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まぜもの妖談 ~狼天狗と雪女~  作者: 仲山凜太郎
21/33

【21・人喰いとなるもの】


「なんじゃい、瑞雪ちゃん」

 雫の後ろから葛生が顔を出す。

 瑞雪は拳を膝の上に置いて震えていた。

「……あの……羽宇ってサキュバスのまぜものが言ってました。あたしは雪女。いずれは人喰いになるって。本当ですか……」

 皆が言葉に迷った。

「んなわけねぇだろ。単なる出任せに決まっている」

「先輩には聞いてねえ!」

 目つきの変わった瑞雪に睨み付けられ、高尾は口をつぐんで座り直した。彼にもわかってきた。彼女がこの口調になるときは、かなりテンパっているときだと。

「どうなんですか……」

 葛生は一息つくと、椅子に座り直した。

「可能性はある」

 その言葉に瑞雪の体が震えた。

「瑞雪ちゃん他1名は思い出したばかりじゃから、まだ実感は少ないじゃろうが、まぜものは思い出してから次第にその妖の性格や体質の影響を受ける。瑞雪ちゃんじゃったら、これからどんどん暑さに弱くなってくるじゃろう。猫舌にもなる」

「俺だったら?」

「自分で考えんか」

 相変わらず男に対しては不親切である。が、高尾も狼男ということである程度は想像できた。

 月の満ち欠けによる体調への影響はこれまで以上に大きくなるだろう。思い出す前でもある程度変わったのだから。

 そして食べ物でも肉を好んで食べるようになる。今までも肉は好きだったのだから。

(あれ? もしかしてこれまでの程度が上がるだけか)

 自分で考えながら高尾は拍子抜けした。

「じゃから瑞雪ちゃんも、いずれ人の……男の魂を凍らせて吸わねば生きられない体に変化していくやもしれん」

 瑞雪の体が硬直し震えていく。

「しかし、まぜものには純血種にない特徴がある」

 葛生の言葉に、瑞雪が小さく身を乗り出した。

「本来の力より弱いとか」

「その辺はまぜものの組み合わせにもよるから一概には言えんな。瑞雪ちゃんも他1名も、目を閉じ、心を静かにして自分の中を探ってみろ」

「探って見ろって言われても」

 2人が目を閉じる。高尾は中学時代、修学旅行で京都に行ったときに座禅をさせられたのを思い出した。その時のように姿勢を正し、静かに呼吸をしながら意識を静かに下げていく。


 体の中に何か大きな2つの力が存在するのが高尾に感じられた。何となくだがわかる。ひとつは狼男の力、もうひとつは烏天狗の力だ。自分の中で目覚め、肉体に力を与えている力だ。それらは胸に、腕に、足に、頭に、翼に行き渡り、彼の命になっている。

 そして、同時に高尾はこれらとは違う、別の何かを感じ取っていた。それは確かに存在する。しかしそれはあまりにも小さく、狼男と烏天狗の力に揉まれて表れることが出来ない。

 この力は……。


「感じたか?」

 葛生の声で高尾は目を開けた。

「どうじゃった?」

「俺の体、狼男と烏天狗の他に……何かいる。何かって、何だかわからねえけど」

 隣を見ると、瑞雪も戸惑いの表情で自分の体を見ている。

「あたしも……雪女の他に何か、隠れててよくわかりませんけど、大きなものが……」

「そういうことじゃ。おまえさんたちは正確には狼男と烏天狗だけの、雪女だけのまぜものではない。思い出すほどではないだけで、他の妖も混ざっておる」

「そんなに?」

「不思議なことではないわ。何しろ人間の寿命になって約330年、いろいろな血が混ざり合うには充分な時間じゃ。まぜものとして思い出す妖はひとつかふたつじゃが、その身のうちにはそれ以上の妖が眠っておることが多い。それらは思い出すほどの力はないが、妖の組み合わせによっては思い出した妖の力に影響を与える。

 瑞雪ちゃん。確かに雪女というのは、若い男を凍らせ命を吸う妖じゃ。じゃがな、瑞雪ちゃんの中にいるそれ以外の妖が雪女の力に強い影響を及ぼすようなら、人喰いの特性が出ないで終わることもあり得る。

 実際、わしは人喰いでない雪女もサキュバスも知っておる。その分、力はえらく弱かったが」

「桜島さんは雪女としてはパワーが弱い。爆発的にパワーが出る思い出した直後でも、人を凍死させられなかったほどです。おそらく、思い出せない妖の影響でしょう」

「それじゃあ、あたしは雪女の力は弱いけれど、そのおかげで人喰いにならずに済むって事ですか?」

 うれしそうに瑞雪が言った。彼女の不安が杞憂で終わる可能性が出てきたのだ。

「まだわかりません」

 鞍馬が首を振り

「その可能性もあると言うだけです。思い出したまぜものの妖力が安定するまで2年と言われています。思い出して1年以上経ってから、突然別の力に目覚めたり、急に力が強くなったり弱くなったりもしますから。2年経っても人喰いの兆候が出なければ、人喰いになる心配はないと言って良いでしょう」

「2年……」

 じっと自分の手を見る瑞雪、彼女にとって、この2年は長いものになりそうだった。

「けど、あまり深刻に考えない方が良いわ。深刻に考えすぎると、人喰いにならなくてもその心配で心がまいってしまうから」

 雫はそう言ったが、それは無理だろうと高尾は思った。

「そもそも妖にとって人を喰うのは当たり前じゃった。妖でまったく人を喰わぬものを探す方が難しいぐらいじゃ」

 葛生がお気楽に笑い

「儂の大蝦蟇も、雫ちゃんの猫又も人を喰っていた。狼男だって人を喰い殺す。山姥、吸血鬼、人の世に知られた妖はほとんどそうじゃ。

 しかし、人を喰う妖こそ多かったが、人を喰わねば生きられぬ妖はいなかった。少なくとも儂は知らん。妖にとって人は数ある食材の1つにすぎなかった。牛を食べる人間は多いが、牛を食べないと死んでしまう人間はおらん。それと同じじゃ。

 人以外のものが喰えなくなる。喰えても生きる力にならん。そんな人喰いが現れたのはまぜものになってからじゃ。まぜものになり、純粋な妖の体が歪められた結果じゃ。人として生きながら、その人を喰わねば生きられぬ。人喰いとして生きるまぜもの達は、みんな何らかの形でそれを乗り越えた者達じゃ。それゆえ連中の心は強い。その代わりに、みな何かを失ったのじゃろうが」

 葛生の顔からお気楽さが消えていた。

「お2人に私たちの人喰いに対するスタンスを説明しておきます」

 鞍馬は食後のお茶を入れ

「私たちは基本的に人喰いが人を喰うことを手伝いませんが邪魔もしません。人喰い行為自体責めることもしません。だから、今回彼らが空手部員を喰ったことについてもどうこう言いません。

 ただし例外もあります。人の中で生活しているうちに、私たちにも親しい人が出来ます。そんな人達が狙われたとき、私たちは個人の意思で守ります。今回も、私はこれ以上学園の生徒が喰われるのは避けたいと思っていますし、そのために動きます。あくまで私個人として」

「それって、学園の外で知らない奴が狙われても特に助けたりはしないって事ですか」

「そうです。他にも利害関係が絡むとき、具体的に言えば美味菜温泉施設内で人が喰われそうな時は阻止します。ここから離れた場所なら助けません」

 きっぱり鞍馬は言い切った。

「えらく割り切ってますね」

 不満げな顔を向ける高尾に

「ええ。君たちは思い出したばかりですからどうしても人間寄りの考えになるでしょうけどね」

 いずれわかるという言葉は口にせず、鞍馬はお茶に口をつけた。

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