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まぜもの妖談 ~狼天狗と雪女~  作者: 仲山凜太郎
20/33

【20・むかしの話~まぜもの出現事情~】


「あの……」

 何やら言いにくそうにしている瑞雪に、高尾は

「かまわねえ。言いたいこと、聞きたいことがあるなら話せ」

 と促す。それで彼女も意を決したように

「いくつか聞きたいことがあるんですけど」

 不安の混じった声で聞いた。

「あたしが雪女だって事は思い出しました。でも、どうして今まで忘れていたんですか? みなさんそうなんですか?」

「そういや、思い出すってのも変だよな。思い出すって事は忘れていたって事だ」

 その質問に、葛生たちは困った顔で見合わせた。

 言い迷う葛生たちに代わって鞍馬が説明する。

「思い出すというのは単なる例えです。覚醒するとか、遺伝子に残された失われた記憶が蘇るとか、そういう言い回しの方が正しいのかも知れないですけど、思い出すという言い方がしっくりくるのでみんなそれを使っています」

「それじゃあ、忘れたのは俺達じゃなくて、俺達のご先祖ってことか?」

 葛生たちは申し訳なさそうに頷き

「それについてじゃが、正直、わしらもわかっておらん。それでも、今まで思い出したまぜものたちの記憶や記録……日記と言うほどではないが、記録をつける酔狂な妖もおっての……それらからある程度はわかった。とは言っても、ほとんどはたぶんこうじゃったんだろうという推測混じりじゃ。それを承知で聞くがよい」

 そして語り出した。


「最初に断っておくが、世界中にいる人間でないもの……妖怪とか妖魔、妖精、神から悪魔に至るまで、わしらはみんなまとめて妖と呼んでおる。これでわかると思うが、これは世界規模の話じゃ。

 西暦にして、だいたい1,700の前ぐらいかの。日本で言えば江戸時代、5代将軍綱吉の頃じゃ。突然、世界中の妖たちが自分が妖であることを忘れた。というより、何かの働きによって忘れさせられたのじゃ。それだけではない。皆が忘れると同時に人の姿になった。化身の術を持たぬ妖ですら人の姿になった。姿だけではない、言葉も、身体能力も、寿命ですら人と同じになったのじゃ。

 じゃから忘れたと言うより、何かの力で無理やり人間に変えさせられたと言うべきじゃな。

 人間社会にとって、いきなり記憶喪失の人間が多く現れたわけじゃが妖の数など人の数に比べればわずかなものじゃ。首を傾げる者もおったじゃろうが、特に問題にはならんかったようじゃ。

 じゃが忘れっぱなしでいたわけではない。時が流れ、自分たちが妖であることを思い出すものがぽつぽつと現れ始めた。

 思い出すことによって妖の姿と力を取り戻した。しかし、長い間人間として生き、人間と交わり、子孫を残した彼等の多くは妖本来の力を失っていた。あるいは別の妖と交わり複数の妖の特徴を兼ね備えていた。

 わしらはこのような妖をまぜものと呼んだ。要は妖の雑種、混血じゃ。

 今はこの世の妖のほとんどはまぜもの、義経のような純血種は天然記念物じゃな」

「偶然です。烏天狗は集団を作りますから、忘れたときも烏天狗たちでかたまっていました。近くの者達で結ばれ、子孫を残した結果、純血が保たれたんですよ。思い出したのも比較的早かった。鞍馬山の天狗で最初に思いだしたものは200年ほど前です」

 鞍馬が漏らした安堵の言葉に、明子がふと寂しげな表情を浮かべた。

「わしらを忘れさせた力がなんなのかはわからん。思い出した妖たちの中には、見つけ出して痛い目にあわせてやると息巻いて調べている者もいるが、未だに不明のままじゃ。もっとも、人間から神や悪魔と呼ばれるほどのレベルの妖すらまとめて人間化させた力じゃ。正体が何にしろ、わしらがどうこうできる相手ではなかろう」

「痛い目にあわせるかはともかく、なぜこんなことをしたかぐらいは聞きたいですけれどね」

 鞍馬の呟きはほとんどのまぜものの意見だろう。

「妖のほとんどがまぜものになったことにより、一番問題になったのは血統がどうとか、能力がどうとかの話ではない。心じゃ。今まで人間として生きてきた記憶と交流、そして価値観じゃ。

 いきなり自分が人間でないことを思い出して、まぜものたちはどうなったか。自分の正体を隠しながら、ある者はその力を人のために使い、ある者は私利私欲のために使い、またある者は何をしたらいいか解らず自暴自棄になった。

 わしらのような集団が生まれたのは、人間社会の中で生きるためでもあるが、思い出したまぜものたちを見つけ、保護するためでもあるんじゃ。心の助けがいると思ってな」

 高尾は瑞雪を見た。思い出してから家に閉じこもったまぜもの。

「思い出しても平気でいられる、高尾君のようなまぜものは珍しい。その点は評価します」

「そんなに褒めないでくださいよ。とても落ち込んでいられるような状況じゃなかったんですから」

 照れくさそうに高尾が頭をかいた。

「羨ましいわ」

 明子がぽつりと言った。思わず高尾と瑞雪が彼女を見る。

「私は思い出したとき、まるまる5日、姿が消えたままだったの。服を着ても見えるのは服だけ、驚かれたり気味悪がられて石を投げつけられたり、たまらず裸になって逃げ回ったわ。誰も気がついてもらえない。父さんや母さんでさえ気味悪がって私がいると信じなかった。

 外をずっと裸で歩き回って。誰にも気づいてもらえず。突然見えるようになって変質者として捕まった方が良いとさえ思ったわ。消えて3日目に鞍馬さんに声をかけられたとき、どんなに嬉しかったか」

「あの時はすみませんでした。いくら妖力を探っても探知できなかったもので」

「どうやって見つけたんですか?」

「彼女はまだ空腹に耐えられるうちは黙って食べ物を取るようなことはしない。限界が来るまでは水で飢えをしのぐでしょう。だからタダで水が飲める、公園などの水飲み場を回ったんです。蛇口から水が出て、途中で不自然に水が消えていくのを見たとき、見つけたと思いました」

 その時のことを思い出したのだろう。明子がそっと頬を染め、愛おしげに鞍馬を見つめた。

「今更ではありますが、お2人には謝ります」

 鞍馬が高尾と瑞雪に深々と頭を下げた。

「私は2人がまぜものであることをある程度予想していました。しかし、思い出していないまぜものにそのことを告げるのはマナー違反です」

「思い出すこと無く人間として生きて死ぬならそれにこしたことはありませんから。それに、思いだしていない人にあなたは人間じゃありませんなんて言っても信じてもらえませんし」

 雫の言葉に葛生も頷く。鞍馬は続けて

「しかし、結果としてそれがお2人、特に桜島さんを苦しめることになってしまいました」

「仕方ありません。あのサキュバスが学園に入り込んでいるのがわかって、対策を取らなければいけなかったんですから」

 明子の言葉にも鞍馬は首を横に振り

「その対策もろくに出来ないまま、5人も喰われてしまった。完全に私のミスです」

「ま、人喰いたちの侵入までは想定しておらんかったからの」

 葛生がお茶をすすり

「義経に高校に入って新聞部に所属してもらったのは、思い出していないまぜものを見つけ、監視、思い出したならばすぐさま保護するためじゃ。過去の例から、思い出すのは中高生の年代、精神的に不安定な時期が多かったからの。他にも、いくつかの中学高校には、その年頃に化けられるまぜものを派遣しておる」

「思い出す時は、大半が身の危険を感じたときです。生存本能が、命の危機を感じたときに思い出させるらしいので。2人ともそうでしたね」

 確かに瑞雪は空手部たちに囲まれ恐怖を感じていたし、高尾はあそこで思い出せなければそのまま死んでいた。

「本当はこちらから思い出すように働きかけるのは避けるのですが、高尾君には思念をぶつけさせていただきました。思い出せと」

「あれは部長だったんですか」

 岩麻と戦ったときと、羽宇に誘惑されたときの声を思い出し

「おかげで助かりました」

 高尾が素直に頭を下げる。

「まぁ、いろいろあるじゃろうが、瑞雪ちゃんに言いたいのは、1人で閉じこもって悩む必要はないという事じゃ。ここにいろいろなタイプの先輩がおるからの」

 瑞雪が「はい」と小さく答えた。

「おい、俺は?」

「男はどうでもいい」

 高尾が金剛杖を構えると同時に、葛生が素早く雫の背後に隠れた。

「あの……もうひとつ聞きたいことがあるんですけど」

 おずおずと瑞雪が手を上げた。


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