第95話 初めての共同作業
「レイさん。すみません、お待たせしてしまいましたか?」
「いえ。自分もいま来たばかりですので」
「ふふっ……」
口元に手を当てて笑うレベッカ先輩。
そんな先輩は大きなトートバックを肩にかけて、服装はシンプルに真っ白なワンピースだった。特にフリルや刺繍などの装飾はなく、無地の白いワンピース。
それがこんなにも似合っているということは、それほどまでにレベッカ先輩が美しいということだろう。
それに髪型も今日は低い位置でツーテールにまとめている。
いつもよりも少しだけ幼く見えるが、それが逆に先輩の魅力を引き立てている。
「その、なんだかデートみたいだなぁ……って思いまして」
「そうですね。言われてみれば、その通りですね。光栄です」
「……そ、そうですか。ちょっと照れますね、あはは」
そして俺はいつも通り、その容姿を褒める。これは師匠に徹底されており、常に女性にはそうしろと言われているからだ。
「髪型も服装も大変よく似合っています」
「あ……その、そうですか? 一応、販売をするということでそれなりの格好はしてきたつもりですけど……ちゃんとしていますか?」
「はい。可愛らしいかと」
「……」
「どうしました?」
「いえ。なんでもありませんよ。ではいきましょう!」
「はい!」
中央区の噴水の前に集合した俺たちは、そのまま目的の場所へと向かっていく。
なんでも話によると、この手の即売会は三年ほど前から開催されているようで、レベッカ先輩はそれに全て参加しているらしい。ちなみに売る側になるのは、今年が初めてらしいが。
そして二人でやってきたのは、変哲もない建物の前。一階には飲食店が入っており、二階には雑貨屋がある建物だ。しかしここには、別の入り口があるらしく……。
その建物の裏口にやってくると、扉があった。そこを開くと、あの園芸部の部室にあった隠し扉のように地下へと伸びる階段が続いていた。
「行きましょうか」
「はい」
俺たちはその階段を降りていって、地下の扉を開ける。そこは薄暗い場所で、どうやら受付をしているのが伺えた。
室内にいるのはほぼ女性で、それに大人の女性が多いように思えた。どうやら学生らしい人間の姿は今は見えない。
「これを」
「はい。受け取りました」
そしてレベッカ先輩が何か紙のようなモノを渡す。ここは完全予約制らしく、買い手であろうと、売り手であろうと、そのチケットがないと入ることができないらしい。
受付の方がレベッカ先輩からそのチケットを受け取るが、俺はその受付の人に妙に覚えがあるというか……完全にあの人ではないだろうかと、疑問が生じる。
「あの、もしかしてカーラさんですか?」
「え?」
「やっぱり。雰囲気が少し違いますね。でもよくお似合いだと思いますよ」
「……レイ様。少しよろしいでしょうか」
「はい。構いませんが」
カーラさんにそう言われて、俺は室内の隅の方へと連れて行かれる。レベッカ先輩には、「少しだけ待っていてください」と伝えておいた。
「レイ様。どうしてここに? ここは男性が来るような場所ではないですよっ!」
「しかし、男の方もいるようですが」
「あの人たちは例外ですっ!」
「はぁ……そうなのですか。それで、カーラさんはどうしてここに?」
「う……」
いつもは無表情で無感情なカーラさんが、今日は普段と違ってものすごく感情的である。それにすごく焦っているような、そんな気がした。
「実はこの即売会の……運営をしておりまして」
「おぉ! ということは、カーラさんも芸術を愛する方なのですね!」
「ん? 認識に齟齬があるような……ここはどのような書籍を売るかご存知で?」
「レベッカ先輩のものは、漫画ですね。男性同士の恋愛を描いたものですが」
「そうです! ここはそういう場所なのですっ! だから早くお帰りくださいっ! そしてくれぐれも、このことは主人には内緒にしていただけると……」
その目が俺の双眸を射抜いてくる。さらには、カーラさんの表情は必死だった。しかしもちろん、俺は誰の趣味にでも理解を示す所存だ。
「分かりました。師匠には絶対に口外しません。カーラさんにも事情があるようですから」
「それは……助かります」
「しかし、今回の即売会には参加します」
「どうしてですか!? だってここはその……男性同士の恋愛を好む人が来る場所なのですよっ!」
「ふむ……なるほど、そういうことでしたか」
「そういうことです……ですから、今日のことは忘れて──」
「いえ。自分はレベッカ先輩の手伝いをすると決めたので。それに、何が好きでも俺は軽蔑などしません。だから参加させてくれませんか?」
「う……うぅ……わ、分かりました……でも、くれぐれもご内密にお願いしますよ?」
「了解しました」
会話はそこで終了し、俺はレベッカ先輩の元へと戻っていく。
それにしてもカーラさんとあそこまで話したのは初めてというか、彼女にもあのような一面があると分かって俺は少しだけ得した気分だった。
「レイさん。お知り合いの方でしたか?」
「はい。すいません、お時間取らせてしまったようで」
「いえいえ。では行きましょうか」
「はい」
さらに奥の方に行くと、そこには広々とした空間があった。長机がいくつか置かれており、すでに他の女性の人たちが机に書籍を置いて販売の準備をしている。
「え、男性?」
「男の人? どうして?」
「珍しい……でも、カッコいいけど……」
「もしかしてこっち系の人?」
「えーなにそれー。でも、ちょっと良いわねそれ……ふふふ……」
ふむ。男性の俺が珍しいということで、色々と騒がれているようだが別に気にすることもないだろう。今日やるべきことは一つなのだから。
「では、私たちの場所はここなので。準備しましょう」
「はい。お手伝いします」
俺たちは指定された箇所にやってくると、用意されている椅子を後ろの方にズラしてまずは立ち作業で本を並べていく。
レベッカ先輩はトートバッグの中から薄い本を取り出すと、それを積み重ねるようにして並べる。一冊は見本誌と書かれており、それを目立つように立てておく。その後ろには支えるための板を立てておく。
約五分程度で準備は完了した。
「先輩」
「はい。なんでしょうか?」
「これは何冊くらいあるのですか?」
「その初めてなので……二十冊くらい刷ってきました」
「二十冊! お値段は?」
「一冊、五百アルドです」
「なるほど。勉強になります」
「でも売れるかどうか、心配ですね……」
「レベッカ先輩」
俺は隣で不安そうにしている先輩を見つめる。肩を落として小さくなっているようで、少しだけ震えていた。
俺には理解できない気持ちだ。創作活動をして、ましてやそれを売ろうなどとは夢にも思ったことがないからだ。
しかし、レベッカ先輩が不安がっていることはわかる。
だから、以前のようにそっと両手を包み込むようにして先輩を励ますことが、俺に今できることだ。
「絶対に大丈夫とは言いません。しかし、自分は先輩の本に心を打たれました。きっと他の方の心にも響くはずです。そう信じています」
「レイさん。その……あ、ありがとうございます。いつも励ましてもらって」
「いえ。この程度のことでしたら、いつでも」
そしてついに販売する時間となり、先輩の初陣が始まることになった。
「一冊ください」
「ありがとうございますっ! レイさんっ!」
「五百アルドになります。確かに受け取りました。こちら、商品になります」
「「ありがとうございましたーっ!」」
二人で頭を下げる。
レベッカ先輩の心配はどうやら杞憂だったようで、開始一時間にして半分は売れてしまった。見本誌を見た女性は、買わない人もいたがどちらかといえば買う人の方が多かった気がする。
「先輩、売れ行き良いですね」
「そ、そうですね……ちょっと信じられなくて……でも、嬉しいですっ!」
「この調子で最後まで頑張りましょう!」
「はい!」
二人でソワソワとしながら待っていると、次のお客がやってきた。だがそれは、まさかの人物であり俺は少しだけ喜びの声を上げてしまう。
「エリサ! エリサじゃないかっ! 奇遇だな!」
「え……れ、レイくん……え?」
ポカンとしているエリサ。
完全に停止しているが、大丈夫だろうか。
と、エリサはすぐに意識を取り戻したようで俺の方に顔を寄せて小声で話しかけてくる。
「ど、どうしてここにいるのっ!?」
「同じことを聞かれたが、先輩の手伝いだ」
「先輩?」
エリサは俺の隣に座っているレベッカ先輩をチラッと見ると、慌ててその場でお辞儀をする。
「あ! レベッカ先輩! お久しぶりですっ!」
「エリサさん、お久しぶりですね」
「も、もしかして先輩が本を出しているのですか?」
「はい。レイさんはちょっと色々とあって、お手伝いをしてもらっています」
「……レイくんは、ここがどういう場所か理解しているんですか?」
「はい。彼は理解がある人ですよ」
「そ、そうでしたか……」
エリサは再び俺の方を向くと、恥ずかしそうにこう告げてくる。
「レイくん……みんなには内緒にしてね?」
「あぁ。もちろんだ」
「じゃあその……一冊ください」
「毎度ありっ!」
その後、エリサはペコペコと何度も頭を下げて俺たちがいる場所から去っていった。
「エリサさんは同族の匂いがしていましたが……やはり、私の直感はあっていたようですね」
「なんと! そんなことも分かるのですか!?」
「えぇ。同族の方はなんとなく理解できます」
「さ、さすが先輩です……尊敬します」
「ふふん。そうでしょう?」
と、珍しく胸を張って自慢げにそう語る先輩。
そんなレベッカ先輩の新しい一面を見ることができて、俺は嬉しかった。
先輩は一見すれば、なんでもできる完璧な人のように思えるが実際にはお茶目なところもあるのだと。それを知れただけでも、今日は来た甲斐があった。
その後は貴族の令嬢や、奥方などがやってきて挨拶を交わしてから本を購入してもらった。意外とこのような場所にも貴族の方々はやってくるのだと、大変勉強になった。
そして無事に全ての書籍を売ると、本日の即売会がちょうど終了になった。
「はぁ……緊張しましたけど、良かったです。まさか全部売れるなんて!」
「先輩の力だからこそですよ。やはり、あの本は素晴らしいものでした」
二人で帰り道を進む。すでに今は黄昏時。日が暮れそうということで、俺は先輩を家まで送ることにした。アーノルド王国は犯罪率が低いものの、ゼロではない。何かに巻き込まれることも考慮して、俺は先輩を自宅まで送っていく。
「……そう言ってもらえて嬉しいですけど。でもやっぱり、レイさんがいてくれて心強かったです。本当は一人で来る予定でしたので、不安で……それに、お誘いできるお友達もいなくて……はじめは恥ずかしかったですけど、レイさんに知ってもらえてよかったです」
「そう言ってもらえて、恐縮です」
二人で今日の感想を話し合っていると、先輩の自宅に到着してしまった。楽しい時間は経過するのが早いというが、今日は本当にあっという間だった気がする。
そして、レベッカ先輩は屋敷の門を開けると、そのまま恭しく一礼をして別れを告げる。
「レイさん。また新学期にお会いできることを楽しみにしています」
「はい。自分もまた先輩に会えることを心より楽しみにしています。また何かお手伝いできることがありましたら、いつでもお呼びください」
「いえ。実は、最初で最後だったのです……楽しい思い出を、ありがとうございました。レイさんと一緒で、本当に嬉しかったです」
先輩は微笑んでいる。だがその雰囲気はどこか、哀愁が漂っていた。夕焼けの光に照らされながら、突風が吹いた。先輩は靡く髪を押さえながら、悲しそうに俯いてしまう。
顔は見えないが、地面に滴の跡が残る。もしかして、涙を流しているのだろうか。いや、間違いなくそれは涙だった。ポタ、ポタポタと地面にその跡が生まれる。
「それはどういう──」
意味でしょうか。
と、言葉にするのを遮る様に先輩は身を翻して屋敷へと向かってしまう。
「レイさん。また、新学期に……」
「はい……」
どこか様子がおかしい。先輩は涙を拭うと、そのまま去っていく。俺はその際に、ある言葉が聞こえた気がした。でもそれはあまりにもか細く、俺の気のせいかもしれない。
きっとここで引き止めて、声をかけるべきなのだろう。しかし、先輩の雰囲気は全てを拒絶するようにして……まるで、触れるなと言わんばかりに扉の先に消えていってしまう。
結局俺は、なんて声をかけて良いのか……分からなかった。
こうして、俺の夏休みは釈然としないまま終了した。
そして夏休み明けの学院では、ある噂が広がっていた。
「ねぇ、レイ! 聞いてよっ!」
今日は長期休暇が終わったばかりということで、来ている生徒はまだ少ない。エヴィも少しだけ遅れていくと言っていた。
そんな中、教室でアメリアに会うと彼女は俺の机の方に詰め寄ってくる。
「どうした、アメリア。何かあったのか?」
「レベッカ先輩が、婚約したらしいのよっ!」
「婚約……?」
新しい日常がやってくる。
それと同時に、これが波乱の幕開けになることを──俺たちはまだ知らない。
・追記
ページ最下部にて、書籍版の情報を公開しています。イラストの担当は【梱枝りこ先生】になります。講談社ラノベ文庫様より、書籍2巻が11月2日(月)に発売です! また、コミックス第1巻は11月9日(月)に発売です!
文庫サイズでお求めやすいお値段となっておりますので、よろしくお願いいたします!
・あとがき
番外編 Summer Vacation 終
第三章 麗しき花嫁 続
この度は、読者の皆様に重大なお知らせがあります。
本作【冰剣の魔術師が世界を統べる】ですが、【講談社ラノベ文庫様より書籍化!】&【講談社マガジンポケット様(少年マガジン公式漫画アプリ)にてコミカライズが決定!】しました!
さらに、すでにイラストレーターの方も決まっております。イラストレーターはなんと……【梱枝りこ先生】です! ライトノベルのイラスト、さらにはPCゲームのイラストなども数多く手掛けてきた超有名イラストレーターさんです! まさかのご縁で、本作を担当して頂けることになりました。すでにキャラデザも上がっており、本当に素晴らしいものでして……(泣。
ということで、【書籍化】【コミカライズ】【イラストレーターは梱枝りこ先生に決定】の三点が重大なお知らせになります。
また新しい情報などがあれば、最新話あとがき、活動報告、ツイッター(フォローよろしくです!)などで共有しようと思います。→【Twitterアカウント名:御子柴奈々(みこしばなな)。ID:@mikoshiba_nana】
最後に謝辞を。本作がここまでの作品になるとは、連載当初は夢にも思っていませんでした。これもひとえに、読者の皆様おかげです。改めて、感謝を。本当にありがとうございます!
書籍化作業などもありますが、Web版更新はまだまだ続けていきますので! 明日から三章開幕です!
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それでは、これからも本作をよろしくお願いします!




