第98話 文化祭準備、始動
「メイド喫茶を提案する」
『え────────っ!?』
俺がそう提案した瞬間、クラス内では女子生徒たちの悲鳴が上がる。
「ちょっと、どう言うこと!?」
「そうよ! どうしてそんなメイドの真似事なんて!」
「どうせ、いやらしい目的なんでしょう!」
「ほんっと。男っていやらしいんだからっ!」
「そうよ! そうよ!」
「これだから男子はっ!」
非難轟々である。
現在、起立して発言をした俺に対して、全ての非難が集中する。
その一方で、アメリアは神妙な面持ちで黒板の前に立っており、男子生徒もまた黙ってその成り行きを見守っている。
エリサも覚悟を決めたような表情で俺のことをじっと見つめている。
これは全ての計画通りである。
ある種のパフォーマンスであり、俺はその非難を全て受け入れる。そんな様子を、他の男子生徒が羨望の眼差しで見つめているのを感じ取る。
まるで、「無茶しやがって……」と言わんばかりの表情だ。
さてここからが本番だ。
──任務を達成するために、手段など選んではいられないのだから。
と言うことで、どうしてこのようなことになっているのか。それは昨日に遡ることになる。
◇
無事に新学期が幕を開けた。
次にやってくる大きなイベントと言えば文化祭だ。ある程度リサーチをしてみると、色々と分かった。
まずはクラスによる出し物。さらに各部活も出し物をして良いようで、どちらともに生徒会への申請を通る必要がある。
企画書の段階で申請をもらうことが出来なければ、クラスや部活での出し物は許可されない。
それは個人での出し物も同様だ。
例年、学内にある講堂で個人や有志団体でパフォーマンスをする生徒などもいるらしい。
残りはミスコンテストとフィジークコンテストだ。これは自薦、他薦による参加でこのアーノルド魔術学院の生徒ならば誰でも参加できる。
ミスコンテスト。
通称ミスコンは女子生徒の美貌を競うもので服装、髪型は自由。昨年はレベッカ先輩が優勝していると記録が残っている。
フィジークコンテストは男子生徒が参加できるものだが、これは主に身体のバランスやボディラインを競う大会だ。重要なのは逆三角形の上半身。
下半身はボディビルと異なり、サーフパンツを履くので脚はボディビルほど審査対象にならない。
ちなみにこちらは部長が三連覇を果たしており、圧倒的な優勝をもぎ取っている。今年も優勝するとの呼び声が高い。
そして最後には後夜祭ということで、夜にキャンプファイヤーを囲むようにして、ダンスパーティーを屋外で開いて終了。
ここでカップルができることが多いとか、どうとか……というのがこのアーノルド魔術学院の文化祭と言うものらしい。
「ふむ。なるほど……」
図書館でその情報を手に入れた俺は、とりあえず全体の概要を把握した。
と言っても、やるべきことはクラスの出し物と部活での出し物だ。
部活の方は先輩たちが主導でやるだろうし、クラスの方はきっとアメリアがリーダー的な存在なので彼女が仕切ってくれるだろう。
新学期が始まった時に、アメリアが文化祭実行委員になったのもありそれは間違い無い。
俺以外の生徒はみんな以前の学校で経験があるだろうから、クラスの方で俺の出る幕は多くはないだろう……そう、思っていたがどうやら事は大きく変化していくことになる。
「レイ! いた! ここにいたのね!」
「アメリア、どうした?」
放課後。
すでに夕暮れ時となった。日が暮れる時間も徐々に早くなってきており、それに涼しくもなってきている。
秋が近づいている証拠だ。
それと同時に、文化祭が迫っている証拠でもある。文化祭まであと一ヶ月程度だからな。
そして後ろから声をかけられたので振り向くと、肩で息をしているアメリアがいた。黄昏に光に照らされながら、彼女はゆっくりと近づいてくると思いがけないことを口にした。
「ちょっと街にまで行かない?」
「今からか? 時間はいいのか。門限もあるだろう」
「大丈夫よ! それに学内では話しにくい内容なの。お願い……」
懸命にそう言ってくるアメリアの願いを無碍にできるわけなどなかった。
俺はすぐにその提案を了承する。
「了解した。それに、そうだな。日が暮れても、俺がアメリアを女子寮まで送り届けよう」
「うん。そ、その……ありがと……って! 危ない、危ない……とりあえず、早くいきましょう!」
俺はアメリアに手を引かれながら、街へと繰り出していくのだった。
「で、内容は?」
「その……えっと……」
中央区。
そこにある小さな喫茶店にやってきていた。すでに注文した品は届いており、俺はブラックコーヒーでアメリアは紅茶を頼んだ。目の前にはカップが並び、わずかに湯気を立てていた。
アメリアはどうにも渋っているようだったので、まずは俺がそう口にした。
「文化祭の出し物で相談なんだけど……」
「む。しかし俺は初参戦だ。他の生徒、それに先輩に相談した方が適任だと思うが」
「いや、実は……提案する出し物は決まっているのよ」
「なら何が問題なんだ?」
「その実は……め、メイド喫茶をしてみたいなって!」
「メイド喫茶? それはメイドが喫茶店で働くと言う意味合いで間違い無いだろうか?」
「そう! そうなのよ! 聞いて。昨今、メイドの服装に注目が集まっているのは知っているわよね?」
「いや存じ上げないが」
「なるほど。一から説明する必要があるようね」
彼女は優雅な手つきで紅茶を口に含むと、一度だけ間を置く。その雰囲気はなんと形容すべきなのだろうか。
だが、一つだけ確かなものがあった。
それは、アメリアは間違いなく本気でこの文化祭に取り組もうとしていることだ。
その目つきはいつもとは異なり鋭くなり、表情にも緊張感が如実に現れている。
──ここまで本気のアメリアは、魔術剣士競技大会以来だな。
そして彼女は持っていた鞄から紙を取り出すと、それを俺に渡してくる。
「これは?」
「参考資料よ。それに今日の打ち合わせの予定」
「なるほど。では、拝見しよう」
目を通すと、どうしてメイド喫茶を企画するに至ったのか。また、それを実現するための予算と課題。アメリアはしっかりと下調べはしているようで、概ね実現できそうな内容であった。
だがもう一枚紙をめくると、そこには【超重要課題】と書かれている記述があった。
一番の問題は、メイド喫茶を実現するまでの過程にあると。
具体的には、女子生徒の反発。これをいかに切り抜け、メイド喫茶を俺たちのクラスの出し物にするか……と言うことが目下の課題だった。
「アメリア。目を通したが、俺はいいと思う。しかしどうして女子生徒の反発が起こるとわかる? 男子は反発しないのか?」
「……」
背筋が凍るような緊張感。
アメリアはテーブルに両肘をついて、手を顔の前で組むような形で静止している。
それをゆっくりと解くと、彼女はその重い口を開いた。
「……私たちのクラス、貴族の子が多いじゃ無い?」
「あぁ」
「貴族の人間がメイドの真似事なんてしたいと思う?」
「なるほど……得心した」
つまりは、メイドになりきるとは言えその立場になるのはプライドが許さない……と言ったところだろう。俺は貴族への理解が浅いため、すぐには理解できなかったがそう言うことか。
しかし、その理論でいけば男性も女性も関係ないだろう。
どうしてアメリアは女子生徒だけに絞っている? 俺が見えていない何かが見えているのだろうか。
「アメリア。概要は理解した。しかし、どうして男子は反発しないんだ?」
「いつだって男性は、メイドが好きだからよっ!」
高らかに宣言するアメリア。それは今までの緊張感をぶち壊すものだった。彼女は意気揚々と立ち上がると、早口で捲し立てるようにして語る。
メイドと言う存在の、その魅力を。
「いいレイ。メイドはね、とっても魅力的なのよ! いつも従順でいると思いきや、時折見せる妖艶な表情! それにあの服装も素晴らしい! 派手さはないものの、最低限の美しさがそこにあるっ! 私の提案としては、クラスでのメイド服はスカートの丈を短くしようと思うの! きっとこれは次のトレンドになるわっ! あーもー! 自分の天才性が恐ろしいわ……! 儚く主人の一歩後ろに存在するメイドが、ついにその存在感を示すのよ! これは滾る、滾るわっ!」
「……」
「はっ!?」
アメリアはハッとして、顔を真っ赤にしながら着席する。
「ご、ごめんなさい。ちょっと感極まって……」
「……」
「れ、レイ? な、何か言ってよぉ」
「──素晴らしい」
「え?」
「アメリア。君は本当に天才だったようだな。これはイケる、イケるぞ! 俺もまた言われてみてその魅力に気がついた気がする」
「本当!?」
「あぁ!」
「そ、そうよね! それにうちのクラスは可愛い子が多いし、きっと映えると思うのよっ! ぐ、ぐへへ……」
「間違い無いだろう。旧態依然とした体制に風穴を変えるのは、いつだって天才の存在だ。アメリア。微力ながら、協力したいと思う」
「じゃ、じゃあこうしましょう──」
その後、俺たちは時間も忘れて打ち合わせに没頭する。
これは、このアーノルド魔術学院始まって以来の【伝説のメイド喫茶】が誕生するまでの軌跡を、追いかけたものである──。




