第66話 フェルミアとの別れ
話を終えたころ、雨はすっかり止んでいた。ただ空はどんよりと薄暗い。まだ雲がかかっているのだ。
「雨、上がったようだね」
「はい」
メレンケリは、フェルミアに情報提供の報酬としてお金を渡そうとすると、彼女はそれを拒否した。何故かと問うと、彼女はこう答えた。
「私たちはアージェ家に生かされている。だから、メレンケリからはお金はもらえない」
ただ、グイファスからは封印の石の情報量と「まじない師の剣」の手付金として合わせて二万ギルを徴収し、マルスからも同じように手付金として三万ギルを貰っていた。
しかしグイファスはジルコ王国のお金を持ち合わせていないので、メレンケリからお金を借りた。本当は女性からお金を借りるなど己の矜持が許さなかったのだが、マルスも持っていた有り金を全てフェルミアに渡してしまい、借りることができなかったのだ。それで仕方なく、グイファスはメレンケリに金を借りることになった。
グイファスはそのことを気にしており、玄関先でフェルミアと別れようとしていた時もメレンケリに謝っていた。
「メレンケリ、お金のことだが本当にすまない……」
肩を落とすグイファスに、メレンケリは笑って答えた。
「いいのよ。気にしないで」
「このお金は倍にしてきちんと返すよ」
「そんなことしなくていいの。この額を返してもらえば大丈夫だから」
すると腕組みをしていたフェルミアが玄関の戸口に体を預け、笑いながら口を挟んだ。
「いやいや、倍にして返してもらったらいいじゃないか」
メレンケリはフェルミアの提案に、顔の前で手を振った。
「そんなとんでもない!」
「どうして。今からサーガス王国に行って、蛇退治に駆り出されるんだよ」
「蛇退治って……」
マルスがフェルミアの口から出てきた言葉の軽さに驚きながら、ポツリとオウム返しをする。
「でもそれは私の為でもありますから」
するとフェルミアはメレンケリに近づき、ぎゅっとその細い体を抱きしめた。
「フェ、フェルさん……?」
メレンケリは驚いて固まった。
(人に抱きしめてもらうなんて、いつ以来だろう……)
自分の手にその力が宿ってから、父は自分の二の舞を演じないよう、メレンケリの周辺は徹底的に防衛線を張っていた。そのため、幼い頃父や母が自分をあやす為に抱きしめてから、誰かが自分を抱きしめてくれたことはなかった。
(温かい……)
メレンケリは青みがかった灰色の瞳に、涙を浮かべた。
「メレンケリ」
「はい」
耳元でフェルミアが囁く。
「私は軽々しく、大蛇を石にすればお前の力は消えると言った。だが、そんな簡単なものではない。マルスが言うように危険も伴うだろう」
メレンケリは頷いた。
「決して無理はするな。分かったな?」
「はい」
メレンケリはフェルミアにしがみつくように、少し力を入れて抱きしめ返した。そしてその温もりを十分に感じると、ゆっくりと体を離す。メレンケリの目は、少し赤くなっていた。
フェルミアはそんなメレンケリを母のような優しい瞳で見て、それからグイファスとマルスには軽く腕を叩いて「頑張れ」と激励を送った。
「気を付けてお帰り」
ここへ来るときに来た方には軍事警察署の人間がいるからと、フェルミアはこの山を下りる別の道を教えてくれた。
フェルミアは最初の印象とは打って変わって、とてもいい人だった。何だかんだ言いつつも、メレンケリをはじめグイファスにもマルスにも力を貸してくれた。
メレンケリはフェルミアに別れを告げると空を仰ぎ、歩き始める。
灰色の雲が、空いっぱいに広がっていた。だが、この空もいつかは晴れ間が差すように、メレンケリが進む道にもきっと晴れ間が差し込むときが来る。彼女はそう思うようになっていた。




