第28話 考えてはいけないこと
「辞めたいと思わないのか?」
グイファスに聞かれ、メレンケリはぐっと拳を握った。
「……思ったとしても、それは出来ないから。思わないことにしているの」
「どうして?」
「どうしてって……、私はこの仕事をしなくちゃいけないのよ」
「何故?」
さらに問われ、彼女は迷いながらも答える。
「何故って……代わりがいないから」
出した答えに、メレンケリは自分でも納得する。そうだ、この仕事は軍事警察署になくてはならないもので、それが出来るのは自分だけなのだ、と改めて思う。だからこそ、『石膏者』として働かなければならないのだ。
「以前、君の他に『石膏者』という仕事をしている人はいないと言っていたけれど、同じように力を持っていたお父さんはどうしているの? 『石膏者』として仕事をしているのでは?」
メレンケリは頷く。
「私が『石膏者』になってひと月足らずで辞めたわ」
「それはどうして? 力が消えたとか?」
「いいえ。引退の時期だからと言っていたけれど……」
「それは誰が決めたの?」
「誰が……?」
メレンケリは首をかしげる。
「軍事警察署じゃないかしら……。詳しくは分からないけれど」
彼女は曖昧に答えた。実際、父親のことはよく分からないのだ。
父と話す内容は、大抵右手の力についての指南のことがほとんどである。
そのため、父が仕事を辞めるタイミングと自分が仕事を始めた時期が重なったのは単に偶然か、そうでなければ娘が仕事に就くまで、引退する時期を先延ばしにしていたのだと勝手に思っていた。
「だから、君の代わりはいないと?」
「そうよ」
グイファスは腑に落ちない顔をしていた。
「それはおかしくないか?」
「何がおかしいの?」
「君がやりたくなかったら、君の父親が『石膏者』という仕事を続ければいいだろう」
それに対し、メレンケリは反論する。
「だって引退したのよ? 引退した人をまた働かせるの?」
「それは君の父親が、自分で仕事を辞めると選択しただけだろう。軍事警察署が『石膏者』という仕事を必要としているのならば、その能力を持っている人がいくらいても構わないはずじゃないか? それに、右手に宿る力を誇りに思っているのならば、仕事を続ける意欲だってあるはずだろう」
「……そう、かもしれないけど、でも私がやらないといけなくて――」
「どうして?」
「父が……、それを望まないから」
「父親が望む、望まないは関係ないだろう」
「関係あるわ!」
メレンケリは強い口調で言い放った。
「私と違って、この仕事に誇りを持っていた父よ! 祖父も、曾祖父もそうやって、アージェ家を繁栄させて来たから、私がここで放り出すことを望んではいない……!」
「……そう。君はいつも自分の気持ちを押し殺しているんだね」
グイファスの意見に、メレンケリは歪んだ笑みを浮かべる。
「そうよ。だってこの仕事に私の気持ちは関係ないもの。人を石にするのが嫌だからと言って、仕事を辞められる? 放棄できる? それを求めることは子供の我がままと一緒よ」
「そうだろうか」
はっきりと言い放たれる声に、彼女は眉を寄せた。
「君は、今の仕事をしなければならないと、父親に子供のころから刷り込まれているんじゃないのか。父親が何故、君に人を石にする仕事を強要しているのか。それは力を授かったのが君だから。そして、力は家の象徴。アージェという家を繁栄させてきた力だ。だから、君よりもその力を使用する方向性の方を優先させる。違うか?」
グイファスの金色の瞳が、強い光を秘めていた。その瞳はまるで何もかも見透かしているようで、彼女は思わず自分の体を抱きしめた。
心の中にある、気づいてはいけないものに気づいてしまうような、そんな恐ろしさがあった。
「父に刷り込まれている? この仕事をしなくてはいけないって……?」
メレンケリは首を強く横に振った。
「そんな、そんなわけはないわ……。だって、私が決めたんだもの。この仕事をするって決めたのは……私なのよ!」
そう口では言っているにも関わらず、頭の中で思い出される出来事はいつも父に方針を決められている自分だった。
学校に行かせず、家庭教師を付けさせたのは父。
友達を作るな、と言ったのも父。
将来の仕事は、『石膏者』になるように言ったのも父。
(あ……)
メレンケリは、リッチャー大佐との会話を思い出していた。グイファスの監視をすることを決めたのも、結局は父だった。
「……はっ、はは……」
乾いた笑いが喉の奥から漏れる。
一体自分は、自分の人生は、誰が決めてきていたんだろうか。
「そんな訳ないって……そんな訳……」
メレンケリは自分の顔を手で覆った。
「君は何かほかに、やりたいことはないのか?」
グイファスに問われて、過去に抱いた夢を思い出そうとする。だが、どんなものになりたかったのか、思い出そうとしてはシャボン玉のように膨れてはパチンっと消えてなくなる。
――己の人生を自分で決めて来なかったせいだろうか? これはその代償なのだろうか。
そのとき、ふと兄のトレイクの顔が浮かんだ。
彼は自分の道を切り開いて進んでいる。パン屋はメレンケリよりも収入は少ない、と言っていたが充実した日々を送っているようだった。お客が笑顔になる姿を想像して、生地を練って、焼き上げる。人のためになる仕事だ。
(それに比べて私は……)
親の敷いたレールに、疑問を持つこともなくここまで来た。嫌でもそれが私の人生だと思っていた。それを受け入れなければならないと思っていた。そして、それを受け入れたことが、自分自身が決めた人生だと思っていた。
メレンケリは絞り出すように呟いた。
「……辞めたいなんて……考えちゃいけなかったのよ」




