訳ありシスターの正体
「それでは、行って参ります」
蘇生、死体の埋葬、清掃奉仕、そして書類作成と教会本部への報告。
それらを終えた私は、ギギッと重い扉を開き、最後の仕事をするために教会の外へ出る。
ガチャリと扉に鍵をかけた。
夜空を見上げ、中途半端な形の月を仰ぐ。頬を撫でる夜風が生ぬるい。
先の言葉は、誰かの返事を期待したものではなかった。まだ先代がいた時に彼へむけて言っていたもので、その名残り。
癖になっているので自然と口にしてしまうが、今となれば受け取る者のいない虚しい言葉のはずだった。
「いい夜だね。ご一緒してもいいかな?」
なので予想もしていなかった返事に、バッと声のした方を振り向く。
そこには、いつもと同じ軽薄な笑顔を貼り付けたロキが立っていた。
彼の後ろにいる大勢の村人たちが口々に声を上げる。
「え? あの女、なんでこんな時間に出掛けるんだ?」
「何か悪いことでも企んでいるんじゃないか!?」
「きっとそうよ! 前から怪しいと思っていたの!」
……まずい。
そう直感した。
村人たちはまだこの状況を理解していないようだが、今日の彼は人々の代表である勇者として私を断罪しにきたんだ。
「いくら勇者といえども、不躾に女性に声をかけるのはいただけません」
潮時だ。
そう分かっているのに、少しでも生にしがみつきたい私は、時間稼ぎにしかならない言葉を吐いた。
心の中で自分の浅ましさに笑ってしまう。
「僕とシスターの仲なのに、そんな言い方されると悲しいな」
「誤解を生む発言はやめてください。私と貴方には、蘇生業務以外の関係は微塵もありません。それに可能ならば、今後一切の関わり合いを持ちたくないと思っています」
つい顔を顰め反論するも、ロキは飄々と答える。
「シスター以外の蘇生なんて、僕はもう受ける気はないよ」
「私はあなたの蘇生など、金輪際したくありません。それに教会もシスターも、沢山あるでしょう。ここに拘る理由なんてないはずです」
「もしかして心配しているのかな? 大丈夫、僕はもう君しか見えないんだ」
苦し紛れの会話は、気づけばよく分からない方向へ向かっていた。
腰に下げた剣へ一向に手をかける様子のないロキを見ながら、一縷の望みをかける。
もしかして、このままやり過ごすことが出来るのかもしれない。
「……何が大丈夫なのかは、全く理解できませんが。そんな事を言うために来たのでしたら、もう十分です。どうぞ、今すぐお引き取りください」
ロキの取り巻きと化していた村人たちは、この短いやり取りの間に私へ謎の執着を見せる彼の異常性に気がついたようだ。
数歩後退りをして彼から距離を取り始めていた。
「そうそう、シスターとの会話が楽しすぎて忘れるところだった。これから夜のお散歩に行くんだよね? せっかくだから、僕もご相伴に預かりたいと思って来たんだ」
そう言うと、姿勢を正したロキは私に近づき跪く。
ビクリと体をこわばらせた私をよそに、彼はスッと右手を前に差し出した。
ロキの仕草は、まるでお姫様をエスコートする紳士のようだ。
だがしかし、その提案はいただけない。
「……いえ、私は大丈夫ですので、お気になさらず。それに、死にたがりの貴方といた方がよほど危険ですので」
「君との初デートで死ぬなんて、そんな勿体無いことはしないよ。それにいくら月明かりがあっても、女の子が1人で夜に出歩くのは危険だ」
「ご心配いただきありがとうございます。では私は教会へ戻ります。ですので貴方もどうぞ、今夜のところは皆様とお帰りを願います」
「そんなことを言って、あとでこっそり出かけるのは分かってるんだよ。毎日のお散歩は、君の日課だからね」
「え、なぜそれを……? あ、いえ、その、本当に大丈夫ですので、あの、何も危険は、ありませんし……」
後ずさりをしながら、なんとか答えを返す。背中には嫌な汗が伝った。
毎日!? 毎日見られていた!?
全然気がつかなかった。
気配を感じさせないということは、私とロキとの間には相当な実力差がある。
それに監視されていたんだ。やはり彼には私の正体がバレている。
そう確信し、逃げ道を確保しようと目線を走らせるも、しかし目の前にはロキと村人たちがいる。
そうか、村人たちを連れてきたのはバリケードにして私の逃走経路を塞ぐため!?
後ろの教会に立て篭もる!? いや、ダメだ! 扉を解錠するにも時間がかかる。その隙を、彼が見逃すはずがない!
手詰まり感に混乱し、うまく呼吸ができない。
頭もクラクラしてきた。
しかし焦る私とは対照的に、ロキは納得したという具合にうんうんと頷き笑顔を見せる。
「あぁ、シスターはあの秘密がバレるのを気にしているんだね?」
腰に携えている剣の柄に手をかけた。
「それなら安心してよ。僕は君の秘密を知ってるから。だってずっと見てきたからね」
そう言うや否や、ロキは目にも止まらぬ速さで剣を抜くと、そのまま斜め上方へと振り上げた。
早いっ!? 避けられないっ!
本能的に死を覚悟する。
しかし剣先から飛び出した斬撃は、私へ向かうのではなく夜風を切り裂きながら天を貫いた。
高速で繰り出された斬撃は多大な余波を生む。辺りには暴力的な風が吹き荒れた。
風に煽られ後方へ飛ばされた村人たちと同じく、彼の正面に立っていた私もその風を一身に受ける。
強制的に頭に被っていたフードが外れた。
ハッとして手を伸ばすも、もう遅い。
フードはシスターコートごと、あっという間に風の渦に攫われ夜の森へ消えていった。
しまった!? ロキの行動は攻撃を意図していたんじゃない! 私のコートを奪うことが目的だったんだ!
そう気づいた私はその場に崩れるようにしゃがみ込む。自分の頭を、手と腕で覆った。
だが私が隠したいものは、到底それだけでは隠しきれない。
吹き荒れていた風が止んだ。
視界が開け、断罪の時が迫る。
「あぁ、これがシスターの……」
ペタンと下がった私の黒く長い耳に聞こえたのは、この場に似つかわしくない喜びを伴ったロキの声だった。
しかしそれ皮切りに、村人達の叫喚が響く。
「あの山羊みたいな角と耳を見ろ! この女、魔物だぞッ!?」
「今まで人間のふりをしてたんだっ! この村を襲う魔物も、こいつが手引きしていたのか!?」
「勇者様! 早くあれをやっつけてくださいっ!」
フードがない分、いつもよりもはっきりと人々の声が聞こえた。
……終わりだ。
もう人間だと偽ることは出来ない。
それにロキの力も思い知ってしまった。
剣を軽く振っただけであの威力。もはや太刀打ちすることは叶わない。
あの行動は自分の実力を見せつけ、私に戦意を失わせるための牽制だったのだろうか。
背中で縮こまった尻尾から、小刻みな震えが伝わってきた。
ごめんなさい、ごめんなさい、ここを守れなくてごめんなさい……
先代の大切なこの場所を、守れない私を許してください……
怯えから更に小さく蹲った私は、自分が最後に思うことが生への執着でも神への乞いでもなく、ただ一つ。
先代の修道士であった父へ対しての懺悔だと知ったのだった。
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