第68話 放って置くことはできない
「……それは本当なのか?」
クディルは猫背になってもたげた首を、こくりと縦に振った。
「はい。私が実際に目にしてきました。我が家に、メデューサさんの姿はスケッチとして残っていたので助かりました。当時の呪術師たちが、情報共有の為に描いていたようで、普通の姿のときと邪悪なものに憑りつかれていたときの両方がスケッチとして残されていたお陰ですね」
さらりと言ってのける青年に、ガイスは驚きを隠せなかった。
祖母の姿を確認したというのもそうだが、そうなると彼は国交が冷えたサーガス王国に行ったということだろう。
「実際に見て来たというのは、まさか……国境を越えたのか?」
「はい」
「あそこには『国境の番人』がいるだろうに、それをかいくぐって行ったというのか?」
信じられない、と言った様子で尋ねるガイスに、クディルは平気そうに答えた。
「まじない師の力をもってすれば、彼らを欺くことは容易いです」
「危ないことを……」
するとクディルは、苦笑する。
「私たちにとってそれは大蛇に対面するよりも、恐ろしくはありませんよ。ジルコ王国の軍の人たちは私たちのような存在を知りませんから、警戒もされませんしね」
クディルはお茶をすすりながらそう呟いた。
「そうは言うが……万一捕まったりなどしたら娘が困ることになる。何せ、異能を封じ込めるには、君の力が必要なのだから」
「母がいますよ」
それに対し、ガイスはため息を吐いた。
「その後のことを言っているのだ。とにかく……危険なことはしないで欲しい」
「しかしこれは、メレンケリさんにも関わる問題なのです」
ガイスは眉を寄せる。
「どういうことだ?」
「順を追って説明します」
「分かった。頼む」
「サーガス王国の異変には、母がいち早く気づいていました。昨年のことです。『不穏な力を感じる』と。それで私は偵察に向かい、大蛇を見つけたわけですが、メデューサさんの姿をしているということが分かったわけです」
「そうだった……」
ガイスは額に手を当てる。クディルが国境を越えたことも大問題だが、サーガス王国で暴れている蛇がよりによって祖母の姿とっているというのも聞き捨てならない問題だ。彼は嘆息する。
「それで、その大蛇の姿を見て、君の母上は何と?」
「メデューサさんの姿をしているというのも問題でしょうけれど、それがサーガス王国の人々に恐怖を与えています。呪術師の末裔として、放って置くわけにはいかないと思いました」
「しかし、それならば何故サーガス王国の呪術師は黙っている? 何とか出来るのではないか?」
「いいえ……。かの国では、呪術師を追いやってしまいました。ガイスさんもご存知かと思いますが、上に立つ者が変わったことによる影響が大きかった。また、その時代に戦争があったせいもあります。サーガス王国が今の形になるまでは、暫く内紛が絶えませんでしたから」
「……」
「戦いのために森の木々が倒されたことにより、自然の秩序が乱れました。また、私たち呪術師を戦闘員にするということもあったようです。しかし呪術師たちは、戦いで自らの力を使うことはしません。それを行うと『大地の神』の加護を失うことになることを知っていますから。力は、良きことへ力を与えることで強くなりますが、悪しきことに使うと自らを滅ぼしかねません。それを私たちは知っているので、戦いで使うことを拒んできましたし、森や山の木々を切り倒すことにも抗議して来ました。それが結局、サーガス王国に呪術師がいないという原因になったのですが」
「そうか……。だから今のサーガス王国には呪術師がいないということか」
「はい」
「他の国に行った呪術師が、サーガス王国に戻ることは?」
「どうでしょう……。ただ、あまり期待しない方が良いと母は言います」
「そうか」
「しかし、このまま大蛇を放って置くわけにもいきません。少なくともサーガス王国で力を蓄えた大蛇は、いずれジルコ王国や近隣諸国に影響を及ぼすことでしょう」
「……それは何故?」
「母が言うには、大蛇はずっと力を求めているとのこと。それも、人から得るというので、これから先どれほどの犠牲が出るか分かりません」
「大蛇を倒す手立てはあるのか? サーガス王国では今どうなっている」
「サーガス王国でもいくつかの方法を試みたようですが、どれも失敗に終わっていることが分かっています。それもそのはずで戦おうにも剣も矢も効かないのです」
「物理的な攻撃が効かないのか。厄介な相手だな」
「そのため、私と母は密かにそれに対抗する武器を用意しました」
「武器?」
「ええ。それは私の家に伝わる剣で呪術がかけてあり、邪悪なものの塊である大蛇でも有効です。そしてそれを元に、大蛇に対抗できるようまじないを強めました。ただし、それだけでは大蛇には勝てません」




