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まぜもの妖談 ~狼天狗と雪女~  作者: 仲山凜太郎
16/33

【16・まぜもの】


「よかった。無事だったんですね」

 ほっとした顔で彼女に駆け寄ろうとする瑞雪を高尾は制し

「近づくな。この女、変だ」

「変って言い方はひどいわね。その子と同じ、人間じゃないだけよ」

 瑞雪の顔が強張った。

 それを見た羽宇が浮かべた笑み。それを見た高尾が震えた。特に股間に妙な力を感じて。

「あんたはわかっているよね。あたしの力を」

 赤毛の中、彼女の耳の上辺りから、象牙色の角が顔を出した。それは彼女の頭を回り、絡み合うように結びつく。それは角と言うより、冠だった。

 両手を広げ、胸を張った羽宇の服が粉のように弾けては消える。制服も、下着も。そしてその背中から小ぶりなコウモリのような翼が生えた。

 月の光がスポットライトのように、羽宇の全裸を照らし出す。その姿は、高尾が彼女のアパートで見たときよりは遙かに美しく、艶めかしい。

 ぷるんという音が聞こえそうなほどに魅惑的に揺れる乳房。その先端にある桃色の突起は男たちの視線を引き付け、くびれた腰の中央にある臍は絶妙のアクセントを作り、丸みのある腰の中央にある淫猥な黒い茂みは雌の香りで雄を魅了する。

 高尾は内からわき出てくる彼女を押し倒し、思う存分犯したいという欲求に必死で耐えた。

 粉となった服が再び彼女の肌に引き寄せられ、形作る。しかしそれは以前とは違う。光沢のある黒い革が肌に張り付いているかのような質感。靴のような足先部分と腕章のような二の腕の輪こそまともだが、胸に、腰に張り付いた部分は女の部分を隠すようで隠さず、見えそうで見えない。男の想像を刺激する絶妙なくすぐり具合を形作っていく。

 息を吐いて羽宇は視線を高尾たちに戻す。その表情は、男と交わって絶頂を遂げたばかりのようなけだるさを感じさせた。

「あたしは淫魔……サキュバスのまぜものなの。男の精を吸い取り、糧とするまぜもの」

 たまらなくなったのか、岩麻たちが羽宇の体にすがりつくと、その肌を吸い始めた。たまらないと言いたげに彼女の肩を、胸を、尻を、股間と太ももに顔を埋めては音を立ててしゃぶっていく。

「まったく、男ってのは死んでも女の体が好きなのね」

 股間に顔を埋めている岩麻の頭を掴むと、力任せに引きはがし放り投げた。

 岩麻の巨体は数メートル投げ出されたが、体を起こすと羽宇の下に這っていく。

「死んでもって、どういう……」

 改めて見て高尾は気がついた。岩麻たちの目の焦点が合っていない。昼間見たときは、精気こそ感じられなかったが、視線とかはまともだったのに。

 瑞雪も気がついたのか、目を見開いたまま震えていた。

「やっぱり、あたしが」

 その様子を見た羽宇はぺろっと舌で唇をなめ

「安心しな。あんたが凍らせた時点では、まだ4人は生きていたわ。あんたが逃げた後、あたしが動けないこいつらの精気を吸い取っただけ。エッチしないで精気を吸い取るのは味気なかったけど、その分こいつが頑張ってくれたからね」

 這い寄る岩麻の頭を踏みつけた。

「あんたも残念ね。アパートで素直にあたしを抱いてりゃ、気持ちいい死に方が出来たのに」

 睨まれ、後ずさる高尾の前に瑞雪が守るように立ち

「先輩を殺しに来たんですか」

「口封じにあたしの食事。確かに理由はあるけど、それはおまけ。あたしが用があるのはあんたよ。桜島瑞雪。思い出したばかりの雪女のまぜものさん」

「まぜもの?」

「そう。簡単に言えば人間と化け物、あるいは化け物と化け物の混血、ハーフ、クォーター。それらを総じてまぜものって呼んでるのよ。あんたは純粋な雪女じゃない。あたしも純粋なサキュバスじゃない。もっとも、今時純粋な化け物のほうが珍しいけどね。みんな人間やら他の化け物と混ざっちゃって。おかげで、しなくても良い苦労してるわ」

 まとわりつく空手部員たちを振り払い、羽宇は高尾たちに近づいてくる。

「逃げるぞ!」

 高尾は瑞雪の手を取り走り出す。とにかく、今は羽宇から逃げることが先決に思えた。

 だが、10メートルと走らないうちに突風が吹いた。ただの風ではない。2人の体が宙に浮き、走り出す前の位置に吹き戻された。

「クレーバー。お前の悪い癖だ。しゃべりすぎる。そのくせ肝心なことは隠す」

「おしゃべりは嫌いじゃない。にぎやかで好きだ」

 2人の男が歩いてきた。1人は30過ぎに見えるやせ形の男で、上下を飾りっ気のないブラウンのライダースーツでまとめている。強いくせっ毛はパンチパーマのようで昭和のヤクザみたいだ。身長は高尾より高い。190近くあるだろう。もう1人はレザーの男よりひとまわり小さく、体に合っていないのか大きめの服をだらしなく着て、薄手のダッフルコートを羽織っている。歳は高尾より少し上のよう、20歳前後に見えた。

「雷、遅かったじゃない」

「いや、俺が悪かったんだ。ちょいと野暮用でな」

 服のだらしない男が面目なさそうに頭を掻いて答えた。

 雷と呼ばれたレザーの男は、高尾と瑞雪を見直し

「雪女という報告だったが。よけいなのが1人紛れているな」

「てめえらもまぜものって奴か」

 したたか打ち付けた腰をさすりながら高尾が立ち上がる。

「紹介するわ。こっちの格好良い方が尾似島(おにしま)(らい)で、野暮ったい方が山梔子(くちなし)雅人(まさと)。お察しの通り2人ともまぜものよ」

「なんか、扱いに差別を感じるぞ」

 ダッフルコートの男・山梔子が唇を尖らせた。

「ごめんなさい。あたし正直だから」

 けらけらと笑う羽宇を横目に、高尾は何とか逃げ道はないかと辺りを探る。だが

(あの野郎……)

 尾似島が左右の手を軽く開き、じっとこちらを見張っている。さきほど自分たちを飛ばした風はこいつの仕業だと高尾は直感していた。

「先輩」

 瑞雪が冷気を纏って立ち上がる。彼女は再び雪女になっていた。

「あたしが冷気で攻撃しますから、その隙に逃げてください」

「馬鹿言うな。こいつらの目当てはお前なんだぞ」

「だからです。先輩1人なら、見逃してくれるかも知れません」

 高尾が静止する前に、瑞雪が羽宇たちに向かって冷気を発する。今までとは違う、彼女が初めて本気で出す冷気だった。

 地面が凍り、空気に氷の結晶が舞う。

 氷点下の風が羽宇たちに襲いかかろうという時、尾似島が左手を前に出した。

 途端、先ほど2人を飛ばした風が吹く。冷気があっという間に押し返され、逆に瑞雪たちに襲いかかった。

 雪女である瑞雪はたいしたことはないが、高尾はそうはいかない。服が凍り付き、冷気が手足の感覚を奪っていく。

 尾似島が今度は右手を伸ばすと、掌から小さな稲妻が発せられた。

 それに貫かれ、高尾は大きく痙攣するとそのまま倒れた。

「反撃する度胸は認めるけど、相手が悪すぎたわね。教えてあげるわ、雷はね、風神と雷神のまぜものなの」

 羽宇の言葉を受けて口の端をつり上げた尾似島の額から、側頭部から角が飛び出た。羽宇とは違う、太く、力強い角が。彼女と同じように尾似島の着ている服が弾けるように消し飛んだ。代わりに現れたのは筋骨隆々とした赤黒い肌。上半身裸で、下半身は虎島の袴を撒いている。その周りには稲妻を纏った風が渦を巻くように囲んでいた。

 瑞雪が震えた、寒いのではない。尾似島の妖力の作る気迫に圧倒されているのだ。

「風神と雷神って、そんなんありかよ……両方とも神様じゃねえか」

 地面に突っ伏したまま高尾が文句を思う。体がろくに動かなかった。以前、女の子からスタンガンを受けたときに似ている。だが、今回食らったのはまぜものとはいえ雷神の放つ稲妻である。尾似島が手加減したのは明らかだ。

「それじゃあ、俺も」

 山梔子が頬を膨らませると、爆発するように顔が大きくなった。最初の大きさの2倍、4倍、8倍と段階的にふくれあがっていく。それでいて体の大きさは変わらないため、頭身だけが縮んでいくように見える。それは滑稽だったが、高尾も瑞雪も笑う余裕は無かった。

 ついには山梔子は2頭身にまでなった。明らかに頭が重すぎるのかふらついている。と思ったら、頭が体を押しつぶすように下に落ちた。

 唖然とする高尾たちの目の前で、山梔子の頭部が服を地面に残して浮き上がる。彼は頭部だけの存在になって宙に浮いたのだ。

 瑞雪がへたり込んだ。羽宇や尾似島が人型だけに、見た目のインパクトは強かった。

「俺はな、大首と食人鬼のまぜものなんだ」

 山梔子の髪が生き物のようにうごめき、伸びると羽宇の周囲にいた承海と転洞を捕まえた。

「羽宇、こいつら喰って良いのか?」

「どうぞ。そのためにわざわざ動かして生きているように見せかけていたんだもの」

 返事が終わらないうちに、山梔子は髪を手足のようにして捕まえた2人を持ち上げると、服を引きちぎる。

「体育会系の男かよ。文化系の女の方が脂肪とのバランスが良くてうまいのに」

「贅沢言わないの」

 文句を言いつつも、山梔子は器用に髪を使って2人を裸にするとそのまま開けた大口に放り込んだ。大首となった山梔子の口は、彼らを丸呑みするのに充分な大きさがある。

 高尾も瑞雪も愕然として山梔子が空手部員たちを食べる姿から目が離せない。

 山梔子は口をもごもごすると、ぺっと何かを吐き出した。唾液まみれでひとかたまりになった髪の毛が凍った地面に落ちる。

「味が落ちるな。やっぱり死にたてでないと。それに毛は剃っておいてくれよ。下ごしらえは大事だぞ」

「あんた文句が多いわよ」

 続けて山梔子の髪が承海と結坂に絡みつき、先ほどと同じように服を引きちぎると大首の口へと運ぶ。すでに死んでいる2人は抵抗しない。

「あたしが男の精気しか食べられないように、彼は死んだ人間の肉しか食べることが出来ないの。こんな不自由な食生活、お互いにいろいろ融通し合わないとね」

 高尾たちに向かって羽宇が説明した。

「思い出してしばらくは、牛や豚の死肉でも食えたのに。まったく」

 髪の塊を吐き出すと、山梔子は最後に残った岩麻に髪を巻き付けた。

「岩麻、逃げろ!」

 かろうじて動けるようになった高尾が叫ぶ。だが、岩麻も他の部員同様、何の抵抗もないまま服を引きちぎられ、山梔子の口に放り込まれた。

「やめろ」

 叫び拳を固めて突撃する高尾だが、その動きは鈍い。再び吹いた尾似島の風を受け、木の葉のように舞いあげられ、地面に叩きつけられた。

「先輩」

 瑞雪が駆け寄ろうとするのを

「おっと、じっとしていた方が良いわよ」

 いつの間に接近したのか、羽宇が後ろから瑞雪の両の手を掴んだ。

「あたしを凍らせようとしても無駄よ。あんた程度の冷気じゃ無理」

 2人がいいようにされている中、岩間の体が山梔子の口の中に消えていく。全国大会でも優勝候補に上げられた空手部部長が何の抵抗もないまま喰われていく。

「ごちそうさま」

 山梔子はかるくげっぷをして

「さすがに5人一気食いはもたれるな。せめて味付けを変えれば」

「味付けって、どうするのよ?」

「そりゃあ、食う前に塩をすり込むとか、カレーで煮込むとか」

「ふざけるな!」

 高尾が山梔子を睨み付けて立ち上がる。体のあちこちが痛かったが、怒りがそれを上回った。

「ふざけてないぞ。俺は死んだ人間しか食えない。だったら、せめて人間を美味しく、残さず食べることが礼儀だろう。おまえさんも肉を食べるときには美味しく、動物たちに感謝しつつ残さず食べなさいってお母さんから言われなかったか?」

「そうそう。それにこいつらは死んで惜しいような人間じゃないしね。あんたたちだって知ってるわよね。こいつらがどんなことをしていたか。一般生徒を脅し、女を犯し、それでいて学園に全国大会優勝という名誉をもたらしてくれるからって大目に見られて、それを良いことにまた調子づいて」

「うるせぇ! いくらあいつらがひどい奴らだからって、こんな死に方良いわけあるか!」

「それって、要するにあたしらに人を喰うな。飢えて死ねってことよね。あたしは嫌よ。死にたくない。だから人を喰うわ。できるのは、せいぜい食べる人を選ぶぐらい」

 羽宇の冷めた視線に、高尾の次の言葉が出てこなかった。

「あんたら偉そうなことを言う人間はいつもそうよ。あたしらを非難するときは威勢が良いくせに、じゃああたしらはどうすれば良いかって時はだんまりを決め込む。いっそのこと、お前らは人の世のため死ねって言って殺そうと襲いかかってきた方がよっぽど清々しいわ。

 あたしはね、そういう男を見るとそいつのチンポをしゃぶりながら精気を吸い取って殺したくなるの」

 舌なめずりする羽宇の視線を受け、高尾の力が抜けていく。その両腕に山梔子の髪が巻き付いた。さらに足にも巻き付き、そのまま高尾の体を持ち上げる。

「どうする羽宇、こいつの精気を吸うか? 俺もあと1人ぐらいなら喰えるぞ」

 冗談じゃないとばかりに高尾はもがくが、空中で力が入らない上、山梔子の髪はがっちり手足に食い込んで、放すどころか緩みもしない。

「先輩!」

 瑞雪の全身から冷気が吹き出した。彼女を捕まえていた羽宇の全身に氷が張り付き、次第に厚みを増していく。が、

「無駄って言ったわよね」

 羽宇が体を震わせると、張り付いていた氷が砕けて落ちた。

 さらにその手を伸ばし瑞雪の胸の膨らみと股の内側をまさぐっていく。

「男のように精気を吸い取るわけじゃないけど、これでもサキュバスだから、性欲を刺激して抵抗力を奪うことは出来るわ。それに最近は性差別がうるさくてね。男だけじゃなく、女も相手にしないとうるさいのよ」

 服越しに女の敏感な部分をまさぐり、瑞雪のうなじに口をつけて軽く吸うと、瑞雪の体から力が抜けていく。その場で倒れないのがやっとだ。

「お前たち、いい加減にしろ」

 羽宇と山梔子の様子を静かに見ていた尾似島が

「さっさと男を殺して雪女を連れて行かないから、見ろ。邪魔が来た」

 顎をしゃくる方を皆が見た。

 月明かりの中、背筋を伸ばして1人の男が静かに歩いてきた。

「……部長?」

 鞍馬である。

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