第81話 蝶
クディルは背広のポケットから二つ折りにされた一枚の薄い紙を取り出すと、広げて短剣を磨くようにこすりつける。短剣全体にそれを行うと、今度はその紙を左手の親指と人差し指で作った輪っかのなかに入れた。
クディルは袋のような形になった紙の入り口部分に口を付け、ふうっと息を吹き込む。すると紙がほんのりと緑色の光を放った。
「『触れた者の居場所を探せ』」
すると紙はゆっくりと蝶の形に変わり、パタパタと羽を動かして部屋を出て行く。蝶はこのままいくつかに分離し、グイファスに剣を渡した「ゼン」のところへ辿り付くはずである。
「見つかると思うか?」
リックスの問いに、クディルはコップに入った水を飲みつつ「どうだろう」と答える。
「ゼンという人があまりその剣に触れていなかったら、この方法では見つけらないかもしれない。あと、言っておくけど、これは触れた人たち全員に行くから、グイファスや他に触った人がいたら蝶は行くよ。それは分かっているよね?」
リックスは頷く。
「ああ。だけど、相手にはそれは分からないんだろう?」
「それは大丈夫。まじないを使ったことを悟られることもない。その代わり、僕らも蝶が行った先に誰がいるかは分からないってこと」
「相手に知られるリスクを考えたら、このやり方の方がいいだろうな。俺たちも蝶を追うまでは誰に向かったかは分からないが、相手にもこちらのことを知られることもない」
「それならいいんだけど」
するとそのとき、部屋の扉を叩く音がした。
「失礼します。料理をお持ちしました。入っても宜しいですか」
「どうそ」
入って来たのは男性のウエイトレスだった。彼は丁寧な仕草で料理を置いていく。リックスが頼んだのは、「ボルフォランテ」というもの。茹でたパヌール(太いパスタのようなもの)の上に、羊のひき肉と細かくした2種類の野菜を焦げる寸前まで炒められたソースがかかっている。それに熱々のスープ「オニョナ」(トマトのような赤い野菜のスープ)が付いて来た。
一方でクディルが頼んだのは「ポートレイル」。こちらは蒸かしたシッヒ(細長いコメのこと)の上に、1cm角に切った様々な野菜と数枚の豚肉を被せ、その上にチーズを被せて焼いたもの。こちらにも温かいスープが付いてきていたが「オニョナ」よりもさっぱりとした「ハリーブ」である。こちらは爽快な香りのする香辛料が入ったもので、味の濃い「ポートレイル」を上手く中和してくれる。
「じゃあ、いただこうか」
「うん」
二人はそれぞれ頼んだものを食べ、他愛もない会話をし、久しぶりの再会を楽しんだ。
蝶の行方は、二つの方法で知ることができる。一つはクディル自身の「術追い」によるもの。もう一つは、彼が持っているまじないがかかった地図である。
「術追い」で把握できるのは、近い範囲のもので、距離で言うと半径10キロ程度だろうか。状況によって範囲が広がることもあるが、大抵はこれくらいである。そのため、それ以外の場所にいる人物たちは、地図を使って探す。
地図は大体ランチョンマットくらいの大きさで、そこには東のジルコ王国、西のサーガス王国、南の遊牧民族の土地が描かれており、蝶の行く先が光で示されるようになっている。
「術の方はどうなった?」
リックスはナプキンで口を拭きながら、クディルに問うた。
「そうだね……」
そう言って、クディルは天井下の空間に視線をやる。
「結構な数に分裂したみたいだね」
「全部でいくつだ?」
クディルは食器をテーブルの隅に追いやって、地図を広げて緑色に光る点を数えた。
「十一だね」
「十一……。どこに行ったか分かるのは?」
「んー……八匹だね。そのうちの七匹は、全部軍事警察署の方へ向かった」
「それはグイファスたちだな。メレンケリも触ったと言っていたし、彼の荷物を暴いた課の人間も触っている。人数として大体あっているな。あとの一匹は?」
「多分この近く。それ以外の三匹は全部サーガス王国の方へ向かった。多分それは追わなくていい」
「よし、分かった」
リックスは立ち上がると、クディルに言った。
「その残りが、『ゼン・シュヴァルツ』の元へ行ったはずだ。行くぞ」
クディルは頷くと、地図をしまってリックスに続いて個室を出るのだった。




