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まぜもの妖談 ~狼天狗と雪女~  作者: 仲山凜太郎
19/33

【19・美味菜温泉のまぜもの達】


 鴨葱駅から徒歩一分の場所に、「美味菜(びみな)ビル」という7階建ての大きな建物がある。敷地の1/3、ちょっとした学校の校庭なみの広さが庭園となっており、四季折々の花を咲かせては来客を喜ばせる。数週間前までは桜が咲き誇り、連日花見客が賑わいを見せていた。

 建物に目を向けると、地下に巨大駐車場、1~3階には様々な店が並ぶ。鴨葱駅前の賑わいの一端を担う存在だ。

 その4階から上が「美味菜温泉」という温泉施設である。

 乳白色の温泉は様々な効用があり入泉料も手頃、湯船もかなり大きく立地条件も抜群というので人気がある。傷があるとすれば、24時間営業ではないことと、源泉温度が低いため汲み上げてから湯船に入るまで沸かし直されていることぐらいだ。

 そのビルの屋上に明子を抱えた烏天狗の鞍馬が降り、瑞雪を抱えた狼天狗の高尾がそれに続く。夜も遅いとはいえ終電前の駅前だ。降りるときは見られやしないかと緊張した。

「この子か、思い出した雪女というのは。やっぱり若い娘は良いのぉ」

 出迎えに来ていた小柄な老人が瑞雪に抱きついた。目が大きく、口がちょっと尖り気味のいわゆる蛙面というやつで朗らかな笑みはなかなか愛嬌があるのはいいが、

「やっぱり雪女だけあってちょっと肌が冷たいの。しかし肌が冷たい娘は心が温かいからいいんじゃ」

 エロ爺いっぷりを隠そうともせず瑞雪の胸に顔を押しつけてくる。瑞雪は驚いてはいるが、相手が老人なのでどうしようか迷っていると

「この爺、瑞雪にうらやましいことしてんじゃねえ」

 高尾が老人に掴みかかろうとするが、ぬるっと滑って掴み損ね、危なく自分が倒れそうになる。

「ん? おい義経、こいつは何じゃ?」

「こちらも思い出した男で、狼男と烏天狗のまぜものです」

「狼天狗と呼んでくれ」

 すっかりこの呼び名が気に入った高尾が胸を張る。

「男はいらんな。つまらん」

「何だと」

 むかっときた高尾が老人に手を伸ばすが、ぬるぬる滑って掴むことができない。何度掴もうとしても同じ事。まるで爺いの体全体に薄く油が塗ってあるみたいだった。

「爺様は注連縄の付喪神と大蝦蟇のまぜものですから、そう簡単には掴めませんよ」

 確かに、老人の顔つきはどこか蟇っぽいところがある。笑い方もどこか濁っていて蛙の鳴き声を思わせた。

 そんな鞍馬の忠告も高尾には届いていないようだ。意地でも捕まえてやると手を伸ばしては、爺いの体を滑り、勢い余って瑞雪の胸を思いっきり掴む。

 瑞雪が悲鳴をあげ、冷気が吹き出した。たまらず表面が凍り付いて高尾が倒れる。

「お爺様、お戯れはそれぐらいにしてください。挨拶もまだなんですから」

 もうひとり、迎えに出ていた女性が老人の襟首を掴んで引きはがす。歳は30才過ぎに見えるが、まぜものならば人としての外見を基準に年齢を計ることは出来ない。猫を思わせる顔つきの女性で、羽宇とは違った色気がある。着ているものは、浴衣と洋服をうまく取り合わせたデザインの美味菜温泉従業員制服である。

「そうじゃな」

 爺さんは軽く背筋を伸ばす。が、それでも瑞雪の胸ぐらいの背丈しかない。

「わしが美味菜温泉の経営者でこのビルのオーナー。そして、この一帯のまぜものを仕切っておる葛生絵馬じゃ」

「私は猫目石雫と申します」

 雫がお辞儀をする。

「あなたもまぜものなんですか」

「はい」

 雫の顔が猫っぽいものから、猫そのものに変わっていく。服も従業員制服から派手めの着物へと変化した。着物の裾から2つに分かれた尻尾が顔をのぞかせる。

「猫又のまぜものです」

「そして200年近く生きているここでの最年長じゃ。わしよりも年上何じゃからな」

「お爺さま。女性に年の話はタブーですよ」

 にこやかに笑いながら雫が指をくるくる回すと、それにあわせて葛生の体も回る。猫又の妖力の1つ。相手を簡単な仕草で踊らせる「猫踊り」というやつだ。

「やめやめやめ、雫ちゃん目が回る」

 とふらつきながら今度は明子によっていき、お尻に触ろうとする。

「お戯れを」

 お尻に触れようとする直前、葛生の腕を鞍馬が掴んだ。そのまま彼は烏天狗から人の姿へと変わる。河原にやってきたときの私服姿だ。

「この爺い」

 体中に薄い氷をつけた高尾が起き上がるのを鞍馬が押さえ

「落ち着いて、喧嘩しに来たのではありません」

「義経君の言うとおり。まずは中に入って何か食べましょう。もちろんお代はいりません」

 雫に言われた途端、高尾の腹が鳴る。

 彼は夕食を食べていないのだ。


 美味菜温泉の一角は従業員のための寮になっており、鞍馬と明子を含む20人前後がここに住んでいる。もちろん全員まぜものである。

 その寮の食堂の一角に一同は陣取った。

「思い出して数年ほどは人の姿でいる方が安心なのじゃが、時が経つにつれ、まぜものの姿でいる方を好むようになるんじゃよ。この寮がまぜもの専用であり、人払いの結界を張っているのには、皆が安心してまぜものの姿でいられるようにじゃ」

 葛生の言葉通り、周りにいるのはほとんどまぜものの姿に戻っている。ちょっと見ただけでも、ざるそばをすするぬりかべとか、カレーとあんみつを同時に食べる二口女とかがいる。牛丼をかっくらっている頭が牛のまぜものは中国の出だろうか、西遊記にでも出てきそうな衣装を着ている。

 ただ、高尾と瑞雪に気を遣っているのだろう。葛生たちはみな人の姿のままで2人の相手をしていた。

「よく食べるわね」

 4杯目のカツカレーに取りかかる高尾を見て雫が楽しげに言った。彼は他にもラーメン2杯に牛串5本、鶏の唐揚げ3皿に天丼と親子丼を平らげている。

「やたら腹が減って」

 隣の瑞雪も恥ずかしげに頷いた。彼女も焼きそばとオムライス、海鮮丼を平らげ、2皿目のハヤシライスに取りかかっている。

「あまり気にせんでいいわい。思い出したばかりの時は、まぜものの姿で活動するとやたら腹が減るんじゃ。みんな覚えがあるわい」

 葛生の横で、鞍馬も明子も頷いた。さすがに2人はやたら腹の減る時期は終えたのか、食べる量はそれほどでもない。それでも3人前は平らげている。

 ちなみに、今の高尾と瑞雪は美味菜温泉の館内着姿である。

「2人の家には連絡しておいたわ。入り口でうちの従業員とお客とのトラブルに巻き込まれたことにしたから、ご家族に説明するときはそういうことにしてね。

 桜島さんの家族は迎えに来ると言ってましたけれど、それは何とかしました」

「どうやって?」

 娘がこんなトラブルに巻き込まれたら、駆けつけたいと思うのが当然である。ちょっとやそっとの説得が通るとは思えない。

「ま、いろいろとね」

 雫の目が猫の目に変わる。それで何なのかは知らないが妖力を使って説得したと気がついた。

 高尾もあんまりこれには深く突っ込まない方が良いと感じ

「けど、ここがまぜものたちの住処だったとは。何度か来たことあったけどわからなかったな。瑞雪は?」

 と話を逸らした。

「引っ越してきたとき、1度だけ家族と来ましたけど、気がつきませんでした」

「思いだしていなければ声はかけないわ。思い出していても、すでに自分の生活を作っているまぜものにとってはありがた迷惑になるかも知れないし。中には1人で気ままに生きるのが好きという人もいるし」

 雫が言った。これについてはいろいろデリケートな問題らしい。

 やっと腹が落ち着いたのか、2人はようやく食事の手を止めた。

 それに合わせたたように、葛生の表情からおちゃらけが消えた。

「わしらも思い出す前は自分は人間であることに何の疑問も持たず、人間として生きておった。まぜものであることを思い出した今でも、やはり人間社会が恋しいんじゃよ。

 しかし、わしらが人間社会の中で生きて行くには、いろいろとやっかいな問題があっての。まぜものたちだけの生活空間を持つことは必須じゃった。それに金もいる。となると、いちばん良い方法はまぜものたちだけで事業をすることじゃろう」

「営業許可とかうまくいくのか?」

「もちろんじゃ。まぜもののつながりを甘く見るでないぞ。わしらが把握しているだけで日本には1,000人近いまぜものがおり、ここのような集まりが28ある。

 弁護士をやっている奴もおれば役所のお偉いさんになっている奴もおる。医者、政治家、マスコミや警察にもおるし私立探偵や暴力団もおる。よほど無茶苦茶でなければ大抵のことはなんとかなる。けれど勘違いするな。わしらは人間社会を牛耳ろうなどとは思っておらん。わしらがそこそこ暮らしていける場所を確保したいだけなんじゃ」

「それで、その確保した場所がこの温泉ってわけか」

「知り合いの大ナマズのまぜものに頼んで温泉を探してもらっての。政治家のまぜものからこのあたりが再開発されると聞いて、不動産屋をしているまぜものを通じて安く土地を買ったんじゃ。今買おうと思ったら、当時の倍以上はかかるぞ。もちろんここを建てた建築業者も、お偉いさんにまぜものがいるところじゃ」

 結構したたかである。

「温泉なら老若男女誰が出入りしてもおかしくないしの……本当は若い娘専用の風呂にしたかったんじゃが」

 葛生の笑顔に5本の線が走り、それにそって赤い液体が噴き出した。

「いだだだだだだ。雫ちゃん、痛い」

「私はここを風俗にするつもりはありません」

 雫の右腕は猫又のものに変わっていた。鋭い爪の先には、葛生の血がついている。

「わしにとって、若い娘の裸を間近に見ることはなによりの楽しみなんじゃぞ。できることなら見るだけでなく、すりすりしてたっぷり女の匂いを堪能したいわ」

 寂しそうな目でテーブルによじ登り

「瑞雪ちゃんと言ったの。せっかくじゃから一緒にお風呂に入らんか。わしの油を使ったローションプレイを」

 鈍い音と共に、葛生の体がふっとんで壁に激突、寮を揺らした。

「いい加減にしろ、このエロ爺!」

 一瞬で狼天狗と化した高尾が、金剛杖で思いっきりぶっ飛ばしたのだ。

「瑞雪、お前もお前だ。ああいうときは遠慮なく凍らせちまえ!」

「す、すみません」

 鞍馬は床に落ちた館内着の切れ端をつまみ

「高尾君、まぜものに戻るときは、できる限り服を脱いでからにしてください」

 言われて、高尾は着ていた館内着をバラバラにはじき飛ばしたことに気がついた。鞍馬は狼天狗になることで、体が一回り大きくなる。当然、着ていたものははじけ飛んでしまうのだ。

「代わりの館内着が来るまで戻らないでください」

「男の裸は見たくないわ」

 さして堪えた様子もなく、葛生は懐から「蟇の油」とかかれた瓶を取り出し、中身を顔の傷に塗っていく。効果てきめん、あっという間に傷は消えていった。


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