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まぜもの妖談 ~狼天狗と雪女~  作者: 仲山凜太郎
10/33

【10・高尾の苛立ち】


「念のためもう一度聞きます、確かに空手部員4人が凍り付いていたんですね」

 鞍馬が辺りを見回し、足に力を入れた。地面の氷にヒビが入る。

「本当だ。本当にここで部員達が凍ってこんなポーズで突っ立っていたんだ」

 凍り付いた部員の真似をして、腰の引けたへっぴり腰をしてみせる高尾。

 瑞雪を見つけられなかった高尾はその足で新聞部に戻り、事の次第を鞍馬に報告した。そして確認のため、彼と警備員を連れて現場に戻ったのだが……

「しかし、君が何を言おうとここに凍り付いた部員などいないのも事実です」

 鞍馬の言葉通り、そこには凍り付いた部員の姿はなかった。ただの1人も。

「だいたいおかしいだろう。人間が凍り付いていたなんて」

 警備員などは最初から高尾の言葉を嘘と決めてかかっている。

「けど、地面は凍ってるんだ」

「わかっています。嘘だとは言っていません」

 それは警備員も首をかしげていた。校舎裏は日が差さない。もう一月ほど早い時期の朝方なら地面に霜柱が立つことはあった。しかし今の時期は水を撒いてもこうはならない。しかも凍っているのは地面だけではない。校舎や外壁も凍っている。しかも奇妙なことに、壁も凍っているのか校舎側だけで、外側は全く凍っていない。

 そこへ明子が走ってきて

「空手部の部室には誰もいません」

「この時間なら全員帰ったんでしょう。桜島さんと連絡は?」

「まだ家には帰っていないそうです」

「連絡つかねえのか。あいつだって、今の事態ぐらい解っているだろう」

 凍り付いた瑞雪の携帯電話を強く握ると、表面の氷が割れて落ちた。

「もう1人の女性徒の身元はわかりますか?」

「遠目だったし、わかるわけないだろ。髪が赤毛っぽいのと、うちの制服を着ていたってぐらいしか」

「それだけわかれば対象はかなり絞り込めます。透野君、全校生徒のデータから赤毛の女性徒を顔写真突きでリストアップしてください。この時間に学校にいてもおかしくない生徒をさらに絞り込んで」

「髪を染めていた可能性もあります」

「今のところそれは無視しましょう。リストが出来たら高尾君と桜島さんに見てもらいましょう」

「だからその瑞雪が行方不明だってんだろ!」

 その怒鳴り声も鞍馬は意に介さず、

「1時間かそこら連絡がつかないからって行方不明にするのは早いですよ」

「この1時間は普通の1時間じゃねえんだ。岩麻たち空手部員も、赤毛の女性徒もどこにいるかわからねえって状態なんだ。もういい、俺が勝手に動く!」

 鞍馬の返事も聞かず走り出す。警備員も

「一応報告書には書いておくけど、地面が凍っていたってだけじゃね。顧問にも言っておいてね」

 と動く気はないらしい。もう一度現場を見渡すと、詰め所へと戻っていった。

「やっかいなことになりましたね」

 2人だけになったのを確認して、明子が鞍馬に言って驚いた。

 鞍馬は厳しい目で唇をかみしめていた。

「私の失態です。……思い出すなら高尾君が先だと思っていたんですが」

「申し訳ありません。私が間に合えば」

 その言葉に鞍馬は首を横に振る。

「反省会は後です。今は一刻も早く彼女を見つけて、心を落ち着かせることです。赤毛の少女とやらの身元確認も忘れずに」

「口封じ……するんですか」

「出来ればせずに済ませたいですけど」

 目頭を押さえながら、鞍馬は唇を固く結んだ。


 高尾はまっすぐ空手部の部室に向かった。明子がすでに誰もいないとの報告しても、自分の目で確かめたかったからだ。

 彼女の報告通り、部室はすでに真っ暗で人の姿はない。自分が壊した扉を超えて中に入る。辺りを見回すがやはり無人だった。

 彼は結局瑞雪達は逃げきれず、岩麻たちに捕まったのではと考えていた。だとしたら、今、彼女はどんな目にあわされているか。

「くそ、どこに行ったんだ」

 その時、彼の思考を邪魔するかのように携帯電話の呼び出し音が鳴った。見ると「公衆電話」と表示されている。

「初めて見たな、この表示」

 見慣れぬ表示にわずかながら気持ちを静められて出ると

《あの……先輩》

 瑞雪からだった。

「お前、無事なのか。どこにいるんだ?!」

《大丈夫……です。ごめんなさい》

 今にも泣き出しそうな声。しかし、彼女の声に高尾は一気に気が抜けた。道場の壁にもたれへたり込む。とにかく、彼女は無事で電話とは言え自分と話している。

「怒ったりしないから気にするな。で、今どこにいるんだ? 怪我はないか」

《駅前の公衆電話です。携帯、なくしてしまって》

「お前の携帯なら校舎裏に落ちていた。何があったんだ? 一緒に逃げた女の子は無事なのか?」

《いえ、その……はぐれてしまって》

「はぐれたって、まさかまた岩麻たちに捕まったんじゃないだろうな」

《わかりません》

「わかりませんって。とにかく学校に戻れ。いや、俺からそっちに行く。駅前の公衆電話だな。そこを動くな」

《ダメです! 来ないでください。お願いですから》

「来ないでって、動けないのか? 近くに岩麻たちがいるのか? 駅前ならいざとなったら交番に駆け込め」

《そうじゃなくて……ごめんなさい。明日、落ち着いたら話しますから。約束します》

 いきなり通話は切れた。

「なんだそりゃ!」

 切れているとわかっていても、つい携帯に向かって叫ぶ。何だか訳がわからない。高尾は走り出すと学校を飛び出した。月の光を浴びながら、高尾は自称「全国大会レベルの陸上部員にも負けない」走りで駅前に向かう。

 生徒たちが駅前と言えば、学園から徒歩20分の所にある鴨葱(かもねぎ)駅のことを指す。再開発によって駅ビルやショッピングモール、シネコンやら温泉施設まで作られ、結構な賑わいを見せている。それに伴い宅地開発も進み、ついには昨年、鴨葱駅に急行が止まるようになった。

 その駅ビルの脇にある公衆電話が並ぶ一角まで高尾は一気に走り込んだ。駅前の公衆電話といえばここしかない。

 辺りを見回すが、瑞雪の姿はどこにもない。

「あいつ、何を考えているんだ」

 電話をかけられるぐらいだから瑞雪は無事とは思うものの、電話の後、誰かに捕まった可能性がある。電話機をぶっ叩きたくなるのを高尾は堪えた。何もわからないのがこんなに苛立つことだとは思わなかった。

「とにかく、あいつの家に」

 無事ならば家に帰っているはずだと瑞雪の家に電話をかけようとして……電話番号を知らないことに気がついた。彼女の凍った携帯は鞍馬に返してある。直接家に行こうにも住所がわからない。

 自分の要領の悪さに嫌気がさしながら、高尾は学園まで戻った。新聞部には部員の名簿がある。それを調べれば瑞雪の家の住所や電話番号がわかるはずだ。

 高尾が部室に戻ったとき、すでに時計は8時を回っており、部室にいるのは鞍馬と明子だけだった。

 2人はパソコンに向き合い、女生徒の赤毛リストを作っている。女生徒だけでも500人以上いる上、データに髪の色は記載されていない。1人1人写真をチェックする作業はかなり面倒だ。

「部長、瑞雪から連絡がありました」

 先ほどの電話の件を話すが、鞍馬の表情は変わらない。瑞雪のことなど全く気にしていないようで、高尾は腹が立ってきた。

「それで、これからちょっと瑞雪の所に行ってきます。名簿を見せてもらいます」

「行ってどうするんです」

「行ってって……そりゃ、まぁ……」

 言葉が続かない。

「今の彼女が冷静に話が出来る状態とは思えません。君に連絡するのもかなりの勇気を振り絞ってのことでしょう。そんな時に君が行ってさぁ話せと詰め寄ってみなさい。彼女はどんな反応をすると思いますか」

 高尾は簡単に想像できた。岩麻たちに取材しようとしたときと同じだろう。テンパって何も言えず……

「言えない彼女に対し我慢できない君が怒鳴り、彼女は萎縮して結局何にも聞き出せない……というオチになるでしょう」

(反論できねえ!)

「彼女は落ち着いたら話すと約束したんでしょう。少なくとも、彼女は現状がそれでいいと判断した。彼女は馬鹿ではありません。それならば今は被害者である赤毛の女生徒の特定と保護を急ぐべきでしょう。傍若無人の空手部員を告発するためにも」

 高尾は口をあんぐりと開けて鞍馬の言葉を聞いていた。

「部長、結構考えて動いているんですね」

「少なくとも君よりかは。もうすぐ女生徒リストが出来ますから待っていてください」

「はい。で、俺はそれまで何をしていれば?」

 鞍馬は100円玉を一枚出して

「自動販売機で熱いほうじ茶を一本買ってきてください」

「あたしはミルクティー。冷たいので」

 と明子も100円玉を渡す。校内の販売機の飲み物は100円均一なのだ。

 肩を落として部室を出て行く高尾を、明子はちょっと気の毒そうに見つめ

「彼には事情を話した方が良いんじゃないですか?」

「思いだしていない以上、よけいな混乱を招くだけです。そもそも信じませんよ」

「でしょうね」

「後で彼女の様子を見に行ってください。見つからないように」

 明子は嫌そうに

「できれば外でハダカになるのは」

「別に良いでしょう。誰かに見られるわけじゃないし」

 鞍馬はおかしそうに軽く笑い、明子は真っ赤になった。

 画面上に次々と映し出される女生徒の顔写真。髪が赤毛っぽい女生徒はいるが、高尾が言うようなハッキリとして赤毛はいない。

(染めていたのなら良いですけど。最悪の場合……彼女こそが……)

 鞍馬の表情から笑いは消えていた。


 鴨葱駅から3めの猪味噌駅から歩いて10分の所に岩麻の家がある。

「あいつら、どこに行きやがった」

 岩麻は自宅への道を歩いていた。高尾の攻撃から回復したものの、起田川たちの姿が見えず、鞍馬たちも出張ってきたことからひとまず帰ることにしたのだ。さすがの彼も体のあちこちが痛い。

 しかし、帰る途中いくら連絡しても起田川たち四人の誰も捕まらない。おかげで彼はずっと不機嫌だった。

「まさか自分たちだけであの女を可愛がっているんじゃねえだろうな」

 あの女というのはもちろん赤毛の女のことである。瑞雪たちの取材を受けてむかむかした彼らは、たまたま1人でいたあの女生徒に目をつけ、道場に連れ込んで可愛がろうとしたのだ。

「ん?」

 住宅街の一角にある小さな公園。そのベンチに座っているのは

「お前ら、どこに行ってやがった」

 起田川たち4人の部員だった。岩麻は彼らが凍り付けになっていたことを知らない。

「なんだお前ら?」

 自分に向けた彼らの視線に岩麻は不快になった。今までのような自分に対する畏怖のようなものが感じられない。といって別に馬鹿にしているようでもない。

 無表情、というより人形のように意思が感じられない目だった。


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