第70話 運命に選ばれた子
「最近、大蛇を何とかするためにサーガス王国の国王付き騎士が、ジルコ王国に派遣されたんです。その名が、グイファス・ライファです」
ガイスは眉をしかめた。突然異国の男の名前を出され、話の行く先が分からなくなったのだ。だがその名はどこかで聞いたことがあり、妙な気分だった。
「グイファス……?」
「ご存知ですか?」
クディルに聞かれて、ガイスは頭をひねった。
(どこで聞いたのだろうか……)
そう思ったとき、ふと軍事警察署のリッチャー大佐が家に訪ねて来たときのことを思い出した。
(確かリッチャーは、メレンケリにグイファスの監視を命令していたのではなかったか——……?)
「確かメレンケリが、監視していたはずの男の名ではなかっただろうかと……定かではないが」
「ええ、そうです」
はっきり頷くクディルに、ガイスは苦笑を浮かべた。
「……軍事的な秘密だが、君はいつもどこでそんな情報を仕入れて来るのか」
「それはまじない師の特権です」
不思議な力を持つ彼らにとって、秘密の情報を仕入れることは容易なこと、ということなのだろう。
ガイスはまるで負けを認めるように、肩を竦めた。
「しかし、そのグイファスと今回の件がどう繋がっているというのか。私にはいまいち掴めないのだが」
「いえ、繋がりはあります。グイファス・ライファはサーガス王国から正式に任命された騎士であり、大蛇を封印するための石を手に入れるためにジルコ王国に忍び込んでいました」
「君もそうだが、グイファスと言う男も大概だな。『国境の番人』がいるだろうに」
「ああ……彼が国境を越えられたのは、私のせいもあると思います。私が出入りしていたところから、ジルコ王国へ渡ったようですから」
「……君には驚かされることばかりだ」
ガイスが大きくため息を吐くのも気にせず、クディルは話を続けた。
「しかしどう考えても運命のように感じませんか。石にする力を持ったメレンケリさんと、それを求めていたグイファス」
「娘の力を大蛇退治に使うということか。私は賛成しかねるが——」
「大蛇を倒せば右手の力も消える可能性があると言っても、ですか?」
その言葉を聞いた瞬間、ガイスは信じられないと言った様子で目を丸くした。
「右手の力が消える、だと……⁉」
クディルは頷いた。
「はい」
「……」
「私と母は、サーガス王国の現状を知ってからずっと準備をしていました。大蛇が何なのか、右手の力との関係を調べていましたから。そしてようやくその時が来たのです。私たちが用意した剣を振るえる騎士と、メレンケリさんが出会った時点で、もうこれは運命だと思いました」
「……」
ガイスは目を細め、それから目頭を指で押さえた。
「だが、危険も伴うだろう?」
クディルは頷く。
「それは勿論。大蛇と戦うことは危険なことでしょう」
ガイスは俯き、ぽつりと呟く。
「あの子は戦うことを選ぶだろうか……」
危険なことには巻き込みたくない、という親心はある。
しかし、そこに行くことで右手の力と決別することが出来るなら、その選択をして欲しい気持ちもガイスにはあった。
「きっと戦うと言ってくれると、私は思っています」
堂々と言ってのけるクディルに、ガイスは「ははっ」と笑った。帰ってきたら娘は何というだろうか。ガイスは、今から不思議な気持ちだった。
「では、私はこれで帰ります」
クディルはガイスにフェルミアとの話を全て言い終わると、荷物を持って立ち上がった。
「もう行くのか?」
「はい。街に住んでいる父のところにも行きたいですし」
クディルは猫背のままにこっと笑った。
「そうか。君の父は時計屋だったね」
「はい」
ガイスも立ち上がると、クディルを玄関先まで送る。その間にリフィルがクディルに会い、軽く会釈をしていた。クディルも律儀に止まって軽く挨拶をして玄関先に立った。
「それにしても、クディルも立派な青年になったものだ。もうまじない師の跡取りとして、充分にやっていけそうだな」
「そうだと良いのですが。私はこの仕事がとても好きですが、正直まじない師としては家業が成り立たないと思い始めています」
「『大地の神』の加護問題か?」
ガイスに問われ、クディルはこくりと頷いた。
「はい。なので、生活のことを考えたら、父の仕事の後を継いだほうがいいかなとも思っています」
「……そうなのか」
「ええ。それに大蛇がいなくなって、メレンケリさんの右手の力がなくなったら、私たちも用済みでしょう」
寂しそうに笑うクディルに、ガイスは彼の肩に手を置いて首を横に振った。
「用済みなんてことはない。これから先も私は君たちと関わっていきたいと思っているよ」
その真剣なまなざしに、クディルは微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます」
そうして若者は去っていった。
運命が変わろうとしている。それは様々な人との関係も変わっていってしまうことなのだろうか。ガイスはクディルが見えなくなるまでずっと玄関に立っていた。冷たい風が、彼の傍を離れがたいかのように、暫く吹いていた。




