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まぜもの妖談 ~狼天狗と雪女~  作者: 仲山凜太郎
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【12・赤毛の羽宇】


「ええと、住所だとこの辺のはずだよな」

 一軒家が建ち並ぶ中、高尾は電柱や表札のそばにある住所表示と携帯に表示された地図とを見比べながら進んだ。再開発に伴う建て売り住宅街のせいか、どの家も作りが同じせいか、どこを歩いても同じに見える。

 そろそろ日も落ち始め、高尾も少し焦りが出てきた。できれば鞍馬たちがいるときに訪ねたかった。

(それに、本当に熱を出して寝ていたらまずいよな)

 話を聞いた直後は熱なんて出任せだと思っていた高尾だが、落ち着いて考えれば無理はないと思うようになった。どう見ても空手部への単独取材は無理をしていたし、あの部員たちの氷漬け。あれを目の当たりにしたら、ショックで体調を崩しても不思議はない。

 鞍馬に言われたように、裏付けのない結論は単なる決めつけに過ぎないのだ。

(お見舞いに何か買っていった方が)

 しかし、小遣い日前のせいで高尾の懐は寂しい。

「やっぱ家に寄って手土産にバクラヴァでももらってくれば良かったな」

 ぼやきつつ、もう一度瑞雪の家に電話をかけてみようと携帯を取り出したときだった。通りの向こうで1人の女性が横切って走るのが見えた。

「彼女だ!」

 見えたのは一秒ほどだったが、間違いない。昨夜、岩麻たちに襲われていた赤毛の女生徒だ。電話を忘れて高尾は走り出す。赤毛の女生徒を追って岩麻たちといつもの起承転結四天王が走って行くのが見えた。

(追われてる!)

 高尾の走りに力がこもる。が、今日はまだ月が出ていないせいか、昨日のようには体が動かなかった。それでも懸命に走り、ちょうど線路の高架下で追いついた。

 頭上で電車の走る音が通り過ぎる。

「待て、おい!」

 振り返った岩麻の顔を見て驚いた。

(岩麻……だよな)

 確かに顔の作りも体つきも岩麻だ。だが何というのか、強い武道家から感じられるオーラというのがまるでない。昨日対峙したときは、いけ好かない奴だと思いつつも、その体から発せられる気迫や強者の空気にはたじろいだものだ。

 しかし、今目の前にいる岩麻からはそんな空気は微塵も感じられない。彼だけではない。他の空手部員たちも同じだ。ただ動いているだけの人形のようだ。雰囲気だけではない。表情も生気がない。今朝、朝練をのぞいたときも元気がないと感じたが、こうして対峙すると、一層強く感じる。

 思わず高尾が一歩引いた。気味が悪かった。昨日のように凄みをきかせて暴力をちらつかせてきた方がよっぽど相手にしやすかった。

「お前か」

 抑制のない岩麻の声。すごまれるよりよっぽど不気味に感じた。

 岩麻たちの間から赤毛の女性が見えた。怯えた顔で、乱れた服を震える手で合わせている。

 それで高尾は何のためにここまで追いかけてきたかを思い出した。

(さすがに5人を相手には出来ねえな。自分だけならともかく、彼女を連れて逃げるのも無理っぽい……)

 けど……

(何とかなりそうな気がする)

 東に向けた背中に月の光を感じた。まだ日が沈みきっていないのに、体に力がみなぎってくるのを感じる。

 今夜は満月だった。

「用意……ドン!」

 一気に横に跳び、岩麻たちの視線を引き付けると、一気に突撃した。岩麻たちの反応は鈍い。彼らの間をすり抜け、赤毛の少女を抱えると

「逃げるぞ!」

 彼女を力任せに肩に担いで走り出す。振り返る余裕は無い。一瞬の遅れが命取りになりかねない。

 とにかく人目のありそうな場所ということで、駅前目指して線路に沿って走る。満月の光を浴びた高尾の足は、人1人担いでいるとは思えない速度を出す。

「ちょっ、ちょっと」

 背中から声がする。

「黙ってろ」

 抱える手に力を込め、その感触に思わず雑念が入る。

 高尾は彼女を肩に担いでいる。急いだせいだが、結果、高尾が腕を回して握っているのは彼女の太ももだ。スカート越しだがむっちりした感触がその手に伝わってくる。

 ちらと横を見ると、彼女のお尻があった。

 肩越しの背中部分になにやら柔らかな感触がふたつある。

(邪念退散邪念退散!)

 念じながら必死に足を動かす。

「あいつら追ってこないんだけど」

「え?」

 思わず足を止めて振り返ると、岩麻たちの姿はない。

「えらくあきらめが良いな。それとも、俺の足が速すぎたかな」

「下ろしてくれない」

「あ、悪い」

 もったいないと思いつつも彼女を下ろす。

「普通はお姫様抱っことかで逃げない?」

「贅沢言うな」

 答えながら高尾は少々気が抜けた。彼は勝手に赤毛の女性をもっとおしとやかな女性だと思っていたのだ。しかし、目の前の彼女は口調といい、微かなツリ目と良い、ちょっと勝ち気のようだ。癖のあるショートカット。血色の良い肌の首筋には小さなほくろがある。そこを少し下がると、白無垢学園制服の胸元から豊かな胸が谷間を作っていた。

 思わず高尾は生唾を飲み込んだ。何というか、彼女からは何とも言えない色気が感じられる。岩麻たちが手を出しそうになるのも無理もない。

 高尾の視線に気がついたのか、彼女は手で胸元を隠し

「すけべ」

 と拗ねて見せた。その表情も男の欲情をそそるものがある。

 慌てて首を横に振る高尾。これでは岩麻たちと大差ない。

「でも、助けてくれたお礼は言うわ。ありがとう」

 素直に頭を下げる。彼女の髪からは何とも形容しがたい良い匂いがした。

「昨日も襲われていただろう」

 そう言われて、赤毛の少女は驚いて一歩後に引いた。

「探していたんだ。瑞雪と……ああ、俺の後輩だが、そいつと一緒に逃げて、それから何があったんだ?」

 いきなり逃げ出そうとする彼女の腕を高尾は掴んだ。

「さっき襲われていたのは、それがらみなんだろう」

 掴む手に力を込める。決して逃がしてなるものかと。

「言ったって、信じてくれやしないわよ」

「信じるかどうかは聞いてから決める」

「あんたの後輩に聞いたらいいじゃない」

「休んでいる。話せる状態じゃないらしい。悪いが、どうしてもあんたに話してもらう」

 さらに力を入れると、彼女は顔をしかめ

「わかった。わかったわよ。だから放してよ。痛いじゃない」

 高尾が手を放す。もちろん彼女がいきなり逃げ出す可能性も考えて気を抜かない。

「ここじゃなんだから、あたしの家に来ない。時間かかりそうだから」

 彼女が歩くのを高尾が付いていく。逃げ出さないよう彼女の動きに注意しながら

「名前だけでも聞かせてくれないか」

「羽宇・クレーバー。パパが外国人でさ」

「へえ、俺と同じだ。俺の父さんはギリシャ人だ」

 その言葉に彼女の頬が少し緩んだが、すぐにまた固くなる。

「仲良いの?」

「良いというか。父さんのノリの良さと押しの強さは俺じゃかなわねえ。何しろ、ギリシャで母さんに一目惚れして、結婚するためにわざわざ日本にやってきたってぐらいだからな。ま、半分尊敬、半分呆れてる」

「へぇ、じゃああんたパパに似たんだ」

「よく言われるが止めてくれ」

 彼女は高尾以上に良くしゃべった。被害者と言うことでデリケートに扱わないとまずいなと思っていただけに、高尾は面くらい、そしてありがたく思った。相手を気遣って丁重に扱うというのが、彼はあまり得意ではなかったから。

 ただ、高尾が話題を昨夜のことに触れようとすると、彼女は積極的にしゃべり出し、その話題から遠ざけた。それで高尾は

(もしかして、昨日のことには触れられたくなくて、話がそっちに行かないように自分から話し続けているのか)

 と思った。そうしてみると、彼女はしゃべくりながら、昨日のことをどう話せばいいのか頭の中で整理しているようにも見えた。

 羽宇の家は十分ほど歩いたところにあるアパートの4階だった。

「もてなすわけじゃないから何も出さないけど」

 家は小さいながらも2LDKだった。奥の居間に通されると

「着替えるから、のぞかないでよ」

 と彼女は居間の横の部屋に入っていった。

 彼女の家には誰もいなかった。

「家族は?」

「離婚調停中。パパは新しい女の所、ママは仕事でいつも午前様」

 返事と一緒に服のこすれる音が聞こえてくる。

(ってことは、夜遅くまで2人っきりか)

 先ほどの太ももの感触と、胸の谷間を思い出す。

(俺が送り狼になってどうする)

 気をそらすように高尾は居間を見回した。テーブルとソファの他は何もない。飾りっ気がないにもほどがあると思わせる部屋だった。

「おまたせ」

 出てきた羽宇を見て、高尾はほっとしつつもがっかりした。色気もへったくれもない。体育の授業で嫌と言うほど見る白無垢学園指定のジャージ姿だったからだ。

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