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第54話 邪悪な心

「さて、前置きはこれくらいして、私もあんたたちの質問に答えてやろう。まずは、封印の石についてだが――」


 グイファスはじっと彼女の声に耳を傾ける。ほんの一瞬静かになったとき、メレンケリの耳に雨音が聞こえた。窓の方を見ると、ここへ来た時よりもずっと雨脚が強くなっていた。


「それは私の手元にはないし、もう作ることができないものだ」


 メレンケリはフェルミアの言葉に、グイファスを振り向くと、彼の眉間にはしわが寄っていた。


「それはどういう意味ですか」


「どうもこうも、そのままの意味だ。封印の石は私の二代前までは作ることができたんだがね。呪術師が次第に必要とされなくなってくると同時に、封印の石を作る力も失せている」


「呪術師が必要とされていないですって? 今、まさに我が国はあなた方が必要だと言うのにですか?」


 先ほどまで冷静であったグイファスの声に、怒りのようなものを感じる。いや、どちらかと言うと、悔しい気持ちの方が強いのかもしれない。メレンケリは彼の様子を見ていてそう思った。


「そうだ。サーガス王国は、戦争を重ねるにつれて私たちのような、自然を愛するような存在を排除していったからね」


「……」


 唇をかみしめるグイファスに代わり、メレンケリはフェルミアに質問をした。


「あの、フェルさん」

「何だい?」

「私は、フェルさんのような呪術師がどういう存在なのかよく分かっていないのですが……、自然を愛する存在とはどういうことですか?」


 するとフェルミアはすっと目を細め、メレンケリの奥にある大きな窓に目を向けた。雨は窓を綺麗に洗い流すように、強く降っている。


「私は今はまじない師と名乗っているが、元々は呪術師の家系なんだよ。そして呪術師と言うのは、自然と人間が上手く共存して生きるように導く役割をしていた」


「共存……」


「そうだよ。人間は豊かな大地がなければ生きていけないし、自然も時折人の手が加えられることによって秩序を保つところがあった。だが、人間は時に、邪悪なものを自然……つまり森や山や川に持ち込むことがあるのさ」


「邪悪なものって何ですか?」


「それはね」


 フェルミアはそう言うと、瞳を閉じ自分の胸を指さした。まるで内なるものに言葉をかけるかのように。


「私たちの中にある、行き過ぎた欲望や、血にまみれた愛、相手を羨みすぎた嫉妬、正義が狂った悪、何もかも信じられなくなった裏切りや嘘、そして憎しみ。そういうものが邪悪なものだよ」


「それが、どうなるんですか?」


 フェルミアは目を細め、メレンケリの質問に答える。


「それらを持って森や山へ入ると、その邪悪なものの力が増幅するんだ。自然は人を悪い者として敵対することがなければ、良い者として味方することもないからね」


 メレンケリはフェルミアの説明に首を傾げる。


「えっと、それはつまり……」


「ちょっと分かりにくかったね。そうだな……自然には見えない力があって、我々呪術師はそれを『大地の神』と呼んでいる。『大地の神』は誰も味方にしなければ、敵にもしない。つまり、優しい心を持った者でも、どんな悪意を持った奴も受け入れるということだ。だが、それが時に恐ろしいものを生み出すことになる」


「恐ろしいもの……?」


 メレンケリは思わず自分の右手をぎゅっと握ってしまう。するとフェルミアはそっと彼女の手に触れ、ゆっくりと首を横に振った。


「つまりあんたのその力は、邪悪な力によって生みだされたものってことだ」


 メレンケリがはっとしてフェルミアを見ると、彼女は柔らかい微笑みを浮かべていた。そしてまるで母親のように、彼女をなだめるがごとく優しく言った。


「だがね、後で説明するが、その右手はあんたの祖先である勇敢な若者が、人々を助けるために自分の身にその呪いを引き受けた代償なんだ……」

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