第77話 中将、頷く
「アージェの力が通用するという確証は?」
これに対し、答えたのはマルスだった。
「まじない師から得ています」
「まじない師?」
「メレンケリの力を封じている、手袋を作っている人です」
「ならばその人に頼んで大蛇を何とかしてもらえばよかろう」
アッサムのもっともな意見に、マルスは首を横に振った。
「そうできれば良かったのですが……。まじない師でもどうにもできない状況なのです」
「アージェの力を封じることができる者がどうにもできない、というのであれば、彼女が行ったところで何にもならないのではないか?」
「いいえ」
アッサムの疑問に答えたのは、これまでずっと沈黙していたメレンケリだった。
「私のこの力と大蛇には、因果があります」
「因果?」
「私の右手の力が生まれたのは、大蛇が関係しているということです」
するとアッサムはリックスを見た。
「聞いていないが?」
問われた方は、軽く返答する。
「メレンケリの家系のことです。彼女の許可も得ず、勝手に話すわけにはいきません」
「それはそうかもしれんが、聞かないわけにはいかないだろう」
「目の前にいるんですから、本人に聞いてください」
そう言われ、アッサムは少し面倒そうにメレンケリに尋ねた。
「聞いても良いか?」
メレンケリは頷くと、フェルミアから聞いた昔話を掻い摘みながら。
サーガス王国にあった「大地の力」から邪悪なものが生まれ、メデューサに憑りついたこと。見たものを石にしてしまう力をその身に宿したメデューサを助けるために、呪術師たちの協力を得ながら、曽祖父のラクト・アージェが自身の右手にその力を移したこと。それにより、触れた物を石にする力が代々引き継がれ、メレンケリに至ること。
その一方で、邪悪な力はサーガス王国で着実に力を蓄え、大蛇となって復活したため、グイファスは「封印の石」を探していたが、メレンケリが大蛇を石にすることが根本的解決になる、ということを語った。
「信じられないような話だな」
「無理もありません。ジルコ王国に呪術師のような人たちが表立って活動していたら違ったのですが、私たちの歴史にはそういう不思議な力を操れる人たちがいませんでしたから」
「だが、アージェの右手の力を見る限り、嘘ではないことは分かる。しかし……」
「何でしょう?」
「大蛇をアージェの力で倒したとして、その力はどうなる?」
メレンケリはアッサムの表情を伺いながら、正直に尋ねた。
「消える、と言われています」
「それはまずくはありませんか?」
彼女の答えに口を挟んだのはセシルだった。
「我が国は彼女の力、アージェ家の力によって支えられているところがあります。これから先、サーガス王国からの侵入者が入ってきたら、どうやって処分するんです?」
その問いに、アッサムは低い声で彼の名を呼んだ。
「アイナン少佐」
びくりとするセシル。
「……はい」
「口を慎め」
「しかし……」
「お前の気持ちは分かる。だが、今はやめろ」
アッサムに言われ、セシルは渋々と諦めた。
「分かりました。すみません」
「すまない。話を続けよう。アージェ」
「はい」
「君は、何のために大蛇と戦う?」
メレンケリは中将の問いがよく分からず、小さく首を傾げた。
「ああ、いや……無粋な質問かもしれないが、その力を無くしてもいいのだろうか、と思っていてな。アージェ家の力は、代々軍事警察署にとって重要なもの。重宝もされている。それ故に、危険を冒して大蛇と戦い、力を無くしてここにいる意味がなくなっても良いのかと思ってな」
アッサムの問いに、メレンケリは彼の瞳をじっと見つめ、ゆっくりと頷いた。
「はい」
揺るぎない意志を秘めた目だった。
アッサムは彼女のその瞳から、色々な想いを読み取り「そうか」と一言呟いた。
「私には力を持つ者の苦労は分からん。だが、推察することはできる」
「中将?」
セシルが不安そうに尋ねると、彼は少佐に命令した。
「サーガス王国に協力する」
「え⁉」
「本当ですか⁉」
セシルの驚嘆とマルスの嬉々とした声が重なり合う。
「正気ですか、中将! サーガス王国に手を貸したら、アージェの力を失うかもしれないんですよ!」
「サーガス王国との交流が回復すれば、それも必要なくなるだろう。そうしたら、国境の番人も不要になる」
「待ってください! あちらの国が嘘をついているかもしれませんよ⁉」
するとアッサムは不敵な笑みを浮かべて、グイファスの方を見る。セシルもつられてそちらを見ると、彼は得意げな表情を浮かべていた。
「分かっているさ。だが、嘘かどうかは、彼が証明してくれるだろう」
グイファスは左胸の前に手を当てて、頭を下げた。
「お任せください」




