訳ありシスターと死にたい勇者へロマンスを
“ごちゃごちゃ言ってねぇで、蘇生しろって言ってるんだっ!”
これはいつかの冒険者の声。
“なぁ、頼むよっ! こいつを助けてくれよ!”
教会へ来る冒険者たちは、仲間を助けて欲しいと私に求める。
時に声を荒げ、または慈悲を求めて縋る彼らの強い感情は、剝き出しの欲そのものだった。
彼らの懸命な姿を思い出し、自然と口角が上がる。
(なんて、美しいんだろう……)
押し込めていた自分の本当の声に、もう聞こえないフリは出来なかった。
悪魔である私たちにとって、魂を震わせ叫ぶ人間の欲は何にも代え難い。
愛おしくて堪らないと、私の本音は叫んでいた。
正体がバレる危険を押してまで、この町で人間の振りをしていたのは、お父様の言いつけを守っていたからだけじゃない。
人の近くにいたいという悪魔の性質により、私は無意識にこの教会に固執し、縛られていた。
それはお父様がこの村を守っていた理由にも繋がる。
彼も人間に、いや、人間の欲に触れていたかったのだ。
私たち悪魔は、欲深い人間から目が離せない。
そして私は、彼からも……
「どんな種族だろうとも、君が君であることには変わらない。君が僕の手をとってくれるまで、僕は何度だって言葉を紡ぐよ」
本当の自分と対峙する中、自然と体を縮こめ口を閉ざしていた私へ向かって、種族のことで何かしらの憂いを抱かせてしまったのではと心配したロキはそう囁く。
彼の声は甘やかで、そして希望と自信にあふれていた。
それは蘇生直後に見せる、生への絶望に染まった声色とは全くの別物で、人々からの期待を受けるにふさわしい勇者たるもの。
だがあと数刻もすれば、その重責に耐えかねた彼の精神は簡単に崩れる。
そして誘われるように、自ら死へと手を伸ばすのだろう。
頭の中で、彼の声が再生される。
“はぁ、また僕は生き返ってしまったのか。今度こそ死にたかったのに、残念だ……”
蘇生されたロキはそう言いながら、濁りきった眼を開く。
生を嘆く瞳は、死を渇望する悪欲に塗れている。
“でも安心してよ。君の口付けさえあれば、僕はまた立ち上がることができる。それに魔王だって倒せる気がするんだ”
しかし、数秒後にはそんな事を口にする。
それは紛れもなくこの世界への執着で、生きたいという本能の欲だということを、彼は自覚しているのだろうか。
“僕はきっと、酷く強欲な人間なんだろうね。こんなに弱くて小さいくせに、全てを救いたいだなんて思ってしまうんだから”
まるで私を誘惑するためだけに紡がれたような言葉に、ため息が出てしまう。
彼は誰よりも死にたがり、誰よりも人のために生きたがる。
弱い心を擦り切らし生きあがく様は、彼の魂を限界まで震わせ、その全てが悪魔である私を、これ以上もないほどに魅了していた。
(わがままで愚かで欲深い。そんな彼が堪らなく愛おしい……)
シスターコートのない私の耳には、抑えていた自分の声がよく響く。
自身のあり方を決めるその名に、悪魔と修道女という正反対な性質を刻む私は、歪な救いである生と死を求め続ける彼から目が離せるわけなどなかった。
私はとっくに、彼に落ちていた。
「どうして貴方は、私を求めるのですか?」
ポロリと言葉がこぼれた。
「答えは君がこの手をとってくれたらって、言ったはずだよ。でも、そうだね……」
軽く微笑んだロキは、少しだけ真面目な顔をして私の目を見つめる。
「僕が死から目覚めた時、最初に見る景色はいつだって君であって欲しいんだ」
あぁ、この男は本当に……。
私を見下ろす彼の瞳は、まるで夜明けの空に輝く明星のように煌めいていた。
「そんなの、私には何の関係もありません」
なんて……なんて、自分勝手な独占欲なんだ。
澄んだ彼の瞳を見ながら、ゾクゾクと自分の魂が震える。
まるで悪魔みたいだ。そう思った。
「そうだね。君には関係のないことなのかもしれない。でもどうか、君を愛してしまった僕を、許してほしい」
私だけを求めると、何度も何度も言葉を重ねる彼の過剰なほどの愛情という欲は、私の胸をきつく締め付けていた。
本当の自分の心と向き合ったことで、新たに形成された私の輪郭。
しかしまだ脆弱なその中で、入り混じった感情が膨張していく。留め切れない。
それは大粒の涙として溢れだし、ポタポタと地面にこぼれ落ちた。
(私、何で泣いているんだろう?)
胸が痛い……そうだ、きっとこの胸が痛いから涙が出るんだ。
何故胸が痛むのか。その理由は分からないふりをした。
この心が狂おしいほどに満たされているからだなんて、絶対に認めたくない。
ロキはそんな私を見つめると、人差し指を伸ばし私の顎先からこぼれ落ちる雫を掬った。
もし彼の差し伸べる手を掴んでしまったら、この涙と同じように、私も彼に絡め取られてしまうのだろうか。
そう思うと全身の肌がゾクリとした。
彼の手は、この教会から解き放たれた私を縛る、新たな枷となるのかもしれない。
……いや、違う。
もう何にも縛られたりなんてしない。
そうだ、今度は私が彼を……
フラつく足に力を入れて、立ち上がる。
そんな私を心配そうに見守りながら、同じように立ち上がったロキを正面から見る。
グッと肘を後ろへ引いた。
「いくら勇者といえど、断りもなく女性の涙に触れるのはマナー違反です!」
予備動作にたっぷりと時間をかけた拳を、彼の腹部へ向かって思い切り打ち込む。
私の打撃を受け止めたロキは、「うっ……!」とくぐもった声を上げた。
その場から一歩も動かなかったばかりか、何故か嬉しそうな顔をするロキを見ながら、いつかの会話を思い出す。
“……どうして避けなかったのですか?”
“君から貰えるのであれば、例えそれが痛みや絶望だとしても、僕は全てを愛おしく思うよ”
ジンジンと、右手が痛む。
人とはこんなにも、温かいものなのか。
初めて触れた生きている人間の感触に、自分の表情が緩むのを感じた。
視界の端では村人たちが、無意味な議論を続けていた。
「……ここにもう用はありません。行きましょう」
くるりと後ろを向く。
スタスタと歩き始めた。
ロキの手は取らない。
慌てて動き出した彼の足音を聞きながら、一生私の背中についてくればいいと思った。
※※※※※ ※※※※※ ※※※※※ ※※※※※
「今夜の月は、とても綺麗だね」
背中越しに聞こえたロキの声につられて、顔を上げる。
見上げた夜空には、冴え冴えとした月が浮かんでいた。
「あ、綺麗……」
不思議とさっきとは違う色に見えた。
足を止め、しばらく見入る。
すると急に後ろから、バチバチと火花が散るような大きな音が聞こえた。
驚いて振り返ると、ロキが雷を纏わせた剣を低い体勢で構えている。
「え? いったい何をしているですか?」
疑問符が浮かぶ私と目があったロキは、嬉しそうに笑った後、言葉を返すことなく視線を空へ移す。
強く足を踏み込むと、その剣を振り抜いた。
大気を切り裂く激しい音と共に、鋭い斬撃が夜空へ飛ぶ。
放たれた一筋の雷撃は、空気抵抗を無視して加速する。その先にあるのは月だ。
私には1匹の龍が、凄まじい速度で月へと駆け上がっていくように見えた。
「まだ届かないか……」
やがて見えなくなった自身の攻撃に、ロキは悔しそうな声をだす。
「……まさかとは思いますが、もしかして月を斬ろうとしたんですか?」
「うん、君へプレゼントしたいと思ったんだ。でも失敗だったね」
「馬鹿ですね。月になんて、届くはずがないではありませんか」
「そうかな? 今日僕は届くはずがないと思っていた君を、手に入れることができた。月へだって、きっといつか届くさ」
「それは違います。私は貴方のものになったつもりはありません」
「あぁ、ごめん、シスター! 気を悪くしないで! そんなつもりで言ったんじゃないんだ。ただ僕は嬉しくて、その……」
慌てて言い訳を始めた彼へ、グイと顔を近づける。
「貴方はまるで分かっていませんね。“私”ではありません。“貴方”が私のものになったんですよ?」
それは私がロキへ向けて見せた、初めての笑顔だった。
Fin.
これにて本編完結となります。
お読みいただきありがとうございます。
この物語は、シスターとロキの出会い編として執筆いたしました。
これからシスターとロキは、一癖も二癖もある仲間を集めつつ魔王を討伐へ向かいます。
今後も2人の行く末を、見守っていただけますと嬉しいです。
またアナザーストーリーとして、今回の物語を勇者ロキ目線で描いたお話も投稿できればと思っています。
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創作の大きな励みとなります。
最後に告知となりますが、宜しければこちらもご一読くださいませ。
少女の成長を描く物語。
ほのぼの不穏ファンタジーです。
【3章終盤】リケジョの幼女は冷徹貴族のお膝元で魔法を学ばなければいけません (旧題 : 薬屋の見習いは平穏)
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