第82話 ゼン・シュヴァルツ
二人は店を出ると、クディルの「術追い」を頼りにファイレーンの街を歩きだした。
「どの辺りだ?」
小さな声で尋ねるリックスに、クディルは「それほど遠くないよ」と答える。二人が向かった場所は、街の外れにある大きな公園だった。
「ここにいるのか?」
リックスに問われ、クディルは視線で公園に設置してあるベンチを示した。いくつかあるなかで、使われているのは二つだけ。一つは子ども二人が使っており、もう一つは大人が帽子を顔に載せて一人寝そべっている。
リックスがクディルを振り返ると、彼が頷いたので、間違いなく「蝶」が向かった一人であることが分かった。
「おい、そこで寝ると風邪をひくぞ」
リックスが呆れ半分に声を掛ける。
すると眠っていた人物はその声で目を覚ますと、ぐっと腕を伸ばし、ふわぁっと欠伸をした。そして、帽子を外すと眠そうな表情で言った。
「大丈夫。俺、体は丈夫だから」
「そうか。だが、折角だからそのまま起きたらどうだ。温かいお茶でもご馳走する」
ベンチで寝ていた人物は、横になったまま「なんで?」と訝しげに問うた。
「普通、初対面の人間に、話をしようなんて言わないでしょう。あんた達、一体誰?」
「じゃあ、質問を変える。君は、グイファス・ライファを知っているか?」
リックスの問いに彼は器用に寝返りを打ち、背を向けて答えた。
「知らないけど? その人誰なの?」
「祖国を助けたいと、我々を頼って来た。しかし手助けするには、《《ある人の書状がいる》》。それを持っているのが、『ゼン・シュヴァルツ』という人物だと言われて、探していた」
「……」
「違うというならいい。休んでいるところを邪魔して悪かったな」
そう言って、リックスが背を向けたときだった。彼はさっと起き上がって言った。
「その話、詳しく聞かせてよ」
リックスたちは、近くの喫茶店に寄ると、そこでも個室を頼んだ。
ただ、この店は軍人が利用するところでもないので、個室に入ったあとすぐに、クディルは部屋の壁に手を当てて、さりげなくまじないを施す。
「注文はどうする?」
クディルは何事もなかったかのように、先に席に座った二人を振り返って聞いた。
「俺は少し甘いものでも食べようかな。カスタラーヌ(ミルフィーユのようなもの)と紅茶を頼む」
クディルはリックスからゼンへ視線を動かす。
「君は?」
するとゼンはむすっとした表情で「俺は金がないからいい」と言う。
「お金ならリックスが払うから気にしなくていいよ」
クディルがそういうので、ゼンは訝しそうに目の前に座るリックスを見た。
「好きなものを頼んだらいい」
リックスは余裕の様子で、ゼンにメニュー表を手渡す。
「あ、ああ……」
ゼンは戸惑いながらもメニュー表を受け取って見てみたが、どれを頼んで良いのやら分からない。ドアの前で立っているクディルにも申し訳なさを感じ、ゼンは「あんたと同じでいい」とリックスに言った。
「だそうだ」
「分かった」
クディルはそう答えると、店員にそれを伝えに行くとすぐに戻って来た。




