【15・瑞雪の正体】
鴨葱駅の南に流れている鋤谷来川。その河原は広く整備され、休みの日には草野球の試合やフリーマーケットが行われている。一時は草むらの中にいくつも段ボールハウスがあったが、先日、役所による一斉撤去が行われ、草も刈られたせいか今は広々としている。
高尾と瑞雪はその河原を歩いていた。遠くに見える道路には無数の車のライトが左右に流れ、遙か後ろでは鉄橋の上を時折電車が走った。街頭の明かりは土手に遮られ、ほとんど届かない。
川の上を通ってくる風はまだ肌寒かった。
「こんなところでいいだろ。話してくれ。昨日、あの女と逃げてから何があった?」
先ほどその本人から襲われたことは黙っていた。
瑞雪は向き直ると息をのみ
「先輩に、ひとつお願いがあります」
「何だ? どんな非常識な内容でも最後まで聞くぞ」
そう答えたのは、高尾にも何か予感があったのだろう。これから語られる内容が、きっと突拍子もない内容であることを、それでいて、そう口にしたら瑞雪は二度と口を開かないだろうと。
「あたしが彼女と……すみません。彼女の名前聞きませんでした」
つい高尾は彼女の名前は羽宇・クレーバーだと言いそうになったが、彼女の話を腰を折るのはまずいと黙っていた。
「彼女と逃げたんですけど、空手部の人達に追い詰められて」
高尾が小さく頷く、彼が知りたいのはそれから何があったかだ。
瑞雪はなかなか話さなかったが、高尾は辛抱強く待った。
くしゃみが聞こえてきた。誰かいるのかと高尾は見回したが人の姿は見えない。
それが瑞雪にとって決意の引き金になった。
「先輩、見ましたか。あの人達」
「氷漬けになっていた。地面も、落ちていたお前の携帯も凍っていた」
「あれは……あたしがやったんです!」
不思議と高尾は笑わなかった。心のどこかでそれを予想していたのかも知れない。
「あたし、思い出したんです!」
「え?」
今度は高尾も反応した。思い出したという言葉に。
「何を思いだしたんだ? それに、お前がやったって、どうやって?」
「こうやったんです」
瑞雪は静かに下がった。それを追いかけようとした途端、高尾の体を冷気が包んだ。
「寒っ!」
たまらず自分の体を抱いて震えた。いくら夜はまだ冷えるとはいえ、この寒さは異常だ。それよりも、どうして突然寒くなったのか。
瑞雪の雰囲気が変わっていた。もともと色白だった肌は新雪のように白くなり、対照的に髪は最高級の墨のように黒い。彼女の服には霜が降り、雪人形のようになっていた。
すっと瑞雪が川に向き直った。何かと高尾が目をこらしたとき、瑞雪の口から細い息が吹き出た。
すると、彼女を要にして前方、扇状に地面が凍り付いた。それはさらに広がり、土を凍らせ、草を凍らせ、水面に到達したと思ったら、川まで凍り付かせた。それに伴い、澄んだ水のような匂いが立ちこめてくる。それは紛れもない、校舎裏で空手部員たちが氷漬けになっていた場所の匂いだ。
それを目の当たりにした高尾が震えるのは、決して寒いからだけではなかった。
振り返った瑞雪の目から涙がこぼれた。それは落ちる間に凍り付き、氷の滴となって凍った地面に落ちては砕け散った。
「先輩、あたし……雪女だったんです」
冷気が消えた。瑞雪の肌も髪もいつもの色に戻るが、地面や彼女の服は凍ったままだ。
重い音と共に凍った川面が割れ、押し流されていく。それはまるで流氷のようだった。
「雪女……」
高尾は笑うことが出来なかった。それどころか、彼女の言葉を信じた。もちろん、目の前でその力を見せられたこともある。しかしそれ以上に、雪女というのがいて当たり前の存在として彼の中に刻み込まれていた。
「先輩……」
瑞雪は続けた。
「あたしは思い出した途端、この力を使ってあの人達を凍らせてしまったんです。殺してしまったんです。あたしは人殺しです!」
そのまま泣き崩れてしまう瑞雪に高尾はしばし唖然としたが、
「ちょっと待て。あの4人生きているぞ」
驚いたように瑞雪は顔をあげた。
「部長から聞かなかったか? 今日、お前に会いにいったんだろう」
「来ましたけど、会わずに帰ってもらったので。それよりも本当ですか、本当にあの人たちは生きているんですか?!」
「ああ、現に今日、俺が見た。学校にも来てたし。だいたいお前、あいつらが死んだって、ちゃんと確認したのか。脈を取るとか、呼吸を確かめるとか」
思いっきり首を横に振る瑞雪。あの時はそれどころではなく、凍り付かせた時点で死んだと思い込んだのだ。
「良かった……良かったぁ」
涙をぽろぽろこぼしながら瑞雪が笑った。今度の涙は凍らなかった。高尾もつられて笑った。
「とにかく、犠牲者がいなかったってことは良かった。とにかく落ち着いて、これからのことを考えよう」
彼女が頷いた途端、制服を覆っていた氷が剥がれ落ちた。髪などの霜もこぼれ落ちる。彼女の肉体が雪女から人間に戻ったのだ。
ホッとした高尾が笑みを浮かべたとき、
「知らないってのは怖いわねぇ」
聞き覚えのある声を耳に受け、驚いて振り返る。
いつの間に来ていたのか、羽宇が立っていた。瑞雪同様学園の制服を着、取り巻きのように岩麻たち空手部員5人を引き連れて。




