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まぜもの妖談 ~狼天狗と雪女~  作者: 仲山凜太郎
14/33

【14・瑞雪の家】


 5分も走っただろうか、やっと高尾は足を緩めた。

 目の前の自動販売機で麦茶を買って一気に飲み干すと、ようやく頭も落ち着いてきた。手近な家の塀に背中を預けると

「どうなってんだ? あの女と岩麻たちはグルなのか? でも、昨日は彼女が襲われていたし、芝居だったなら瑞雪が彼女を助けるときに一緒に逃げたりしないよな。そもそも俺をはめる必要ないだろう」

 自分に言い聞かせるように言葉にする。端から見ると延々独り言をしている形だが、黙ったまま考えるより頭に入りやすかった。

「けど、今日のはどう考えても、俺を罠にかけたんだよな。あの女、死ねたのにとか言ってたけど、俺を殺すつもりだったのか? なんで俺が殺されなきゃいけないんだ?

 それにさっき何だ? 思い出せって言ってたよな。何を思い出すんだ? 俺、なにか大事なことを忘れているのか」

 頭がこんがらがってきた。

 周りで何か起こっているのに、自分に情報が全く入ってこない。不快極まりない状況だ。

「やっぱり、瑞雪に話を聞くしかないな。あいつは何か見ているはずだ。絶対に」

 歩き出そうとして、高尾は足を止めた。

「ここどこだ?」

 彼がまずやらなければならないことは、現在位置の確認だった。


 それから彼が悪戦苦闘してやっと瑞雪の家にたどり着いたときには、夜の8時を回っていた。学校の後輩とはいえ、女子の家を約束もなしに1人で訪ねるにはちょっと遅い時間である。腹も減っている。

 しかし、高尾は諦める気にはならなかった。

 一応、呼び鈴を鳴らす前に電話をかけてみる。彼女の携帯ではなく家の固定電話だ。母親らしき女の人が出たので、名乗って瑞雪に取り次いでもらおうとした。しばしの沈黙の後、具合が悪いので出られないという返事をして申し訳なさそうに電話を切った。

「仮病じゃねえか。本当に病気なら即答するだろう」

 本当に病気だったらと考えるのが馬鹿らしくなった。

 家を見上げると、2階のカーテンが引かれた部屋に明かりがともっている。そこを瑞雪の部屋だと目安をつけた高尾は、建ち並ぶ住宅を探るように歩き始めた。瑞雪の家はずらりと建ち並ぶ同じデザインの建売住宅の一軒で、表札がなければまず判別できない。

 瑞雪の家のある区画をぐるっと回ると、高尾は辺りに人影がないのを確かめて家々を分ける塀によじ登った。そのまま塀の上を歩いて瑞雪の家まで行くと、庇を足場に二階に上がり、目当ての部屋までそろそろと移動していく。満月のせいか、体が軽い。

 ふと、羽宇に誘惑されたときに頭を駆け抜けた言葉がまた蘇った。

 思い出せ。

 気にならないと言えば嘘になる。しかし思い出せないものを気にしてもしようがない。高尾は再び庇の上を進み始めた。

 目当ての部屋は南側に面している。今は人通りはないが、通りや他の家から丸見えの場所だ。

 高尾は素早く部屋の前に移動する。幸いにも庇は大きく、動きやすいし体を休めることも出来そうだ。窓枠も大きめで指をかけることが出来る。

(間違えたら大変だな)

 そっと窓に顔を寄せ中をうかがい、耳に神経を集中する。中から微かに会話が聞こえた。

「熱も元に戻ったし、明日は大丈夫ね。でも、明日もおかしかったら病院に行きなさい」

「うん……わかってる」

「けど、本当にどういうことなのかしら。熱が上がるならともかく、逆に下がるなんて」

(本当に体調悪かったのか?)

 高尾は顔を手で覆った。先ほど電話で即答しなかったのは、少し回復したからもしかして電話に出られるのではと確認したのだろう。本当に直接聞かなければ事実はわからない。裏付け調査は大事だ。

 このまま帰ろうかとも思ったが、せっかくだから顔を出して声をかけておきたい。そう思って高尾が窓に手をかけると、鍵はかかっていない。音を立てないよう気をつけて開けると

「……桜島さん……」

 呟きながらカーテンを小さくめくっていく。

 ベッドの脇にショーツ一枚の瑞雪が沈んだ顔で立っていた。ベッドの上に替えの下着があるのでそれに着替えようとしていたのだろう。細身のせいか羽宇に比べたら胸もお尻も小ぶりだが、形の良さと肌の美しさでは負けていない。桃色の乳首などは羽宇より綺麗だった。穿いているショーツも飾りのないシンプルなものだが、それが却って健康的な色気を感じさせる。

 思わず見とれた高尾と、すきま風に気がつき、顔を向けた瑞雪の目が合った。

 大きく息をのんで瑞雪がへたり込んだ。ここで彼女が大声を上げなかった、正確には上げられなかったのは彼にとって救いだった。

「落ち着け、俺だ。変なことしないから静かに」

 言いながら窓から這いつくばるようにして入り込んだ高尾は、そのまま瑞雪を押さえつけるようにして口を押さえる。

「頼むから静かにしてくれ」

 口を塞がれたまま頷く瑞雪。ほっとすると同時に、高尾の目に彼女の胸が飛び込んできた。

 そして今、自分がショーツ一枚の女子高生の部屋に入り込み、押し倒していることに気がついた。誰がどう見てもレイプ犯である。

「ご、ごめん。悪気はない。あ、出て行く。外で話す」

 急いで窓から外に逃げると、窓を閉める。

(俺、最低な事した?)

 庇に捕まりながら自己嫌悪にひたっていると、窓が軽く叩かれ、静かに開いた。

「先輩?」

 カーテンが開き、寝間着姿の瑞雪が顔を出す。

「ごめん。見てないから!」

「うそつき」

「……」

「……わざとじゃないから」

 説得力ゼロだとわかっていても、高尾はそう言うしかなかった。

「ごめんなさい」

 謝罪の言葉を口にしたのは瑞雪の方だった。

「今日、学校休んで」

 文句を言いかけた高尾の口が止まる。

「気にするな。具合が悪かったんだろう」

「……学校を休むほどじゃなかった……」

 沈んだ顔の瑞雪が顔を伏せた。つまり、具合が悪かったのは事実だが休むほどではない。高尾達と顔を合わせたくなかっただけだろう。

 しかし、すでに彼はそれについて彼女を責める気はなくなっていた。

「落ち着いたか?」

「え?」

「落ち着いたら話す。そういう約束だったよな」

 返事はなかった。

「桜島さん。昨日、学校で俺に啖呵切ったよな。もう逃げない、見ていてくれって。見ていてやるから話してくれよ」

 先ほどのこともあるので、慌てて「見ているって、変な意味じゃないからな」と付け加える。

「それとも、もう少し時間が必要か。だったら明日まで待っててやるけど」

 無言のままだが、瑞雪が窓越しのすぐ後ろでじっとしているのはわかった。

「じゃあ。俺、近所に見つからないうちに帰るわ」

 動こうとしたその袖を、カーテンから延びてきた瑞雪の腕が掴んだ。

「待ってください」

 高尾が振り向くと、小刻みに震えてこちらを見る瑞雪の顔があった。彼女の口は動こうとしてはためらい、閉じようとしては開こうとしている。しゃべろうとするのとしゃべれないというのとが、彼女の中で戦っているのだ。

 援護すべく高尾は瑞雪を見据え

「俺って、そんなに頼りにならない先輩か?」

 その目を受け止めた瑞雪は、小さく頷いた。

 途端、力が抜けた高尾が危なく庇から転げ落ちそうになった。慌てて窓枠にしがみつく。

「お前な!」

「ごめんなさい。横に振ろうとして、縦に振っちゃったんです」

 窓枠にかかる高尾の手を、瑞雪はしっかと掴んだ。

「外で待っていてください。すぐに行きますから。それと」

「それと?」

「……あたしのことは、瑞雪で良いです」

 頬を染めてそう言うと、瑞雪は窓を閉めてカーテンを引いた。

「そうか」

 すでに閉められた窓に向かって高尾はつぶやいた。その顔が自然とほころびる。もやもやしたことばかり起きる中で、やっと心が温かくなった。

 5分と経たずに制服姿で出てきた瑞雪は、家のそばで待っていた高尾に

「人のいないところで話します」

 と彼の手を取り早足で歩き出す。

「ちょっと、落ち着け瑞雪。人のいないところはちょっと」

「うだうだ言わずについてくればいいの!」

 睨まれ高尾は引きつった笑みを浮かべる。瑞雪がこのモードになっているときは逆らわない方が良いというのが何となくわかってきた。

「おまけに人の裸を勝手に見るし」

「いや、下はつけてたから半裸だ」

 振り返る瑞雪の目は殺意が込められていた。

「ごめんなさい」

 素直に高尾は頭を下げた。

 それっきり2人は黙り込んだ。冷たい夜風が頭を冷やしていく。

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