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訳ありシスターの真実



「勇者様!? どうしてその女を倒さないのですか!?」

「そうです! あれは危険な魔物です! 早く倒してくださいっ!」



 飛び交う村人たちの抗議の声に、私は何の反論も出来ずにいた。



 一人の男がロキの前へ行く。

 「これをどうぞ」と言いながら、両腕で抱えていた重そうな剣を差し出した。


 男から教会の前に置いてきた武器を受け取ったロキは感謝の意を示すと、手早くそれを装備し直す。

 その様子を私は、ぼんやりと見つめていた。



 彼らの言う通り。私は討伐されるべき、魔の物。

 とは言っても、決して怖れられるような物ではなく、人間の振りをして生きてきただけの小物だ。


 蘇生術は得意だが、それ以外だとその辺にいる少し魔力の高い一般人と変わらない。

 そんな私にロキに太刀打ちできるような攻撃の術などあるわけもなく、逃走に失敗した時点で命運は尽きていた。もはやどうすることもできない。



 (今はきっと、彼の気まぐれによって生かされているだけ……)



 もしかして彼が剣を置いてきた理由は、私を捻り潰すのに武器なんて必要ないという自信の現れだったのかもしれない。


 そんなことを思っていると、装備を終えたロキが私へ目を向けた。

 ぐっと両手を握りしめる。唇を噛み締めながら最後の時を待った。



 しかしロキの次の行動は、私の予想していたものとは全く違うものだった。


 彼は後ろの村人たちへ振り返ると、眉を下げる。

 そして非常に言いづらそうな表情で口を開いた。



「君たちの期待に応えられなくて申し訳ないんだけど、シスターへ剣を向けることは出来ないんだ。見ての通り、彼女は魔族だからね」


「魔族だから倒さない!? いったいそれは、どういう意味ですか!?」


「そうか、あー、困ったな。うん、簡単に説明するとね。魔族は魔獣と違って、一概に討伐対象にはならないんだよ」



 ロキの答えに表情を引き攣らせた村人たちは、先ほどまでの勢いを削がれ言葉を失う。

 しかし意表を突かれたのは私も同じだった



「……私は、討伐対象じゃない?」



 私の間の抜けた声に反応したロキが、視線をこちらへ向ける。先の言葉を補足した。



「そう。害獣認定されている魔獣と、人に近い姿を持つ魔族とでは、種族が全く異なるからね。同じ魔物として混同されていた一昔前と違って、今は魔獣と魔族の明確な差別化や、一部の魔族に対しての権利や恩赦もどんどん進んでいるんだよ」



 彼の言葉が、ぐるぐると回る。



 私は人々の討伐対象ではない?


 魔族は魔獣と違う?


 それに……権利?




 だって私の体には山羊のような角や垂れた耳、そして細長い尻尾といった、明らかな魔物の特性が備わっている。


 まさかそんな。こんな人成らざる姿の私に、権利なんて大層なものが与えられていたなんて、今まで考えたこともなかった。


 受け止めきれない事実に、言葉が出ない。思考も体も固まった。

 すると1人の村人が、叫び声をあげる。



「魔族も魔獣と同じで、危険な魔物ではないのですか!?」



 それは村人たちの持つ共通認識だった。

 しかしロキは、その男の方を振り返ることもせず、代わりにその問いの答えを使って、私への説明を続ける。



「多くの魔族は人にとって良い隣人なんだよ。魔王に傾倒する魔族もいるから、全てがそうとは言えないけどね。とは言ってもこういった辺境では、人々の魔族へ対する差別の根絶や、隠れ住んでる魔族自身の意識改革も浸透していないみたいだね」



 「この村以外でも、まだまだ魔族に対する風当たりは強い。だからシスターみたいに隠れ住んでいる者も、少なくはないよ」と付け加えたロキを、私は口を開いたまま見つめる。



「で、ですが! 勇者様は先ほど“シスターは危険だ。僕が何とかする”と仰っていたではないですか!」



 今度は別の男が、声を上げる。

 ロキはその男へ振り返ると、不思議そうに首を傾げた。



「それはそうだよ。夜な夜な女の子が一人で出歩くなんて、心配だからね。今まではこっそりと見守っていたけれど、いっそのこと僕が同行すれば解決するって気がついたんだ」

「へ? あ、危ないってそういう意味?」



 ロキの返事に毒気を抜かれたような顔をする男だが、しかしその横から別の女がビッと私を指差す。



「でもこの女は、前の修道士様に取りいって教会を掠め取った悪女です! それに彼が連れていた幼子にも手をかけています! 村にこんな殺人鬼がいるなんて、私怖くて……」


「この女じゃなくて、彼女はシスターだよ。うん、君たちの言い分は分かった。あとは本人から、話を聞いてみてもいいかな?」



 ロキの言葉に誘導され、村人たちの視線が一斉に私へ向く。

 無意識にサッと目を逸らした私だが、咎めるような冷たい視線を受けることも、事実を黙すことにも慣れていた。


 しかし冷静に考えれば、私の正体はもうバレている。

 これ以上口を閉ざす理由は、どこにもなかった。

 そう気づいた私は、長く真実を隠していた後ろめたさから重くなった口を開く。



「……先代修道士は、私の父です。そして皆さんが言うその幼子とは、恐らく私のことでしょう」


「あの方が父だと!? それならなんで親子だってことを、今まで黙っていたんだ! 今更嘘を言うなっ!」

「あの子はこんなに小さかったわ! あんたとは全然違うじゃないっ!」

「いくらなんでも、そんなデタラメ信じられるか!」



 口々に私を非難する村人たち。

 しかし彼らの前では口を閉ざすことが染み付いていた私は、うまく弁明できずにいた。

 見かねたロキは、彼らの熱が収まらないことにふぅと息を吐くと、少しだけ大きな声で話し出す。



「魔獣と同じように、魔族の成長は人よりずっと早いんだ。幼体のままだと人や魔獣に狩られやすいからね。それにシスターは自分の成長速度の異常さから、魔族だとバレるのを隠したかったから、先代修道士との関係も言えなかったんじゃないかな?」



 ロキの後に続く。



「……その通りです。姿が現在のものに変わってからは、皆さんから不自然に思われるのを避けるために、先代とは他人のフリをしていました」



 私たちの説明に声を詰まらせた村人たちだが、また別の男がずいと前に出る。



「でも勇者様! このおん……いえ、シスターがきてから俺たち村人への蘇生が行われなくなりました! 前の修道士様は無料で行ってくださったのに、このシスターは金にがめつい悪い魔族です!」



 ロキの眼光に怯み、即座に私の呼び方を修正した男は、私が一番聞かれたくなかった部分をついた。


 喉の奥が締まり、ヒュンッと鳴る。



「それに関しては僕も調べてみたよ。でもね、不思議なことに教会本部には、村人たちの蘇生記録なんて無かったんだ。つまりは先代も、君たちの蘇生をしていなかったってことだね」

「そっ、そんなはずはありません! 彼はしっかり蘇生してくださいましたし、私達は何度も村人たちが生き返った姿を見ています!」


「それはおかしなことだね。ねぇ、シスター。シスターは彼らの話ををどう思う?」



 そう言って私を見たロキの顔は、一見するといつも通りの笑顔だが、その奥では“全て分かっている”と雄弁に物語っていた。


 村人たちに慕われていた先代の権威を貶めるようなことは言いたくない。

 でも私がごまかしても、どうせロキにバラされるだけだ。


 そう観念した私は目線を落とす。

 自分の指先を見つめながら、渋々と口を開いた。



「先代……お父様は、ある術にとても長けていました」

「ある術?」

「はい。お父様が優れていた術とは死霊術です。そして死霊術とは……死んだ人間をまるで生きているかのように操る術です」


「はぁっ!? 死んだ人間を操るだって!? なんて恐ろしい術なんだ!?」

「誤解しないでください! 決して! 決してそれを、悪用していたわけではありません! ただお父様はその術を使い、死者が生き返ったかのように見せていただけなんです!」


「生きているようにみせかける? 俺たちは修道士様に騙されていたっていうのか!?」

「まさかそんなっ!? 修道士様は何でそんなことをしたんだ!?」



 村人たちの顔は、夜目にも青ざめていた。

 彼らの動揺を感じながら、お父様の所業を告白しなければいけない私の胸も痛む。



「何度もお話ししましたが、蘇生費を支払っていただかなければ、本当の蘇生を施すことはできません」

「あんな高い金、俺たちに払えるわけがないだろ!」


「ですが、教会本部から購入する札がなければ蘇生は行えません。私たちが冒険者やあなた方に提示していた蘇生価格は、ほぼ札の原価なんです」



 魔境の奥地に位置するこの村へ辿り着く冒険者達は高ランクだ。

 それに見合った収入を持つ彼らの中でさえ払えないものがいる高額な蘇生費用を、ただの村人に支払えるわけがない。

 おかしいのは、自分たちだけは無料で蘇生術を受けられることが当然だと豪語する、村人たちの感覚だった。


 だが無意識にねじ曲げられた彼らの感覚を、私は否定したくなかった。

 何故ならば、それは先代の善意によって作り出されたものだからだ。


 右手の指先を左の掌で覆うように押さえる。

 不甲斐無さから涙が目の端に溜まっていく。視界がぼやけた。


 しかし何も言わなくなった村人たちが、私の言葉を待っていると気づき、慌てて口を開く。



「細々と暮らす私たちには、蓄えなどありません。代わりに札代を払うことも不可能でした。それでもお父様は村人たちの期待に応えたいという思いから、苦肉の策で遺体に死霊術を施していたんです。……お願いです、どうかお父様の真意を誤解しないでください」



 そこまで話した私は、ロキ越しに大きな十字架を見る。

 その下に眠るお父様を想いながら自然と涙が溢れた。



 不出来な娘でごめんなさい。

 私が死霊術をもっと高度に習得してさえいれば、お父様のように村人たちと良い関係を築くことができていたかもしれない。

 そうすれば彼らからの反発ももっと少なく、こんな事態だって免れていただろう。



「そんな、ばかな!? では、魔物の襲撃が増えたのは何故なんだ!?」

「そうよ! お前、いっ、いや、シスターが手引きしてたんだろっ!?」


「……それは、彼のせいです」



 私に指差されたロキは、否定をしなかった。

 一瞬遅れて、村人たちの声が夜空に響く。



「ゆっ、勇者様のせいだと!?」

「はい。私が村の周辺を歩くことで、魔獣の侵入を防いでいました。獣の習性である縄張り意識を利用したものです。ですが最近は彼が毎日死ぬせいで業務量が増え、その時間の確保が難しくなっていたんです。現に今日も、出発がこんな時間になってしまいました」


「いや、その、夜の散歩時間が少なくなれば、シスターの危険が減る思うと、歯止めが効かなくなって、つい……」



 視線を斜め下の何もない地面へと向けながら弁明したロキの言葉は、本人を除いてここにいる全ての人にとって理解し難いものだった。

 答えに窮した村人達は、議題を転換する。



「おい! どうするんだ! あの女はこの村を守っていたんだぞ!?」

「いや、どうするもこうするも決まってるだろ! 魔族なんて恐ろしいもの、信用できるか!」



 私の処遇を言い合う村人たちの声が聞こえる。

 勇者が私を討伐しないと宣言したとはいえ、これからも私がこの村にいることを看過出来るかどうかは別問題だ。

 彼らはその是非を、今この場で話し合っていた。



「でも勇者様は、あれを殺さないって言ってたわよ!?」

「バカ言うな、あの姿を見ろ! あんなのが人に化けてこの村に潜り込んでいたんだ、ゾッとするぜ!」

「そうよ! これからもあんな化け物が近くにいるなんて、ごめんだわ!」



 私は彼らの声が、一つの終着点へと向かっていくのが分かった。


 魔族への新しい意識が定着した都市部ならいざ知らず。

 ここは排他的意識の強い、小さな小さな辺境の村だ。それに比例して人々の許容範囲も狭い。

 異形で異端。そんな私を彼らが受け入れることなど、到底無理な話だった。

 


 お父様、ごめんなさい。

 貴方の守ってきたこの地を、貴方の眠るこの地を守れない私を許してください……。



 落ちた涙が土を濃く染めていく。

 まるで心まで暗く蝕まれていくようだと思った。



「じゃあ行こう、シスター」



 懺悔と共に冷たい地面を見つめる私の耳に聞こえてきたのは、この事態を引き起こした張本人であるロキの声だった。



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