第80話 短剣
「珍しい出で立ちだね」
リックスは店の奥に歩いてくるクディルを見て、率直な感想を述べた。
いつもなら布をつぎはぎしたゴワゴワする服を着てくるのだが、今日はスーツの上にコートを羽織っているようだった。さらに髪もきちんとまとまっている。
「だって、街歩きをするって父さんから聞いたから。リックスがフォーマルな恰好をしているのに、まさか僕だけあんな恰好できないでしょう。悪目立ちしないようにきちんとしただけだよ」
リックスはちらりと置時計の方を見た。そこには振り子が見えるガラスに、自分の姿が映っている。
ちょっと仕立てのいい紺色のコートに、ストライプが入った黒のスーツ。知り合いに見つからないように眼鏡と、スーツと同じ色の中折れハットを被っている自分がいる。確かにこの格好の隣に、いつものクディルが立ったら目立ってしまうのは否めない。
「そうだね」
「でしょう?」
苦笑するクディルをリックスは一応褒める。
「まぁ、でも似合ってる」
「ありがとう。リックスも格好いいよ」
「どうも」
クディルとリックスがお互いの恰好を褒め合っているのを見て、店主は少し訝しそうな顔をする。
「二人して珍しくそんな恰好をして、これからパーティにでも行くのか?」
すると、クディルが答える。
「違うよ、父さん」
「少し街に出ようと思いまして」
「ふーん……?」
「とりあえず、行こうか」
「ああ。――じゃあ、おじさんまた。お茶おいしかったです」
「うん。またいつでも来たらいいよ」
「はい」
店主に見送られ、二人は時計屋を後にした。
時計屋を出てから、二人は近くの料理屋に入ることにした。ここはジルコ王国の伝統料理を出しているお店で、よく軍人たちも利用するので勝手は分かる。それにちょうど昼時から少し遅い時間なので、人も少なそうだ。
「いらっしゃいませ」
店の扉が開くと、数人の店員がリックスたちを向いて挨拶をする。すると、それにつられて出入り口を見た女性客が、小さく黄色い声を出したかと思うと、こそこそと声を潜めてリックスとクディルを交互に見やった。
それもそのはずで、リックスもクディルもきちんとした服に身を包むとそれなりに見栄えのする青年になる。リックスは軍服を着るとまるで獲物を狩る動物のような鋭い目をしているが、こうやって街中に溶け込むときはそんな顔は一切しない。そのため、端整な顔立ちに爽やかさのあるクールな表情は、女性たちの目をくぎ付けにする。
一方で、クディルは外向きの服に身を包むと、端然とした姿勢で歩くのでそれだけで格好良く見えるし、顔立ちは優美な上に穏やかな表情を浮かべているので、それに見とれる女性も多いのだ。
「すまないが、個室を頼めるだろうか」
そのため、リックスが個室を頼んだときも、店員は女性らの視線から逃れたいのだと推測し、「かしこまりました」とすぐに承知してくれた。
彼らとしては軍も認めていない極秘の任務を誰かに聞かれないようにするためだったが、思いがけず二人の容姿が役に立ったのだった。
だが、リックスもクディルもはそういうことに一切頓着しない性格なので、周囲の女性の様子には無反応である。
「さて、どうやって探す?」
個室に入って料理の注文をすると、店員が出て行ったタイミングでリックスがクディルに尋ねた。
「もちろん、まじないを使うよ。そのために呼んだんでしょ」
「そうだけど」
「リックスは急ぎの用事を済ますとき、決まって僕を呼ぶからね」
するとリックスはばつの悪そうな顔をする。
「……悪かったな」
「いいよ。コソコソ危ないことしてないか心配するより、巻き込まれた方がマシだから」
「何だそれ」
「心配してんの。そういえば、僕が用意して欲しいものは借りられた?」
「ああ」
リックスはスーツの内ポケットから、布に包まれたものをテーブルに出した。
「グイファスに頼んで、『ゼン・シュヴァルツ』が触れたことがあるものを貸してもらったよ」
布を開くと、そこには蔦のような模様に、少しばかり宝石が装飾された短剣が出てきた。
「護衛用にそいつから持たされたものらしい」
「ふーん」
「俺が思うに、グイファスよりもこっちの方が厄介なような気がする」
短剣を眺めていたクディルは、視線をリックスに向けた。
「そうなの?」
「そんな気がするってだけだけど」
リックスは椅子の背に体を預け、腕を組んで言った。
「でも、そいつが嘆願書を持っているっていうんだから、どちらにせよ見つけ出さないといけない」
「そうだね」
「……」
「それじゃあ、やるけどいい?」
「ああ、頼む」




