は、次の衝動に備えて欲望を蓄えていたに過ぎなかった。
そして、ついにそれが爆発した。しかも、それはさゆりが保母の勉強のため、仕事の手伝いに訪れた託児所で起きた。
さゆりは目の前にいる幼子たちを殺し、その死体をバラバラにして生のまま喰らったのだ。
我に返ったさゆりは自分が何をしたのか悟り……狂った。いや、狂おうとした。刃物を振り回し、奇声を上げながら町を暴れ回り、警官から銃弾を撃ち込まれたあげく建築中のビルの屋上から身を投げた。
駆けつけた尾似島が見たものは、柱の鉄芯に串刺しになって死んださゆりの姿だった。
マスコミは彼女を現代の鬼女として取り上げた。山姥は見た目は人間と大差ないため、妖であることは報じられなかったが、彼女の家族はマスコミをはじめ周囲から袋叩きにされた。
さゆりの実家を訪れた尾似島は、家の様子に愕然とした。扉にも塀にも窓にも家族を罵倒する文句がスプレーで書き込まれ、ポストには「これを食えよ」という手紙と一緒にゴキブリの死骸が詰め込まれていた。
家に入ると電話が鳴り、取ると「死ね」の言葉とともに切れた。不安になった尾似島がさゆりの両親の姿を求めて奥に行くと、2人は並んで首をつっていた。
父は死に、母親は助かったものの気が触れて入院、一ヶ月後、看護師の隙を見て逃げ出した彼女はそのまま屋上から飛び降りた。
尾似島が葛生たちの前から姿を消したのは、その翌日だった。
「さゆりを殺したのは俺達だ」
そう言う尾似島の目には、諦めではない、強い意思が感じられた。
「人喰いのどこが悪い。此の世の生き物は、みんな他の生き物を喰って生きている。
それなのに、俺達は人喰いをまるで悪しき存在であるかのように扱った。ただ単に喰う対象が人間だったと言うだけで。思い出すまで人間として生きていたせいで、そのあたりの感覚が麻痺してしまっていたんだ。
人喰いは悪じゃない。俺達がよってたかって悪に仕立て上げたんだ。そして人喰いたちを苦しめ、ついには心を壊してしまった。さゆりを、さゆりの両親を殺したのは俺達だ。
俺達はさゆりが人喰いとなるのを阻止するのでは無く、人喰いになった後も仲間として迎え入れるべきだったんだ。人喰いであることに何の後ろめたさも感じないように守るべきだった」
語るにつれ、彼を取り巻く稲妻混じりの風が勢いを増していく。彼の心の雄叫びを示すかのように。だが、葛生も雫もそれに動じる気配はない。
「そのために、瑞雪ちゃんを連れて行こうというのか。それはやめろ。わしはまだ、瑞雪ちゃんのハダカを見ておらん!」
途端、葛生の顔面を雫の爪が切り裂いた。
「ひひゃあ、痛い痛い痛い」
「エロ爺ごっこも時と場所を選びなさいな」
傷ついた顔に蟇の油を塗る葛生を尻目に、雫は尾似島に向き直った。
「言い方はともかく、私も爺の意見には賛成。思い出したばかりのあの子を人喰いの中に放り込むわけにはいきません」
「ここにいたらさゆりと同じことになる。あの娘から、人喰いになることの恐怖を取り除く必要がある」
「瑞雪ちゃんはまだ人喰いになると決まったわけでは無いぞ」
傷を治した葛生が、今度は大まじめな顔を向けた。その口調、表情からは先ほどのおちゃらけぶりは微塵も感じられなかった。
「ならないと決まってもいない。あの雪女は俺達が預かる。2年経って、人喰いの兆候が表れなかったらその時は帰そう。それでいいな」
「駄目じゃ」
「ならば、あの雪女が人喰いになったとき、爺たちが面倒を見るのか。あの温泉に来た客たちを密かに拉致し、あの娘に喰わせてやるのか」
「それは出来ん」
「やりたいことはやるが、それで生じるリスクには知らん顔か」
尾似島が肩を落とすのに合わせて稲妻が消え、風が止んだ。
「俺達はあの雪女を連れて行く。兆候が表れてから動いては遅すぎる。俺達が保護し、他の人喰いたちと暮らすことで、人喰いに対する恐怖と抵抗を和らげる。
今夜来たのは、その時に邪魔をしないよう説得するためだったが……邪魔をするなら容赦はしない」
「それはこちらも同じです」
音も無く尾似島の背後に刀を手にした鞍馬が舞い降りた。すでに烏天狗の姿に戻っている。
「桜島さんのことだけではありません。あなたのお仲間は私の通う学校の生徒を喰った。私にとっては不愉快な出来事です。例え喰われたのが人としてまったく評価できない人物でも」
「そうか、それもあったな。しかし、今更あの5人を生き返らせることも出来ん」
面倒くさそうに頭を掻くと、尾似島は風を纏って浮き上がり
「喰い方が乱暴すぎた。とりあえず上の方には連絡する。数日中に俺達はここを去ることなるだろう」
「去るときに何人か喰っていく。なんてことがないよう祈りますよ」
鞍馬の刀を握る手に力が困る。
「言うことは言った。お前たちがどう言おうと、俺は人喰いたちを守る。お前はどうだ。人間というのは、お前が命をかけてでも守るほど価値ある存在なのか」
睨み合う尾似島と鞍馬。
そして尾似島は夜の星に向かってその体を運んでいった。
鞍馬は追わなかった。
「尾似島め。無粋なことをするようになったの」
地面に落ちた桜の花を拾い上げて葛生が言った。最後に残ったしだれ桜の一輪だった。
(助けてほしいんやろなぁ)
桜がつぶやいた。
「今のあいつは、守ってばかり何じゃろうなぁ」
「爺」
しんみりとする葛生たちに鞍馬は
「私は尾似島さんが爺たちの仲間だった頃を知りません。爺たちと違って容赦はしません」
「止めやせんよ。じゃが……奴は強いぞ。お前よりもな。それでも挑むか」
「師から教わりました。技は自分より強いものと戦うために生み出されたもの。なぜなら、自分より弱いものを倒すのに技はいらないから。
格闘技にしろ、剣技にしろ、技を学んだ以上、相手が強いというのは戦いを避ける理由になりません」
「罪なことを教えるお師匠さんね」
「師はこうも言いました。罪に背を向けてはならん。それは己を高めるチャンスであると」
鞍馬の羽根を月の光が光沢となって流れた。
「義経。勝てんと思ったらさっさと逃げろ。強いからではなく、死にたくないなら逃げても良いじゃろう」
「考慮します」
寮に戻る鞍馬。その入り口には明子が待っている。
高尾の自宅では、「山太郎が思い出したぞ。めでたいパーティ」が続いていた。
「いいか山太郎。惚れた女を嫁にするってのは、死ぬまで一緒にいるって事だ。それは自分の人生の半分をその女にくれてやるって事でもある」
ワインの空き瓶をいくつも並べた中、エヴァンゲロスは高尾に座った目を向けていた。
すでにテーブルは空になった皿や酒のグラスで一杯で、さすがに水扇がそれらを洗うため、今は流しに立っている。
「そんな女を見つけたら、他の男にかっさらわれる前に捕まえろ。最優先だ。それだけの女を手に入れるためなら5年や10年費やしても、充分お釣りが来る」
「わかったから父さん、そろそろ酒は止めた方が」
「わかっとらん!」
エヴァンゲロスは酒臭い息を吹きかけて
「わかっとるなら、その瑞雪という娘をうちに連れてこい! 彼女もまぜものならばなおさらだ」
(何度目だよ……)
パーティが始まってから、高尾は両親からなれそめについて今まで隠してきた内容をいろいろ聞かされた。出会ったとき、水扇はすでに自分がまぜものであることを思い出していたがエヴァンゲロスは思い出していなかった。水扇が始め彼の求愛に背を向けたのはそのせいもあった。
彼が諦めないので、ついに彼女は自分の正体を明かした。それでも彼は諦めなかった。呆れかえった仲間の烏天狗達が彼を攻め立て、ついに「殺してしまえ」と斬りつけた時、エヴァンゲロスは思い出した。
狼男のまぜものと化した彼を見て周囲は戸惑った。まぜものである以上、今まで反対した理由は通用しない。水扇も彼がまぜものである以上、拒む理由もなかった。
しかし、烏天狗たちは保守的なものが多いために、異国の妖である狼男との結婚は認められず、やむなく駆け落ち同然に一緒になった。そのせいで、水扇は故郷でもある高尾山の天狗たちから絶縁に近い状態である。だが、水扇はあまり気にしていなかった。彼女は生粋の烏天狗ではなく、烏天狗と河童のまぜものだった。だから、高尾の体には表に出るほどではないが、河童も眠っていることになる。
その後、ずっと正体がばれないようにして暮らしていただけに、美味菜温泉がまぜものたちの集まりだと知って喜んだ。
「なんてこったい。店を開いて10年以上経つのに気がつかなかったとは!」
その場で葛生に電話をかけて挨拶したぐらいだ。
高尾も自分が思い出すまでのことをみんなしゃべってしまった。瑞雪もまぜものであることを喜び、人喰いたちに怒り、同情した。
酒が充分回った頃からエヴァンゲロスは結婚観を持ち出し、説教を始めた。しかも酔っているものだから同じ話を延々と繰り返す。人生半分云々は、10回以上聞かされた。
「何年ぶりかしら、この人がこんなに飲んだのは」
水扇がテーブルに突っ伏していびきをかき始めた夫に毛布をかける。
「ごめんなさいね。この人、あなたが思い出したのがうれしくてしょうがないのよ。これでずっと一緒に住んでいられるって」
まぜものたちが人間の中で生活するにあたり、やっかいなのがまぜものは思い出した途端、寿命がその妖のものになることだった。妖の寿命はほぼ全てが人間より長い。だから、高尾が思い出さないままだと、数10年後には両親より老けた外見になってしまう。
「一緒にか……」
高尾は水扇に向き直って
「母さん、人喰いが、人を喰わずに済む方法を知らないか」
水扇は何を言うかときょとんとしたが、すぐにその意味を悟る。
「瑞雪さんを助けたいの?」
「このまま人喰いの兆候が出なけりゃ良いが、もしも出たら」
「あいにくだけど、人喰いに人を喰うなと言うことは、死ねという事よ」
「理屈じゃそうだろうけど。そうじゃねえんだよ」
テーブルを叩く息子を、水扇はじっと見つめている。その目は母の目だった。
「ひとつだけ方法はあるわ。いえ、あると思うわ。おそらく、何人もの人喰いが思いついたものの、やり方がわからない解決法」
高尾は身を乗り出し
「なんだそりゃ」
「忘れる事よ」
「え?」
「私たちは数百年前に自分が妖であることを忘れさせられた。その時に妖としての記憶も、寿命も、能力も忘れて人間になった」
高尾も気がついた。
「そうか、人喰いになったら、もう一度忘れて人間になれば良いんだ。まぜものの力はなくなっちまうけど、人喰いでもなくなる」
「でも、その方法がわからない。そもそも、私たちを忘れさせた力の正体もわからないんですから」
結局、今、自分に出来ることはないのか。いらつきながら高尾はラムの串焼きにかぶりつく。
水扇はそんな息子の姿を見て
「山太郎は、どうすれば瑞雪さんが幸せになると思う?」
「え?」
「あなたはどういう風に生きられれば幸せ? そして、瑞雪さんはどういう風に生きるのが幸せ?」
「んなこと、急に言われても」
水扇は軽く山太郎の額を指で弾き
「それがわからないと、ゴールもコースもわからないままレースに参加するようなものよ。とりあえずで良いから、まずは目標を決めなさい」
言われて高尾は大きく息をつく。
「難しいことはわかんねえけど、瑞雪は……雪女であることを思い出してからちっとも幸せそうに見えねぇ。ちっとも魅力的じゃねえ」
「そうか、思い出す前の彼女は魅力的だったんだ」
言われて高尾は慌てて否定しようとしたが、言葉が出てこない。その様子に、水扇は楽しげに笑った。
「強くなりなさい。そして、彼女のそばにいてあげなさい」
言いながら、水扇はそっと寝息を立てているエヴァンゲロスの背を撫でる。
「あなたがそばにいるだけで、どんな不安も消えてしまうような、そんな男になりなさい。山太郎なら出来るわ。この人の子供なんだから」
「具体的に言ってくれよ」
「それは自分で考えなさい」
空になった皿を片付けながら、水扇の体が烏天狗から人間へと変わる。ちゃんと服も着ているので、服の問題はクリアしているらしい。
疲れた顔で高尾が窓を見ると、外はすっかり明るくなっていた。
「結局、徹夜かよ……」
学校を休みたいと思ったが、そうはいかない。
「そう、思い出してないのか」
学校へ続く道を歩きながら、高尾は瑞雪の話を頭の中でもう一度繰り返した。
瑞雪はずっとうつむいたままだ。顔をあげる気力もないらしい。
そんな彼女を見ながら、高尾は小さく息をつく。昨夜、母にも言ったが、思い出してからの瑞雪はちっともいい女ではなくなった。保健室や、岩麻たちとの取材は自分でやると言い切った彼女は、危なっかしい存在ではあったが、今よりずっと高尾好みのいい女だった。
こうなると、自分の両親は思い出しているばかりか、昨夜は徹夜でパーティをしていたことが恨めしく思える。まるで瑞雪に対する当てつけみたいに感じられた。
高尾はなにを言って良いのかわからなかった。母の言った「忘れれば良い」という解決法を口にしようにも、その手段がわからなければぬか喜びだ。それに、忘れるとかなかったことにするという解決法は、どうも好きになれないというか、逃げるみたいで嫌なのだ。
「瑞雪」
高尾に言えることはひとつしかなかった。
「ため込むんじゃねえぞ。八つ当たりでも言いがかりでも良い。腹ん中にたまっていたら俺にぶつけろ。大人が酒飲んで不満を叫ぶようにな」
要は力任せの正面突破である。これで解決できるなら苦労はないが、高尾にはこれしか言えなかった。それに、今はどんな形でもいい、瑞雪が前に進む形で動いてもらいたかった。
「でも、そんな」
瑞雪が言い淀んでいると
「かまわねえ。俺は狼天狗だし、親も思い出している上に喜んでいるし、なんで俺ばっかりこんな良い環境なんだって自分でも腹が立ってるんだ」
そんな高尾を、瑞雪は唖然と見ていたが
「ありがとうございます。先輩、みんなが言うよりずっといい人です」
笑顔を向けられ、高尾の方が困ったように目をそらした。
「あんまり気にするな。俺は狼男だからな、下心混じりで言っているんだ」
「先輩にだったら、食べられても良いです」
逆だろうと高尾は思ったが、口にはしなかった。




