第7話 砕かれる石
「……仕事ですから。指示された通りにしないといけません。だから気にしているとか、気にしていないとか、そういうことじゃないんです」
「君の言っていることは勿論正論だよ。反論する余地がない」
「でしたら――」
「だけど、やっぱり心配になるんだ。ここは男が働く社会だ。君のような可憐な女性がくるような場所じゃない」
彼の言葉にメレンケリは顔をしかめた。
「可憐だなんて、思ってもないこと言わないでください」
「本当のことなのに」
彼女は自身が「可憐」とは程遠い生活をしているせいか、他人に言われて「そうですか」とはなかなか受け入れられない。しかもこんな風にメレンケリを女性扱いしてくれるのは、マルスくらいなもので、尚更素直には受け入れられなかった。
「とにかく、心配なさらなくても私は大丈夫です。何かあれば、この手で――」
メレンケリは、手袋がかかっている右手をそっと挙げて見せる。
「石にしますから」
マルスは心配そうな顔をしていたが、やがて肩をすくめて笑った。
「全く。大したやつだよ、君は」
「……」
「でも、自分だけで背負いすぎるなよ。いつでも、愚痴なりなんなり聞いてやるからな」
その言葉にメレンケリは小さく笑みを浮かべるとお礼を言った。
「……はい。ありがとうございます」
彼女の笑みを見て安心したのか、マルスは「じゃあ、仕事場に戻るから。気を付けて帰れよ」と言うと、事務所の方へ戻って行くのだった。
「ふう……」
マルスの姿が見えなくなると、自分も軍事警察署の外に出てからため息を吐いた。心配をかけないようにと気丈に振舞ったが、本当はマルスが心配した通り、グイファスが言ったことを気にしていた。
――難儀な力だな。
彼女はその言葉が引っかかっていた。何故彼はそんなことを言ったのだろう。それはまるでこの力を持ったメレンケリを気遣っているような言葉ではないか。
「なぜ……」
メレンケリがそう呟いて、軍事警察署の建物の外に出たときだった。
軍事警察署のすぐ隣にある高い壁の向こうから、突然何かを壊す激しい音が聞こえてきた。「ガシャーン」とも「ドーン」ともいえる、耳障りなものだ。その音の正体は石を砕く音で、何度もハンマーで叩く音が続く。
「……」
メレンケリは、目を細めて壁を見つめた。もちろん壁に阻まれ何も見えないが、彼女にはその向こうで自分が石にした男たちが壊されていることが分かっていた。
(また、ひとつの命が消えた……)
そもそも石になったら元には戻せないが、それを砕いたらその人の存在は跡形も消え去る。周りにある石ころと同じになってしまうのだ。
「……」
メレンケリは軽く自分の下唇を噛んだ。
自分はジルコ王国の為に存在する。だから必要となれば、迷いなく人を石にする。躊躇わない。
だが、石を砕く音に紛れて聞こえてくる気がするのだ。
――やめてくれ! 砕かないでくれ!
メレンケリは自分が石になったことがないので、彼らが石になった後、意識があるのかどうなのか分からない。だが、「もしかしたら……」と想像してしまうのだ。石にしたあの人たちには意識があって、砕かれる瞬間が分かっていて。そのときの痛みとは、どんなものなのだろうかと、どうにもならないことを考えてしまう。
しかし、考えれば考えるほど自分が辛くなっていくだけである。メレンケリは首を何度か振ってその考えに引っ張られないようにする。
もう、考えるのはやめる。やめる。やめる――……。
(帰ろう……)
メレンケリは首に巻いたスカーフを、耳も隠れるように巻き付け、足早に家に帰るのだった。




