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第20話 監視する日々

 リセムスは、グイファスがこの国に来た日のことから、何故メレンケリが監視役としてつくことになったのか、ということを掻い摘んで話をした。リックスはほんの二、三回質問するだけで、あとは黙って彼の話を聞いていた。


「――という経緯で、こうなりました」

「ふーん、なるほどね」


 そういうとリックスは立ち上がる。

「少将?」

「聞きたいことは全て聞けことができた。ありがとう、それじゃあ失礼するよ」


 一通りの話を聞き、部屋を出ていこうとするリックスに、リセムスは一つだけ尋ねた。


「少将、あの、その下士官の制服姿は何故? というか、どこから持っていらしたのですか……?」


 リックスは椅子から立ち上がったリセムスを見た後、自分が着ている素っ気ない灰色の制服を見下ろす。そして、彼は上着の胸元の布を掴む。


「どこで手に入れたかって?」

「ええ……」

「宿舎にあったやつを失敬した」


 リックスは爽やかに笑い、「じゃあね」と言って部屋を出ていく。部屋に残されたリセムスは、小さくポツリと呟いた。


「『宿舎にあったやつ』って、誰のものを持って来たんですか……」


 リックスのことだろうから、きっと部屋の鍵を管理している宿長(宿舎を管理している人)からそれを借り、勝手に部屋を開け、何の断りもなく制服を持っていったのだろう。そして彼のことだから、侵入した形跡すら残さないで、元に戻すに違いない。


(あの人、国境の番人(イーガルド・フォー)で少将という立場なのに何やってるんだろう……)


 彼は自分の能力を何か勘違いして使っているような気がする、とリセムスは思うのだった。




(グイファス・ライファ。サーガス王国の人間……)


 リックスは軍事警察署の本館から出ると、再び宿舎へ向かう。


(只者ではないことは確かだな。さっき奴がいる部屋の外で、気配を殺し、聞き耳を立てていたが、私の存在に気づいていた)


 宿舎でメレンケリと話をしていたときのことを思い出す。

 グイファスは急に言葉を改めて話をした。それは彼が、リックスの存在に気が付いて、敵意がないことを示すためにやったことだったのだろう。


(リセムスの話によると、かなり拷問を受けたらしい……。それでも平然としているし、ジルコ王国に敵意はない、か……。サーガス王国で何が起こっているのか。ますます彼の目的が気になるな)


 リックスは宿舎の中へ入っていくと、人に見られないように気を付けながら、一階の奥の部屋へ向かう。もちろん、その部屋はリックスの部屋ではないし、鍵もかかっている。しかし彼は、宿長から合鍵を借りて来たので、まるで自分の部屋に入るがごとく、するりと入っていく。


「失礼するよ」 


 無人の部屋に向かって小さく声を掛けると、リックスはすぐに制服を脱いだ。そしてベットの布団の下に隠しておいた、自分の制服を引っ張り出して、そちらに着替える。


「こういうときはやっぱりマルスのところが役に立つ」


 マルスの制服は、リックスにとって少し大きい。特に横幅は、多少余りが出てしまうが、他の下士官の制服だと小さいので仕方ない。


 リックスの体型は、他の軍人たちに比べるとほっそりしている。しかしさすがに彼も、軍人に入ったばかりの青年たちよりはしっかりとした体つきをしているので、筋肉が付いている二の腕や太ももの部分はきつくて入らないのだ。


 その点マルスは体格がいい。そのため、筋肉質な彼の体でも余裕をもって着ることができる。


「まあ、こいつはそろそろ昇格してもいい頃だと思うけどな」


 リックスはそんなことを呟きながら、自分の制服に身を包むと、さっさと部屋を出て宿舎からも退散する。そして宿長に鍵を返し、再び人に見られないようにしながら、軍事警察署を出て行くのだった。




 メレンケリはリッチャー大佐に命令された日から、『石膏者』の仕事の他にグイファスの監視役として働いた。


 朝から家に帰るまでの時間はずっと彼の行動を監視する。ただ本業は『石膏者』なので、尋問が始まる時間になれば取調室の隣の部屋に呼ばれ、新たに捕まった者たちの言い分を黙って聞いた。そしてグイファスのときと同じように、熟したリンゴを石にして脅す。それはいつもと変わらず、淡々と行われていった。


 一方で、メレンケリは彼の行動をただただ見ていた。


 そのため、会話と言えばグイファスからするものだけで、それも最低限のことしかない。石鹸のある場所や、新しいタオルが欲しいとか、ごみを捨てる場所はどこか、とか本当に些細なことだけである。


 しかし、それはグイファスがメレンケリの気持ちを察していたということもあるかもしれない。彼女には真意は分からなかったが、監視をしていて何となくそう思っていた。


 例えば、彼は一つ一つのことに対して丁寧である。


 食事をするとき、ベッドメイキングをするとき、部屋の掃除をするとき。無駄がなく所作がきれいなのだ。


 こんなことを言うのは変なのかもしれないが、メレンケリは男社会である軍事警察署に勤めてから、彼らの大雑把なところを良く知っている。リセムス大尉のように、出身が貴族ならそれは違うが、軍事警察署に入れたことの誇りと、自分の矜持を混在させ、偉そうにしている連中もいるのだ。


 しかしグイファスは捕まった身であり、拷問も受けている。それ故、ここに対して恨みを持っていてもおかしくないが、そんな素振りが一切ない。もしかしたらそういう演技なのかもしれないが、それならば綻びが出て来るだろう。


 しかし、それがない。


 グイファスの本質がそうさせているのか、それとも余程の精神力の持ち主なのか。メレンケリは、グイファスを監視すればするほど、彼のことが不思議になっていくのだった。

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