第76話 説得
「国境の番人を無くす……?」
セシルは驚いた様子で、リックスの言葉を繰り返す。当然、驚いているのは彼だけではなかった。
「正気か、少将?」
アッサムが神妙な面持ちで尋ねるが、問われた方は平然としていた。
「もちろんです」
「しかし何故急に……」
「急ではありません。国境の番人に着任したときからずっと思っていました」
リックス・レイダルが、国境の番人の任に就いて10年。彼が国境の番人になってからというもの、警備が強化され、無駄な争いが少なくなったと言われている。それが評価され、彼は今の地位に至る。
そのため、リックスが国境の番人を無くしたいと考えているなど、誰も想像もしていないことだった。
「どういうことだ?」
「どうもこうも、私は戦いを好みません」
「何故、嘘を吐くのです」
怒ったような口調で言ったのは、セシルだった。
「あなたは軍事警察署の中でも指折りの剣士であるはずです。それが戦いを好まないとはおかしな話ではありませんか? そもそも戦いたくなければ、軍人にだってなろうとは思わないでしょうに」
するとリックスは冷ややかな視線を彼に向けて答えた。
「剣技を磨いたのは、無駄な争いを避けるため。こちらが相手よりも格上ならば、相手は戦う気が失せるから。軍人になったのも、できるだけ人を生かす戦いをするためだ」
「……」
「それに戦いたくなくとも家を追い出されて、仕方なくここに飛び込む奴もいる」
そう言って、リックスはリセムスを見る。
「私のことはいいんですよ」
むすっとして返事をした彼を見て、リックスはようやく表情を緩め、ふっと笑う。
「つまり、私がグイファス・ライファに手を貸そうとしているのは、自分の利益にもなるから、ということです」
そう言ってアッサムを見ると、彼は「そうだな」と言った。
「少将の話は筋は通っている。内容にケチをつける気もない」
「中将!」
声を荒げたセシルに、アッサムは「落ち着け」と言う。
「少佐の気持ちも勿論分かる。この国の歴史を見れば国境の番人がいかに必要か。国民にはその不安があるから、我々に国境を守って欲しいと思っているのだ。だが、私も前線に赴いて考えたことがある。この戦いがなくなる日は来ないのか、と」
「中将……」
アッサムはセシルに柔らかな笑みを浮かべたあと、引き締めた表情でリックスを見た。
「協力してやってもいい。だが、私よりも上を納得させるのは難しいことだぞ。両国の歴史を考えてみても、簡単に頷くことはないだろう。その上、サーガス王国に協力するならますます難しくなる。私が上に話を通すというのなら、それ相応の武器を授けてもらわねばな」
「それについてですが——」
リセムスが手を挙げて発言をする。
「大蛇については、サーガス王国だけの問題ではないことが挙げられます」
するとセシルが苛立ちながらも、直属の部下のほうへ顔を向ける。
「どういうことです?」
「我々には国境がありますが、サーガス王国を脅かしている大蛇にはそれがありません。もし、サーガス王国を滅ぼすようになったら、次に我が国が襲われないとも限らないのです」
それに対し、セシルは鼻で笑う。
「だとしたら、尚更。サーガス王国では何とか対処しなければならないのではありませんか」
セシルはグイファスをちらりと見て、冷たく言い放つ。すると、自然と皆の視線がグイファスに集まった。
「ごもっともなご意見です」
彼はジルコ王国の軍人の意見に頷いた。
「本当はそうすべきであること、重々承知しております」
「でしたら、我々が手助けする必要などないでしょうに」
「そうは仰いますが、残念ながらその大蛇は、剣や弓矢でどうこうできるものではないのです」
「それはリセムスから話を聞きました。ですが、だからと言って我が国に侵入し、貴族の邸宅に忍び入って、その……『封印の石』でしたっけ? それを盗もうという考えはいかがなものかと思いますが」
「仰る通りです。ですがわが国には、目に見えぬ力に対して対抗できる者がおらぬのです」
グイファスの言葉に、アッサムはメレンケリへ視線を向けた。
「だから、アージェの力が必要だと?」
「そうです」




