第19話 突然の来訪者
「悪いけど、失礼するよ」
そう言ってリセムスの執務室に入って来たのは、下士官の制服を着た男だった。当然、執務室の主は訝しむ。自分よりも階級の低い男が、このような軽い口調で入って来るなどおかしい。そう思いながら、徐に帽子を取った男の顔を見る。すると驚いたことに、男はリセムスよりも階級が上の人物だった。
「リックス少将⁉」
驚いてそう口に出すと、リックスは口の前に人差し指を立てて「静かに」と言った。
「ダメだって大声出しちゃ」
「そんなことを仰られても……」
リセムスは戸惑いつつも、自分の席から立ち上がり「よかったら、どうぞ」と席を譲ろうとする。しかしリックスは「そんなことは気にしなくていいよ。そこの椅子に座るから」と言って、本の山に紛れていた木の椅子を引っ張ってきて、机の前に座った。
「大尉、いいから自分の席に座って」
「ですが……」
「いいから。私が良いって言るのだから、それに従って」
やんわりと言われ、リセムスはおずおずと自分の席に戻る。
「……分かりました」
それを見たリックスは満足げに微笑む。
「少将は、いつこちらに帰っていらしたのですか?」
「一昨日の夜」
「では今日は、長官らに会いにいらしたのですか?」
すると彼は、きっぱりと否定する。
「ううん」
「……私がこんなことを言うのも失礼かと思いますが、少しでも顔を出したほうがいいと思いますけど」
呆れたように言うが、リックスは気にした様子もない。
「問題ないよ。報告することもないしね」
リセムスはそれを聞いて、「そういえば、この人はこう言う人だったな」と思い出す。
自分よりも少し年上のリックス。周囲の者達は、リセムスが子爵の出身であることをことあるごとに気にしていたが、リックスだけは彼のことを身分で見分けるようなことはしなかった。
リックスは仕事も出来、部下からの信頼も厚い。彼に面倒を見てもらううちに、周りの態度も少しずつ変化していった。リセムスにとっては恩人であり、頭の上がらない人物の一人である。
だが、欠点がないわけではない。
リックスは相手の顔を立てることが苦手なのだ。それこそ上層部の人間に頭を下げることを嫌悪している。そのため、今日のように「上層部に挨拶にいかない」ということはしょっちゅうあることなのだった。
それを考えると、何故彼が少将という地位まで上り詰めたのか、というのがリセムスをはじめ多くの部下にとって一つの謎になっているのだが。
「じゃあ、何故こちらに?」
上層部に挨拶へ行かないのであれば、何のために来たのか。
「うん。ちょっと寄っただけ」
(下士官の制服を着て寄っただけ?)
リセムスは眉を寄せる。するとそれを察したように、リックスは言った。
「留置所に行ったんだよ」
「何故また、そんなところに」
「そこでメレンケリに会った」
リックスは躊躇いもなく言う。しかし、リセムスの方は僅かに表情を硬くした。
「アージェに?」
「うん」
「……」
「そういえば、メレンケリは、今でも『石膏者』の仕事をしているんだよね」
「ええ、変わりなく――。何故そのようなことをお聞きになるのですか?」
すると、リックスの藍色の瞳が鋭く光った。
「聞きたいのはこっちさ。あそこにあの子の仕事はないよね」
「あそことは――」
「留置所だよ」
「それは……」
素早い返答にリセムスは口ごもる。
「それと、グイファス・ライファという男。あれは何者? 肌の色からしてサーガス王国の人間だよね。国境の番人の手薄なところを狙って入って来た、ということかな。ねぇ、どこから入って来たか分かる? 話によってはそこの警備をもっと強化しないとね」
リックスはそこまで言って、にこっと笑いかける。表情はやんわりとしているが、目が笑っていない。
「グイファス・ライファのことをどこでお聞きに? というか肌の色を知っているということは……どこかで見たのですか?」
リセムスは気圧されつつも、何とか尋ねる。だが、リックスは「それは秘密」としか言わなかった。
もうこれはこちらのことを話さない限り埒が明かないのだろう。リセムスはため息を吐き、諦めた。
「少将、何をお聞きになりたいのです?」
するとリックスの顔に不敵な笑みが浮かべた。
「メレンケリが、グイファスを監視している理由を教えてほしい」
(全くこの人は、どこでそんな情報を……。もしや留置所で会ったメレンケリの後をつけていたのだろうか? それにしても、自ら面倒なことに首を突っ込もうとしするなんて……やはり変わったお方だ)
軍事警察署の有益な情報は、出来うる限り上下左右に行き届くように心掛けている。しかし、各部で《《密かに行っていること》》は、各々の上に報告し許可を取らない限り話してはならないことになっている。それは「実質戦闘部隊」の少将に話すとしてもだ。
各部の機密情報、つまり今回のような件ついて共有する場合、リセムスの上司であるリッチャー大佐に連絡し、さらにその上の判断を仰ぐ必要がある。そして情報共有をすべきであると確認してから、他の部の幹部に連絡が行くことになっているのだ。
しかしそれをリセムスから直接リックスに話すということは、もしかしたら何かしらの処罰があるかもしれないのである。
リセムスは念のために確認する。
「顛末書を書かされるかもしれませんよ」
「いいよ」
「何かしらの処罰があるかも」
「構わない。それと大尉が責任を問われたら、私に『脅された』とでも言っておきなさい」
(ここまで言われたら、言うしかないじゃないですか)
リセムスは諦めたようにため息を吐く。
「分かりました。メレンケリが何故、グイファスの監視をしているのかお話します――」




