【13・裸ジャージの誘惑】
「さぁ、何が知りたいの」
彼女はテーブルを挟んだ向かい側では無く高尾の隣に座った。先ほども感じた良い匂いが高尾の鼻をくすぐる。香水などの類いではない。彼女の体が発する匂いだ。若い娘の体臭。娘と言うより雌の体臭。
それから気をそらすように、高尾は支給品のスマホを取り出し、録音を開始する。日付と時間を口にしてから
「順番に話してください。まずは学年とクラス」
さすがの高尾も話し方が少し丁寧だ。
「3年7組」
「どうして放課後残っていたんです。クラブ活動ですか?」
高尾はできるだけ事務的な話し方を心がけた。それがおかしかったのか、羽宇は軽く笑い、
「あたしは帰宅部。クラブ活動なんてつまらないし」
「じゃあどうしてあの時間まで学校にいたんです?」
「別に……誰もいない家に帰るのが面倒くさいというか、誰もいないんだから家でも外でも同じでしょ。人がいてにぎやかな分、学校の方がマシよ。部活しているみんなを見ているのって、結構楽しいし」
「だったら自分でも何かに入れば」
羽宇はそれには答えず、天井を仰ぐだけだった。
「言ったでしょ。あたしはみんなを見ているのが楽しいの。一緒に何かするなんて面倒くさいだけ」
大きく伸びをした途端、彼女のジャージの下、腰の部分から血色の良い肌と小さなへそが見えた。高尾の心拍数がぐんと上がる。
(まさか、ジャージの下は何も着てない?)
そう考えると、彼女のジャージ姿が妙に艶めかしく感じる。
「昨日もそんな風にして過ごしてたのよ。屋上とかでじっとしていると、いろいろな音が聞こえてくるの。ブラバンの調子のずれた演奏とか、野球部のボールを打つ音とか」
その時のことを反芻するかのように、静かに目を閉じソファの背にもたれる。胸の膨らみが妙に無防備なように見えたのは、高尾の気のせいだろうか。
「それであいつらに襲われたんですか」
彼女の肌から目を曝す。高尾は彼女の発言について、屋上は鍵がかかっていて出入りできないはずという疑問を持たなかった。
(でも、このあとどう聞けば良いんだ?)
襲われた状況を細かく聞くべきなんだろうが、そこで鞍馬の言ったセカンドレイプという言葉がよぎった。
(いや大丈夫だ。まだ未遂だったし連れ込まれただけだから。大丈夫、大丈夫)
柔らかいものが押しつけられる感じがした。
いつの間にか羽宇が寄り添って体を押しつけてきていた。ちょうど彼女の胸元を上からのぞき込むような形になった。ジャージのファスナーが半分近く開いて、彼女の乳房が半分こぼれかかってきた。それだけではない。本来乳房を支えているはずの下着の姿が見えない。
(やっぱり、裸ジャージ?!)
途端、高尾の頭から事情聴取の言葉が消えた。
「でも、あたしはあのまま襲われても良かったかも」
「え、それって」
高尾の言葉は震えていた。
「だって、そうなればみんなあたしのことを気にかけてくれるし、話しかけてもくれる。変なことも言われるだろうけど、誰にも相手にされない、無関心でいられるよりもずっと良いわ。
前にテレビで詐欺の被害に遭った1人暮らしのお年寄りがそんなこと言ってたわ。相手が詐欺だとわかっていたけれど、引っかかっている間は自分を訪ねて話をしてくれる。詐欺を忠告する人は一言二言注意してそれっきり来やしない。
だから詐欺の方がうれしい。その気持ち何となくわかったな」
寂しげな、助けを求めるような彼女の目に高尾の頭は重くなる。考えることが面倒くさくなってくる。
彼女の手がそっとスマホに伸び、録音を止めた。
「だから、あんたが来てくれてうれしいの」
言いながら高尾の体に腕を回し、軽く抱きついてくる。彼女の匂いが高尾の感覚を麻痺させ、無意識のうちに彼女を抱きしめていた。彼女から押しつけてくる胸の膨らみ、太股の感触。男というより、雄の本能がわき上がる。
熱い吐息と共に、羽宇が唇を彼に重ねてきた。
柔らかく、なまめかしく、暖かく全ての神経を触れあう唇に集める。
高尾にとって初めてのキスだった。
唇が離れると同時に、高尾は彼女をソファに押し倒した。力任せにジャージをめくりあげると豊かな乳房が震えて現れる。やはり彼女は下着を着けていなかった。
彼女の胸は今まで見たことのないような美しさだった。ほどよい膨らみと張り具合。体を動かす度にさざ波のように揺れ、桃の果実より赤みを帯びた乳首は男の口を導こうとしている。
もう高尾の頭には インタビューとか記事とか、昨日の出来事などはどうでも良くなっていた。目の前にある彼女をものにしたい。その思いだけで、彼は彼は彼女のジャージの上をはぎ取ると、今度は下を力任せに引き下ろす。上同様、彼女は下も下着を着けていなかった。
羽宇の両手を掴み、体を隠せないよう広げた。高尾にとってこれも初めて見る同年代の女体。生の裸を前に高尾の体は動きが止まった。
静かに高尾の次の動きを待っていた羽宇はその様子を見ると、彼の手を取り自分の胸に導いた。同時に迎え入れるように静かに裸の両足を開く。汗に濡れた女の茂みが彼を誘う。
たまらず高尾が彼女に覆い被さろうとしたときだった。
《思い出せ!》
もやっとした彼の心をひっぱたいた。魂に直接冷や水をぶっかけられたようだ。
《思い出せ!》
胸を駆け抜けた。奥底に眠る何かを叱咤するように。
高尾の体の中で何かが動いた。弾けそうに激しく震え、外に出ようとしている。
(何だこれ、静まれ!)
自分の中で暴れようとしている何かを押さえようと、高尾はそれに意識を集中させた。
その様子に、下でじっと彼の次の愛撫を待っていた羽宇が
「どうしたの?」
体を起こしたときだった。
彼女は力を感じた。高尾に向けられている力を。
それは外から来ていた。その方角を見た羽宇の目つきが責め立てるように変わった。
窓の外、その人影は電柱の上に、高下駄を履いた足で平然と立っていた。ちょうど姿を現し始めた満月を背にして。
うっすらと見える山伏のような姿。しかし、両腕を組み、じっとこちらを見るその顔は人間ではない。尖った嘴、光沢のある毛に覆われた顔。そして背中から生えた山吹色がかった白い鳥の翼。
「……烏天狗」
羽宇の視線に気がついたのか、突然それは飛び立った。それと同時にそれからの力が消えたのを感じた羽宇が呆然としたままの高尾を見た。
高尾の頭から霞が消えていた。今まで自分を支配していたものが嘘のように消えていた。心も体も、自分のものに戻っていた。夏の熱気に苦しんでいるとき、冷たい水と日陰、涼やかな風を受けて自分らしさを取り戻した感じ。
「俺は……」
顔をあげると、裸の羽宇が立っていた。
「続き、しよう」
高尾の顔に自分の乳房を押しつける。甘い匂いが高尾の鼻をくすぐる。が、それに彼は拒絶反応を起こした。
危険だ。離れろ。それは本能の叫びだった。羽宇の裸体からはすでに色気もなにも感じない。むしろ、おぞましき拒絶感があった。
彼は彼女を突き飛ばすように放すと、ソファから立ち上がり後ずさる。
「お前……誰だ?」
「そんな、あたしを抱いてくれないの」
助けを求めるような、男の保護欲を刺激するようなその目と声。だが、今の高尾にそれは死の罠に感じられた。
「違う……」
「何が違うの?」
「人間じゃない」
それは高尾が受けた感じそのものだった。目の前にいる裸の女の発する雰囲気は人間じゃない。人間のふりをした何かだ。
ほんの一瞬、普通なら気がつかないだろうわずかな間、羽宇の瞳が変わった。男を求める目だが、寂しさから求めるのではなく、獲物として見る目だった。
これ以上、ここにいてはダメだ。高尾の本能がそう叫ぶ。
会話もすることなく、高尾は玄関に逃げた。
靴を履くとドアを開けた。
岩麻たちが立っていた。
「そいつを逃がすんじゃないよ!」
扉から入ってきた岩麻たちが高尾の腕を捕まえ、そのまま屋内に押し戻す。
驚き振り向く高尾を、裸を隠そうともせずに羽宇が出迎えた。その顔からは、今までの寂しげな表情はすっかりなくなっている。
「もったいない。あのままあたしを抱けば良かったのよ」
軽く舌なめずりをする彼女は
「そうすれば、気持ちの良いまま……死ねたのに」
高尾の顔を掴む。岩麻以上の力だった。
そのまま羽宇は高尾の唇に自分のを押しつけた。先ほどのように甘く、柔らかい感触が彼の理性を麻痺させていく。
唇を通して吸われていくのがわかる。何もかも、吸われて
「たまるかよーっ」
掴む部員たちを振りほどき、思いっきり羽宇を突き飛ばした。
玄関は岩麻たちが塞いでいる。高尾は窓に走った。
窓を開け、そのまま外に飛び出した。しかし、柵を跳び越えた途端
(ここ4階だった!)
重力に従って高尾は落ちていく。体が勝手に動いた。着地と同時に受け身をとって、地面をごろごろ転がり、勢いのままに立ち上がってポーズを決める。
無傷だった。
そのまま一気に走った。とにかくこの場から離れるのが第一だった。
「奇跡って、起こるときは起こるんだな」
走り去る彼の背中を羽宇が唇を噛み
「ちょっと……ルール違反よ」
先ほど烏天狗が飛び去っていった方を電柱を睨み付けた。




