第27話 兄にこの力が備わっていたら良かったのに
「そっか……。やっぱり怖いよな」
「はい。少しだけですけど、辞めたいって思ってしまいました……」
分かってくれる人がいた。そう思った。だけど、マルスが小声で彼女に忠告する。
「だけど、僕以外の人にそのことは言ってはダメだ」
メレンケリはよく分からず、瞳を揺らした。
「どうしてですか……?」
問われ、マルスは言葉を選びながら答える。
「それは、ええと……。上手くはいえないけど……それを良く思わない人もいるだろう。『やはり女だから』と陰口を叩かれることもあるかもしれない」
「え⁉」
彼女は思わずどきりとする。
「で、でも、別に私は本気で辞めたいって思ったわけじゃなくて、ただ聞いて欲しかっただけなんです……」
「分かっているよ」
マルスは優しく微笑む。それを見てメレンケリは一時だけの安堵を得た。
「でも、女性で『石膏者』という称号を得て働いているということを、面白くないと思う奴らもいるのさ。だから、そういう連中に隙を見せてはいけないよ」
確かにそれはある、とメレンケリは頷いた。
『石膏者』は軍事警察署のなかでも特別で、メレンケリは仕事に就いたときから、マルスたちのような下士官よりも地位が上なのである。仕事の内容が特殊なので役はついていないが、准尉くらいには匹敵する。
それ故に、快く思っていないものも多少はいる。それはこの仕事に就く前に、父に散々聞かされたことでもあった。
「軍事警察署の奴らもそうだけど、君のお父さんのことも気がかりだ」
突然出てきた人物に、メレンケリは小首を傾げた。
「父、ですか?」
「うん。ガイスさんもここで働いていたっていっていただろう?」
「え? あ、はい……」
メレンケリの父も、『石膏者』としてここに送られて来た男たちを石にしていた。それは祖父も、曾祖父もして来たことだ。でも、何故そんなことを言うのだろうか。
すると、マルスが言いづらそうにしながらも、思っていることを口にしてくれた。
「もし、君の悪い噂……仕事が出来ないかもしれないとか、辞めるかもしれないということが広まったらどうする? それがガイスさんの耳に入ったら――」
メレンケリは思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。耳に入ったら、どうなるのだろうか。
「メレンケリに辛く当たるんじゃないかと……俺はそれを気にしている。あの人は世間体を気にする方だから……」
メレンケリの表情はみるみるうちに曇っていく。それに気づいて、マルスは焦りながら謝った。
「ごめん! 君のお父さんを悪く言うつもりじゃないんだよ! だけど、トレイクも言うんだ。お父さんの評価が気になるって。周りに認められないと、自分を認めてくれないって言ってた」
世間体。
その言葉がメレンケリに突き刺さる。
父は、すぐに自分を見てはくれないのだ。周りが評価してからようやく見てくれる。昨日メレンケリが初めて囚われた男を石にして周りに認められて、ようやく褒めてくれた。彼はそういう人だ。
つまりメレンケリの悪い噂が立てば、ようやく認めてくれた父も再び自分を冷たい目で見るかもしれない。そう思った。
「トレイクはさ、悪気があってメレンケリに『羨ましい悩みだ』って言ったわけじゃないよ。自分が不甲斐ないと思っているんだよ。君がどう思っていようが、彼は知らず知らずのうちに君と比べられている。だから、ついそういう言葉が出てしまったんだよ。だから、許してあげて。悪気はないんだ」
マルスは「悪気はない」「許してあげて」と繰り返した。彼は優しい。トレイクを擁護する。そしてその優しさは本当の友である証だと、メレンケリは思った。
しかし自分には、マルスのような友はいない。そもそも友達がいないのだ。何故なら、遊んでいてうっかり石にする危険性があることから、同年代の子供と遊んだことがないのだった。
(お兄ちゃんが、この力を持って生まれてくれば良かったのに……)
そう思った。
それがメレンケリの本心だった。
だが、そう思ってもメレンケリの右手の力が兄に移るわけではない。
――弱音を吐いてはいけないよ。
マルスの言葉が、メレンケリの耳の奥で響いた。それならば、何が何でも平気なふりをしていよう、と思った。
必ず命令に従い、軍事警察署の役に立とう、と。
そうすることで父に認めてもらえたし、メレンケリと比べられてしまう兄へのせめてもの償いだった。
それからマルス以外には「辛い」とか「辞めたい」とは言ったことがない。そして近頃はマルスも忙しく会えないために、あまり愚痴をこぼすことはなくなっていた。




