第5話 白い右手
グイファスの取り調べは、三日間に及んだ。
体罰も与えたが、一向にグイファスは「宝石を盗もうとした」こと以外発しない。これ以上何を問うたとしても、彼の口からはそれ以外の言葉は出ないと思われた。
そして、問いただすことに疲れてきた軍人は、メレンケリの力を脅しに使うことにした。
「グイファス。真実を語らないというのなら、こちらにも手がある。お前を石にしてやる」
すると何にも心を動かさなかったグイファスが、初めて軍人の言葉に興味を示した。彼の金色の瞳に、鋭い光が宿る。
「石、ですか?」
不思議なものを見るような目で、軍人を見つめた。見つめられた方は得意気に、にやりと笑う。体罰を与えてもけろりとしている男が、急に感情を顕わにしたことに喜びを感じた。少しでも恐れてくれたなら、こっちのものだと言わんばかりに。
「ああ、そうだ」
「私を石にすると?」
「そう言っているだろ」
だが軍人の期待を裏切るように、グイファスはくすりと笑った。
「まさか。ご冗談を。軍人ともあろう方が、そんな子供だましを仰るなんて。驚きました」
軍人はグイファスの態度に苛立った。その苛立ちのままに、彼は奥の手であるメレンケリを呼んだ。
「だったら見せてやる。おいで、メレンケリ」
名を呼ばれたので、メレンケリは取り締まり室に入る。
スカートをはいた女性だったからだろうか。グイファスは物珍しいものを見るように彼女を金色の瞳で見つめた。
一方でメレンケリは、青みがかった灰色の瞳をグイファスに向ける。二人が対面している間に、軍人がどこからか赤く熟したリンゴを用意してテーブルに載せた。
「さあ、メレンケリ。このリンゴをいつものように石にしてくれ」
ここからはメレンケリがいつもしていることだ。
彼女はこくりと頷くと、手袋をはめていた右手を顕わにする。
その手はなんの変哲もない、若い娘の白い手だった。グイファスはその手に興味がそそられたのか、じぃっと見つめた。
彼女はグイファスと軍人の視線が自分の右手に注がれているのを感じながら、そっとその手でりんごに触れる。すると、触れた部分からそれは少しずつ変化していった。りんごは「パキパキ」と異様な音を立て、鮮やかな赤い色から灰色がかった色になっていく。そして全てが石になるまでには、あまり時間はかからなかった。
「真実を言わなければ、このように石にする」
軍人はりんごが完全に石になると勝ち誇ったように告げたが、グイファスは姿が変わったりんごを見つめたままだった。
「おい、聞いているのか?」
軍人がグイファスに問うと、彼はそれには答えず逆に質問をした。
「石になったりんごは、元に戻らないのか?」
「当たり前だろ」
軍人が短く答えると、グイファスは低い声で言い返した。
「すみませんが、私はあなたに聞いたのではなく、この娘に聞きました」
グイファスの金色の瞳が、メレンケリを捉える。「お前が答えろ」と目で訴えていた。
「……ええ。元には戻せないわ」
メレンケリは毅然として答えた。いつも通り、どんな相手に対してもそうしてきた。ここは軍事警察署。何かしらの容疑がかかっている者が入って来る場所。
そのためメレンケリは細心の注意を払い、しっかりとした態度で臨む。それはいつだって変わらない。
「そうか、成程……。しかし、これは難儀な力だな……」
グイファスは考え込むようにして、ぼそぼそとそう呟いた。
(なんぎ? 「難儀な力」って言った? ……それってどういうこと? どういうつもりで言っているの?)
メレンケリにとって、それは初めての出来事で感情が揺れる。彼女はそれを振り払うようにして、軍人がいつも言っているようなことを口にした。
「どうかしら。本当のことを言う気になった? 真実を言わなければ、あなたはこうなるのよ」
すると、グイファスは表情を綻ばせて彼女に言った。
「それは大変だな」
(どうしてそんな顔で言うの? この人は私の力が怖くないの?)
メレンケリは硬直してしまった。彼の言葉が、今まで出会った人たちのものとかけ離れており、どう考えてよいのか分からなかった。
だが軍人はメレンケリのその様子には気が付かず、彼女を労いつつも部屋の外の出るように促した。どうやらグイファスの反応が思ったものと違っていて不服だったようだ。
一方でメレンケリもグイファスに対し、苛立ちを感じていた。
(何なのよ……あの男……)
それは彼女にとって、とても珍しい感情だった。




