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第94話 レベッカ先輩の秘密


 園芸部へと向かう。


 夏休み中はほぼ全ての管理を俺がやっていた。部員の方々は貴族として忙しいようなので、率先して引き受けたのだ。


 俺が実家に帰っている間は、ディーナ先輩、それにレベッカ先輩も水やり、肥料を変えるなどの作業をしてくれていた。


 現在は、夏休みも終わりに近いがまだ寮に帰ってきていない園芸部の方たちも多い。


 ということで、いつものように鍵を開けて植物の管理と室内の清掃を行う。


 清掃の方は別にこの部屋はいつも清潔に保たれているので、毎回する必要はないとディーナ先輩に言われたが、それでも最低限のことはしておく。


 ほうきを手に持つと、わずかに残っている塵や埃を一か所に集めてそれを塵取りに入れてからゴミ箱に捨てる。


 ゴミ箱の袋の口を閉めると、それをゴミ捨て場に持っていき今日の活動も終了か……と思っていると、俺は何か違和感を覚える。


 ──本棚の位置がずれている?


 それはただの直感に近いものだ。


 本来ならばこんなことは気にしないし、普通に無視しておくだろう。だがどうしても気になってしまったので、その本棚の前に立ってみる。


「……位置は変わっていない」


 と、俺はその場にしゃがんでみる。するとそこには、引きずったような跡が微かに残っていたのだ。


 それにインクの染みの痕跡もそこにはあった。


「待てよ、これは……」


 敢えて声に出すことで、思考を整理する。


 本棚の下にある引きずった跡。それにインクの痕跡。


 しっかりと綺麗に拭き取ってあるが、至近距離で見ればそれはインクがこぼれた跡だというのは理解できた。


 そして思い出すのは、レベッカ先輩の言動。


 先輩は、あの日……俺が室内に入ると慌てて何かを隠すようにして出て行った。そして残ったのは、インクの痕跡。


「やはりこれは、何かあるな」


 俺はさながら探偵の如く、この謎を解くために行動を開始した。


 まず気になるのはこの本棚だ。そもそもどうして引きずった跡がある? 引きずるということは、この本棚を動かしている人間がいるということ。


 もしかすると、これは……。


 俺が自分の過去の経験から思い出されるのは、隠し扉の類だ。極東戦役の際に、任務中に隠し扉の類を発見したことは多々ある。そして本棚の後ろに隠し部屋が広がっている……その可能性もゼロではない。


 ということで、俺はまずは力ずくでこの本棚を動かしてみることにしたが……。


「……動かない、か。何かで固定されているのか?」


 本気を出せば、というよりも破壊するつもりでやればいいのだろうが、流石にそうする訳にもいくまい。ということで俺は本棚にある本をいくつか取り出すと、その中を確認する。


 しかし仮に誰かがこれを日常的に使っているとすれば……男性の線は消えるだろう。今現在は園芸部に入ることができる男は俺だけ。


 つまりは、女性の身長から考えて中を調べれば……。


「あった。なるほどな」


 棚の上ではなく、中央の右の隅に魔術の痕跡を発見。それは、六芒星の形をしていた。おそらくは、第一質料プリママテリアを流し込めば、起動するのだろう。


 そして俺は少量の第一質料プリママテリアを流し込んでみると……。


 ゴゴゴゴゴ──と音を立てて、本棚が回転し始めた。


「階段?」


 本棚の後ろに隠れていたのは、階段だった。それも地下に続く階段。その先には闇しか広がっておらず、普通ならば入るのは躊躇するだろう。


 しかし今の俺は好奇心が先行している上に、もしかすると危険なものである可能性もある。


 園芸部の先輩方を危険に晒すわけにはいかない。


 俺はある種の使命感を抱きながら、その階段を降りていくのだった。



 ◇



「明かりはあるのか、どうやらかなり薄暗いものだが……」


 階段を降りていくと微かに明かりが灯っている。間違いなく誰かが日常的に使っているのだろう。そして俺はすぐに、行き止まりにたどり着く。


 だが行き止まりと言っても、扉があるのだ。どうやら鍵穴は存在しているようで、もしかすれば鍵がかかっているのかもしれない。


「まずは……」


 とりあえずダメ元でドアノブを回してみる。


 するとガチャリと音を立てて、扉が開いた。鍵はかかっていないようだ。


 そして俺の視界に入るのは──。



「あら? ディーナさんですか? 今日は来ない予定で……は? え?」


 室内は明るい。


 薄暗い階段とは違い、しっかりと明かりが灯っていた。それに加えてそこにあるのはL字型の長机と複数の椅子。


 机の上には書類が広がっており、そしてその目の前には……女性がいた。


 俺のよく知る、とてもお世話になっている先輩が。


「レベッカ先輩、ですか?」


 なぜ、疑問形で尋ねているのか。

 

 それにはもちろん理由がある。


 なぜならば、先輩はラフな赤い寝巻きのような服装をしていて、いつもはかけていない眼鏡をかけていたからだ。


 髪は乱雑に後ろにまとめて、おおよそいつも美しく身なりを整えているレベッカ先輩とはかけ離れていた。


 それでも原型はしっかりと残っている。


 目の前にいるのは、間違いなくレベッカ先輩だ。


 しかしどうして、こんなところに……?


 そしてポカンとしているレベッカ先輩はガタッとおののくようにして椅子から立ち上がると、その際に一枚の紙が俺の手元へと流れるようにして落下。


 それを拾って、目を通すとそこには……。


「カートゥーン? いやこれは、漫画ですか?」


 活版印刷の登場により、本が世界的に広まったのは有名な話だ。しかし昨今、確か……漫画なるものが世間に登場したことは記憶に新しい。


 曰く、絵を書いてそれにセリフをつけるのだとか。俺はいまいちにそちらの文化に詳しくないが、確かキャロルが何冊かその手の本を持っていた気がする。


 そして、そこに描かれていたのは、二人の男性が絡み合うようにして抱き合っているものだった。それにセリフも書いてある。


「俺はお前のことを、ずっと前から愛してるぜ……? レベッカ先輩、これは?」

「う、うわああああああああああああああああああっ!!」


 レベッカ先輩は、俺の方へと必死に走ってくるとその紙を乱暴に奪い取った。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 呼吸が荒い。それは別に走っただけが原因では無いだろう。明らかに、動揺しているのが分かる。


「先輩、これはどういうことですか? この部屋も、レベッカ先輩がしているのはもしかして……?」

「うっ! ち、違うんですよレイさん! これには理由が、理由があってっ!!」

「なんでしょうか?」

「あ……えっとその……うぅぅ……ここまで来たら、話すしかないようですね」


 レベッカ先輩は肩を落として、椅子に屈折(くずお)れる様にして再び座る。そして先輩は残っている椅子に座るように促してくるので、俺も示された椅子に座る。


「まずはそうですね……どこから話しましょうか」

「この部屋は一体?」

「この部屋は、そうですね。実は昔からずっとある隠し部屋だそうです。と言っても、初代園芸部の部長がこっそりと栽培したい植物があったから作ったものみたいですが……」

「なるほど。それで今は、レベッカ先輩が活用していると?」

「そ、その……はい。そうですが……」


 顔を真っ赤にして、俯いている先輩。それは顔だけでなく、耳まで真っ赤に染まっていた。それほどまでに恥ずかしいことをしていたのだろうか。


 俺としては芸術活動を嗜んでいるレベッカ先輩にはただただ尊敬の念を覚えるばかりなのだが……。


「この部屋は代々園芸部の部長が引き継ぐというか、そんな感じのもので……でも今までは特に使われていなかったんです」

「しかしどうして、レベッカ先輩はここを使用しているのですか?」

「そ、それはっ!!」

「もしかして、ここにある漫画の作業をするために?」

「う……そ、そうです……」

「自宅ではしないのですか? 漫画を書くならばここよりも、そちらの方がいいでしょう」

「それはその……恥ずかしいので。それにきっと家族にバレるとその……問題になりそうなので。こっそりやってます……はぃ……」

「なるほど。そうなのですか」


 諸事情があるのだろう。俺はなんとなくその背景を悟った。確かに自分の創作したものを見られるというのは、ある程度の羞恥心を伴うのかもしれない。


 そう考えながらも、俺はレベッカ先輩の手元に寄せ集められている紙に目が吸い寄せられる。


「み、見ちゃダメですよっ!」


 慌てた様子でそう言うレベッカ先輩。しかし、どうしても見てみたかった。あの一ページだけでは、気になってしまう。


「ダメですか? 先ほどの絵は大変素晴らしいものでした。先輩はすごいですね。芸術活動にも通じているとは。本当に尊敬します」

「そ、その……良かったですか?」

「はい。大変素晴らしいものでした。芸術には疎い自分ですが、それでも心打たれるものがありました。絵画を鑑賞することはありますが、漫画というものにはあまり触れることはなかったので。あれをレベッカ先輩が描いていると思うと、自分は感嘆するばかりです」

「へ、へぇ……その実は、恋愛をテーマにしているんですけど」

「なんと! 恋愛ものの漫画ですか! 恋愛小説は読んだことがありますが、恋愛漫画は読んだことはありません。是非、拝見させてください!」

「あ、えっとその……ちょっとばかり問題があるのですが」

「なんでしょうか?」


 先輩は体をソワソワと僅かに揺らしながら、俺の顔を上目遣いでじっと射抜いてくる。


 そしてレベッカ先輩はその瞳を潤ませながら、こう言葉にした。


「だ、男性同士の恋愛なんですっ!」

「男性同士、ですか?」

「は、はい。そのへ、変ですよね? あはは……ごめんなさい。これは聞かなかったことに──」

「先輩」

「ひゃいっ!」


 俺は不安そうにしている先輩の手を、そっと優しく包み込む。


「同性愛には理解があります。以前所属していた場所では、同性愛者の方もいましたので。それに、人の趣味を変と思うわけがありません。レベッカ先輩は好きなのでしょう? 人の好きなものを頭ごなしに否定するわけがありません。それに恋愛をするのに、性別は些細なことです。そこに確かな愛があれば、いいのではないでしょうか?」

「れ、レイさん……」


 その瞳はまだ揺れている。でもそれは、先ほどのような不安には染まっていない。どこか期待するような、そんな色が込められている気がした。


「分かりましたっ! では、読んでみてくださいっ!」


 先輩は手元にある紙の束を俺に渡してくる。その手は未だに震えていた。


 俺はニコリと微笑みながらそれを受け取る。


「拝見させていただきます」


 ペラっと、ページをめくっていく。


 静寂。


 圧倒的な静寂がこの空間を支配する。


 俺は真剣にレベッカ先輩が描いたという漫画を読み進めていく。それは話に聞いた通り、男性同士の恋愛ものだった。だが俺は理解した。性別は確かに男性同士ではあるものの、ここにあるものは間違いなく純愛だと。


 互いに好きだというのに、その性別が故に踏み切れない。


 だが最後には想いを伝えあって結ばれる。様々な葛藤を乗り越えて、たどり着いたその結末。


 俺はその物語と素晴らしい絵に浸ると、最後のページまで読み終わった。


「ふぅ……」

「ど、どうでしたか?」


 両手をギュッと握りしめて、そう尋ねてくるレベッカ先輩。


 俺はもちろん、正直な感想を彼女に伝える。


「素晴らしいですっ!」

「え?」

「これはすごいですよ先輩っ! 感動しましたっ! 文字だけの小説とは違う、新たなエンターテイメント! 漫画ではキャラクターの表情なども可視化されているので、理解しやすい! 先輩、これはすごいですよ!」


 これが俺の感想だった。


 レベッカ先輩は絵も素晴らしく上手い。それに、話の構成も素晴らしいものだった。レベッカ先輩はきっと、この芸術世界において頂点に立つお方だと俺はすぐに理解した。


「ほ、本当ですか?」

「はい! すごいですよこれは! 絵も上手いですが、話の構成が素晴らしい! 人物の葛藤がうまく表現できているというか……素人の自分が評価するなどおこがましいですが、ただただ感動しました」

「え、えへへ? そ、そうですか? よかったですか?」

「はいっ! 出版しましょう! 今から直談判ですっ! 任せてください。交渉には自信があります!」


 完全に興奮している俺は、意気揚々とこの地下から出て行こうとするがレベッカ先輩にグイッと襟元を掴まれて止められてしまう。


「ま、待ってください!」

「おっと……申し訳ありません。興奮しすぎてしまったようで……」

「いえ。その、とっても嬉しかったのでいいんですけど。実は、これとは別のものなんですけど、製本はしてあって……簡単なものですけど」

「なんと! そうでしたか!」

「それで実は明日、即売会が王国内でありまして……完全予約制の秘密のものなのですが……一般公開はされていません」

「ふむふむ、なるほど」

「それでよかったら、なんですけど……お手伝いしてくれませんか?」

「! それは販売の手伝いをすればいいということでしょうか?」

「はい。実は明日はディーナさんも来れなくて、元々私一人で行く予定だったんですが……やっぱり不安で」

「任せてください! 自分がお手伝いさせていただきます。先輩の素晴らしい芸術活動に協力できるなど、嬉しい限りです」

「本当ですかっ!?」


 瞬間、レベッカ先輩の顔に満面の笑みが広がる。


 今まで微笑んでいる先輩は見たことはあるが、ここまで嬉しそうに破顔するのは見たことがない。きっと、余程嬉しいのだろう。


 ならば俺は、最大限の協力をしようではないか。


 尊敬する先輩のためならば、俺はなんだってしよう。


「レベッカ先輩!」

「はいっ!」

「二人で頑張りましょう!」

「そうですねっ! では、えいえい……」

「「おーっ!」」


 そして俺たちは、この王国で秘密裏に行われる漫画の即売会に赴くことになるのだった。

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