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まぜもの妖談 ~狼天狗と雪女~  作者: 仲山凜太郎
22/33

【22・孤独と歓迎】


「2人とも、もっと気楽になったほうがいいわ。俺って妖怪の力も使えるんだ。スゲーってはしゃぐぐらいがちょうど良いわ。でないと、本当につぶれてしまうわよ。真面目な人ほどそうなんだから」

「だから高尾君は大丈夫です。調子に乗って周囲に言いふらしたり、気に入らない人に対して力を使わないかが心配ですけど。本当に気をつけてください。思い出したまぜものは強力な身体能力を持ちますから。今の高尾君なら、簡単に人を殴り殺せます」

 という雫と鞍馬の言葉に送りだされ、高尾と瑞雪は帰路についた。2人は新品の制服を着ている。美味菜温泉下のショッピング街に、白無垢学園の制服を扱っている店があるのだ。

 すでに終電の時刻も過ぎ、駅前もひっそり静まりかえっている。

 高尾の家の方が近いのだが

「家の前まで送っていく。羽宇たちがまた襲ってこないとも限らないしな。護衛代わりだ」

「護衛というより、送り狼男ですね」

 笑顔で返す瑞雪だが、それがどうも無理しているように高尾には見えた。

 住宅街もすでに半分以上で明かりが消えており、2人の影を作るのは街灯ばかりだ。

(なるほど、部長の言うとおりだ)

 満月のせいなのか、それとも狼天狗であることを思い出したせいなのか、高尾はいつもよりもハッキリものが見え、聞こえ、嗅ぎ分けられた。先日、明子が彼の身体を持ち上げたりしたが、あれも今にして思えばまぜものであることを思い出したが故のパワーなのだろう。

 瑞雪の息づかいが落ち着かないのまで感じ取れた。

「いくら狼男が混じっているからって、襲わないから安心しろ」

「そうじゃないんです」

 慌てて瑞雪は否定した。とすると、高尾が思い当たることはひとつしかない。

「やっぱり、怖いか」

「……怖いです。思い出したとき、あたし、空手部の人達を凍らせちゃいました」

「あれは不可抗力だろう」

「でも、人喰いになっちゃったら、あれをしなければあたし、生きていけなくなるんですよ」

「まだ決まったわけじゃねえだろ。何度も言わせるな」

「先輩にはわからねえよ!」

 睨み付けられ、思わず高尾はたじろいだ。

「先輩は良いよ。狼男に烏天狗でしょ、どっちも人喰いじゃないし、格好いいじゃないですか。帰ったら1人で鏡の前でポーズつけては俺って主役っぽいとか思ってニタニタするんでしょ。ナルシストじゃあるまいし。

 だいたい何のまぜものかなんて、ご先祖次第で自分の努力とか関係ないんだから、ガチャみたいなものでしょう。ハズレ引いたあたしの身にもなってみなさいよ! いつ人喰いの衝動が起きるかわからないまま生きていかなくちゃいけないんですよ」

 指を突きつけずんずん迫る瑞雪に、高尾はたじたじ後ずさる。と、彼は気がついた。彼女の目が潤んでいるのに。

「瑞雪……」

「なによ!」

 高尾はいきなり瑞雪を引き寄せ、抱きしめた。

「悪い、俺が無神経だった」

 今の瑞雪は温かかった。

「正直言って、俺は今、何をしたらお前のためになるのかわからねえ。だから、何かして欲しいことがあったら言ってくれ。俺も、何か良さそうなことがあったらやるから」

 言いながら自分が情けなかった。要するに、何の役にも立てないのだ。それどころか、何をしたら良いのかもわからない。狼天狗なんて格好つけても、いや、狼天狗なんか格好つけるしか能のないまぜものなのかと思えてくる。

「ごめんなさい……ありがとう……」

 瑞雪が抱き返してきた。

 不思議だった。高尾にとって瑞雪とは出会って3日と経っていない。なのにずっと前から知っていたような、そしてこれからもずっと一緒でいるような気がした。

 瑞雪が顔をあげた。不安と助けをにじませるその表情に、高尾は思わずキスしたくなった。それが伝わったのか、瑞雪の顔が強張った。

 途端、高尾の体を冷気が駆け抜ける。

 苦悶の表情を見せた高尾に、瑞雪が驚いて彼から離れ、青ざめた。

 高尾の体、瑞雪が触れていたところに氷が張り付いていた。

「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったんですけど」

「だ、大丈夫だ」

 無理矢理っぽい笑みを浮かべ、高尾が力を込めると張り付いていた氷がはじけ飛んだ。

「ほら、どうってことない」

 残った細かい氷を払い落とす。と、その顔が強張り瑞雪を引き寄せ背後に隠す。

「出たな」

 街灯の明かりの下、尾似島が人間の姿で立っていた。

 素早く見回すが、羽宇の姿は見えない。高尾たちは山梔子がリタイヤしたことを知らない。

 尾似島は黙って立っている。ただ2人を見ているだけだ。

「瑞雪、逃げるぞ」

 彼女を抱きかかえると、素早く路地へ駆け込んだ。

 方角などは気にしなかった。とにかく右へ左へ逃げ回った。鞍馬の言葉は本当だった。今の高尾は瑞雪を抱えたままオリンピック選手を上回る速度で走ることが出来た。瑞雪の重さも全く気にならなかった。

 1分近く走り回っただろうか

「先輩、追ってきません」

 瑞雪の声で足を止め、辺りを見ると確かに尾似島の姿はなかった。空にもいなかった。どうも最初から追ってこなかったようだ。

「あいつ、何しに来たんだ?」

「あの、下ろしてください」

 高尾はずっと瑞雪をお姫様抱っこしたままだった。

「あ、悪い」

 ちょっとというかかなり惜しい気もしたが、高尾は瑞雪を下ろした。彼女はほんのりと頬を染めていた。

「ありがとうございます」

 照れくさそうに、申し訳なさそうにお礼を言う瑞雪の姿に、高尾はまた彼女を抱きしめたい誘惑に駆られた。

 それを我慢して、改めて瑞雪を家まで送っていくと

「おかえり」

 瑞雪の家の前で、彼女の両親が心配そうに待っていた。怒鳴られると思ったのか、瑞雪が身をすくめる。何しろ具合が悪いというので学校を休んだのに、夜に出かけてトラブルに巻き込まれ、帰りは男と一緒に午前様である。これで怒らない親の方が珍しい。

「君は?」

 娘につく悪い虫と思ったのか、高尾を睨み付けてくる。さすがに高尾も気まずくて、丁寧に自己紹介したうえで頭を下げる。美味菜温泉から連絡をしておいたおかげか、睨む以上のことはしなかった。

「桜島さん、明日は学校に来いよ」

 家に入る瑞雪の背中に声を掛ける。この時名前で呼ぶのはためらわれた。


 さすがに深夜に娘を責めるのはためらうのだろう。瑞雪の両親は

「いいから今日は寝なさい」

 と何も聞かなかった。しかし、その顔は聞きたいことが山ほどあると語っていた。

 自分部屋に戻りかけた瑞雪が、ふと振り返り

「あの……お父さんとお母さんは……」

「なんだ?」

「……思い出してるの?」

 答えが怖かった。しかし、聞かなければならないことだった。瑞雪はおどおどしながらも、両親の答えを待った。

「何を?」

「なにか約束でもしていたか?」

 両親は2人とも意味がわからないらしかった。

「な、何でもない。お休みなさい」

 部屋に駆け込むと、瑞雪は後ろ手でドアを閉め、そのままへたり込んだ。

 ドア越しに「やっぱり迎えに行った方が」とか言い争う両親の声が聞こえた。

「お父さんもお母さんも、思い出していない」

 もちろん瑞雪がそう感じただけで、2人がわざと訳のわからないふりをしたという可能性はある。しかし、彼女にはそう思えなかった。

 ハッキリしたことは、自分が人間でないことを思いだしたのを、両親に相談することが出来なくなったということだ。

 事情を話すことで、両親が、あるいはどちらかが自分も人間でないことを思い出すかも知れない。それは両親も人喰いになる可能性を作り出すと言うことだ。何しろ父か母か、あるいは両方が雪女のまぜものである可能性が高いのだから。

 話せない。知られちゃいけない。自分がまぜものだと思い出したことを。

「先輩……助けて……」

 無性に高尾に会いたくなった。


 鴨葱駅北口から徒歩3分。バスターミナルから徒歩30秒。商店街に「Aegean romance」というギリシャ料理店がある。1階が店舗で2、3階が住居になっているここが高尾の家である。開店当時は赤字だったが、再開発に伴い客が増え、いまは多くの常連を持つまでになった。

「ただいま」

「おう、ずいぶん早かったな」

 この店の主人で高尾の父・高尾エヴァンゲロスが出てくると高尾を抱きしめ、帰りを喜ぶ。日本では恥ずかしいこのコミュニケーションも、高尾はすっかり慣れた。

「早かったなって、もう日付が変わってるんだけど」

「いや、女の子と一緒だと聞いたから、これは朝帰りだなと。どうした、フラれたか?」

「家まで送ってっただけだ。どうしてフラれたって話になるんだ」

 母・水扇(すいせん)がコーヒーを持ってきてくれた。父親とは対照的な、物静かな良き大和撫子といった感じだ。どことなく雰囲気が瑞雪に似ているが、目などから感じられる心の強さは彼女を超えていた。

 2人は水扇が大学の卒業旅行でギリシャに行ったときに出会った。一目で水扇に恋をしたエヴァンゲロスはそのまま彼女を追って来日、日本語を勉強しながら日本の調理師免許を取り、結婚後にギリシャ料理の店を出したのである。もっとも、エヴァンゲロスに言わせると

「ギリシャ料理と言うより、ギリシャ風日本料理である」

 だそうだが。

 今ならばストーカー扱いされるかも知れないが、エヴァンゲロスはあくまでも水扇の婿候補として自分をアピールし、彼女の嫌がることは極力しなかった。交際を強制することもなく、あくまで自分の姿を見せて結婚相手にふさわしいかを見てもらう。駄目なら黙って引き下がり、また自分を磨き、改めて現れる。その繰り返しだった。

 水扇が彼を交際相手として受け入れたのは4年後、その翌年に結婚した。

「そうか、新聞部に入って取材対象を口説きまくってはフラれていた経験が、やっと実を結んだな。で、結婚式はいつだ。やはり18才の誕生日に合わせてか」

「だから、瑞雪はそういう対象じゃねえ」

 と言ってから「……たぶん」と付け加える。

「そうか、彼女は瑞雪というのか。良い名前だ。水扇、どんな意味だ?」

「瑞雪……確かおめでたい雪を示すものだと記憶しています」

「おめでたい雪……ホワイト・クリスマスだな。子供たちがはしゃぐ初雪ということもあるな。雪見酒。スキーに行った日に降る雪。とにかく人の心を幸せにする雪を表すのか。良い名前だ。

 とにかく山太郎、この人だと決めたら、すぐにプロポーズすべきだ。ぐずぐずしてたら他の男に取られるぞ」

「俺はまだ高校生だぞ。それに瑞雪とは知り合ってまだ3日めだ!」

「恋は熟成してからするのではない、しながら熟成させるのだ。父さんが母さんにプロポーズしたのは、会って5秒後だぞ」

「早すぎんだよ! 一目惚れにも限度がある」

 彼女ほしさに新聞部に入った高尾も、この父親には負ける。

 しかし、5秒でプロポーズしたエヴァンゲロスもそれを実現させるのに5年かけている。そのパワーは彼も認めざるを得なかった。

「それで、いつうちに連れてくるんだ? 明日でも良いぞ、ちょうど定休日だし」

「瑞雪が俺の彼女前提で話を進めるのは止めてくれ」

「それなら彼女決定で話をしよう。水扇、山太郎の恋人が出来たお祝いだ。徹夜で騒ぐぞ。何か作ってくれ」

「はい、あなた」

 笑顔でエプロンを着ける水扇。店の料理はエヴァンゲロス、自宅の料理は水扇の役目だ。

「待て、待て、待ってくれよ」

 浮かれる両親を何とか押さえ

「その前に聞きたいことがある。ふざけた質問に聞こえるだろうけど、真面目に答えてくれ」

 息子の目に何かを感じ取ったのか、両親はそろって姿勢を正して高尾の質問を待った。

「父さんと母さんは……その……思い出しているのか?」

「思い出すなど、忘れるはずがないだろう」

 高尾が息をのみ、膠着した。

「母さんとの新婚初夜は今でも完璧に覚えているぞ」

「あなたったら。思春期の息子の前で」

 恥ずかしがる母の前で、高尾は思いっきりテーブルに頭をぶつけた。

「俺が言っているのはそうじゃなくて」

「その質問をするとは、お前は思い出したんだな」

 おちゃらけた空気が一瞬で消えた。

「じゃあ……」

 顔をあげると、どっしりと構え腕を組むエヴァンゲロスの姿があった。その後ろに優しく見守る水扇の姿も。

 2人は笑いもせず、息子を信じきる目をしている。むしろ期待を込めて息子を見ている。

「山太郎、あなたの思い出した姿を見せてくれる」

 母に促され、高尾は服を脱ぎ始めた。

「悪い、脱いでおかないと服を駄目にしちまうんで」

「気にするな。デザインさえこだわらなければ数年で作れるようになる」

 相手が両親とはいえ恥ずかしい。高尾は最後の一枚を脱ぐと、開き直るように気合いを入れて狼天狗に変化した。

 一回り大きくなった体は、頭はまだ余裕があったが、翼は天井にくっつきそうだ。

 それを見た両親は

「さすがだ。やっぱり私たちの子供だ」

「顔つきの精悍さはお父さん似ですね」

「色は違うが、翼の艶っぽさは母さん似だな」

 喜んで手を叩いている。あっけらかんとしすぎて、却って拍子抜けしてしまう。

「あの、もうちょい驚くとか」

 言う高尾の前で、エヴァンゲロスが全身真っ黒の狼男に変化した。

 少し遅れて水扇が烏天狗へと変わる。濃い桃色の艶のある嘴、目つきはやさしく羽は真っ白だった。首がもう少し長ければ白鳥天狗と言ってもいいぐらいだ。

 呆然と2人を見る高尾。あまりにもあっさりしているというか、何というか。両親が人間ではないというドラマチックな展開が妙に軽い。

「山太郎、いつ思い出した?」

「いや、ほんの数時間前。実は今日、帰りが遅くなったのも、実はそれが原因で」

「よし母さん、山太郎が思い出した記念も加えてパーティだ」

「って聞けよ!」

「聞いてやるし教えてやるぞ。思い出したとなると、これからいろいろ大変だからな。今日は特別だ。店の食材も使おう」

 浮かれる両親を前に、高尾は「なるほどな。俺はこの2人の子だ」と思い知ったのである。


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