第23話 交換条件
「嫌なことがあったなら、素直にそう言えばいい」
メレンケリはそろそろと、グイファスの顔を見た。
「……何ですって?」
「言うだけでも、気が楽になる」
彼女はそれを鼻で笑う。
「何を頓珍漢なことを言っているのかしら? 嫌なことなんて何もないわ」
「もしかして、私を監視している任務が重荷になっているのか? それとも君の力のことで悩んでいるのか?」
的を射た問いに、メレンケリは苛立つ。
「……あなたには関係ないでしょう」
「確かに関係ないかもしれないが……だが――」
「あなた何様のつもり?」
メレンケリはグイファスの言葉に被せて言う。彼の態度がどこまでも清爽としていて、余裕を持っているところが癪に障る。
「囚われている身のくせに、私のことを心配している場合? それとも私の情に訴えかけて、楽にここから出ようと思っているのかしら。悪いけど、私はそう簡単に流されたりしないわ」
正直、これは八つ当たりだった。だが、グイファスは動じている様子はない。その上、こちらを見てくる金色の瞳には、敵意の欠片もない。それがまた気に食わない。
敵とみなされていないのか。それとも本当に心配しているというのか。どちらにせよ、メレンケリにとっては腹立たしいことである。
「そうか。だが、私もあなたの情に訴えかけようとしているわけじゃない」
「だったら? なんのつもりなの?」
嘲笑を含んだ声でそう尋ねる。
するとグイファスは言葉を選ぶように、丁寧に、そして彼女に届くようにこう言った。
「君を見ていると何だか辛そうだった。だから声を掛けたまでだ」
メレンケリは思わずはっとする。
(辛そう? 私が辛そうですって?)
「……」
「何があったか知らないが、話ぐらいは聞いてやれる。何かを変えることは出来なくても、人に話すと楽になることもあるんだ」
「……話?」
グイファスは頷く。
「もちろん、嫌なら無理にとは言わない。私に八つ当たりして済むなら、いくらでもすればいい。私は気にしない」
彼は淡々とそう言ったが、メレンケリは赤面し思わず俯く。今のやり取りが、監視役として選ぶっていたわけではなく、八つ当たりだと見抜かれていたことが、無性に恥ずかしい。
暫く二人は黙っていたが、メレンケリが観念してぽつりと呟いた。
「話すっていっても……仕事の話だもの。あなたに話すことはないわ……」
(そう。悩んでいるのは仕事のこと。そして、この力のこと……。誰にも言えない、私だけの悩み……)
もし、それを人に言うことが出来たら、グイファスが言うようにちょっとは気持ちが楽になるだろうか。
しかし、それはある意味軍事警察署の秘密にも関わってくる。だから誰にも言えない話なのだが。
「そうか、仕事のことで悩んでいたのか」
グイファスは一度目を閉じると、こう言った。
「だったら、交換条件だ。君が仕事の愚痴をこぼす代わりに、何故私が貴族の屋敷に宝石を盗みに入ったのかを話そう」
メレンケリがゆっくりと顔を上げた。瞳が大きく開かれ、揺れる。
「どういう、こと……?」
今の今まで、言えるタイミングではないと話すことを拒んできたはずなのに、急にどうして言う気になったのだろうか。
「君の仕事は軍人の補佐みたいなものだろう」
『補佐』と言われて彼女はむっとした。自分は脇役の存在ではない。
「補佐じゃないわ。ちゃんと『石膏者』と言う名があるのよ」
「そうか。知らなかったのだ、許してほしい」
強い口調で言ったにも関わらず、彼は素直に謝る。そんな風にされると、むきになって言うことでもなかったと思わされてしまう。
「……別にいいけど」
するとグイファスは礼を言う。
「ありがとう」
メレンケリは驚いた。何故彼は自分に礼など言ったのだろうか。しかし彼女のもやもやとした気持ちに気づくはずのないグイファスは、「では改めるが」と言って、先ほどの話を続けた。
「『石膏者』としての仕事の内容を聞くということは、軍事警察署の秘密を話してしまうことだと君は考えているようだ。だったら、その代わりに私のことを話そうと思った。元々私のことは、最初に君へ言おうと思っていたから好都合だ。それに私が話せば何かあったとき、君は私が貴族の屋敷に入った理由を言うことができるだろう。君は大手柄だ」
「屋敷に入ったのは宝石を盗むため、なんて話はダメよ」
そんなことじゃ、大手柄にはならない。そう指摘すると、彼はちゃんと手柄になる理由を述べた。
「勿論だ。ちゃんと話すよ。私が貴族の屋敷に入ったのは、特殊な宝石を手に入れたくて忍び込んだということをね」
メレンケリは、窓際の椅子を持ってグイファスの目の前に座った。
「特殊な宝石って何?」
するとグイファスは、自分の話に興味を持ってくれたのが嬉しかったのか、ふっと笑った。
「必ず話すよ。だけど、その前に君が仕事の話をすること。これが条件だ」




