第91話 環境調査部強化合宿
夏休みも残すところわずか。
しかし俺にはまだ最後の予定が残っていた。
それは待望の環境調査部の強化合宿だ。強化合宿と言っても、日数はそれほど残っていないので一週間山に籠るなどはしないらしい。
ちなみに、クラリスが入部したのは記憶に新しいが実はアルバートもまた環境調査部に入部した。元々は、部長に筋トレを習っていたそうだが、その流れで部長に勧誘され、夏休み中に入部したということらしい。
「エヴィ、久しぶりだな」
「レイ! そうだな!」
カフカの森の前に集合と言うことで、俺たちは早速集まっていた。
全員がそれぞれ迷彩柄の服を着用。もちろん、袖はしっかりと長いものである。肌を容易に露出してしまえば、かすり傷などから化膿することもある。
そのため、今回の強化合宿ではこの茹だるような暑さでもこの服装だ。
「お、あれは……」
その視線の先にいたのは、アルバートだった。背中に大きなバックパックを背負ってこちらの方へと向かってくる。
「アルバート。野球以来だな。調子はどうだ?」
俺がそう話しかけると、彼は微笑を浮かべる。
「レイ、それにエヴィも久しぶりだな。調子は……まぁ、そこそこだな」
「しかしそのバルク……この夏に相当仕上げてきたようだな」
「あぁ! 俺もこれには驚きだな!」
そう。アルバートのその体躯は確実に大きくなっていた。劇的な変化ではない。しかし、その胸の厚みと四肢の太さ。それは服の上からでも俺たちならば容易に理解できた。
おそらく、かなりのトレーニングを積んだのだろう。
アルバートの成長は著しい。
俺との戦いを経て、彼は大きく変わった。
傲り、慢心を捨て、愚直に自分と向き合うようになった。
もともと才能はあった、それに努力もしていた。
だがアルバートに足りないのは、その才能に傲ることなくさらに努力を重ねることだった。
決して魔術師の優劣は血統だけで決まるものではないと知った彼は、ひたすらに自己と向き合い……そして手に入れたのだ。
その圧倒的な筋肉を。
俺とエヴィはトレーニング歴が長いので、流石にアルバートよりはバルクはある。
だがそれでも、俺たちは感嘆していた。
それはこの筋肉を手に入れるために、彼が血の滲むような努力を重ねてきたと分かるからだ。
「アルバート。素晴らしいバルクだな」
「ふ、まだレイやエヴィ……それに部長の足元には及ばない。だがこれからも愚直にトレーニングに励む次第だ」
爽やかに微笑むアルバートは、以前と比べて雰囲気が柔らかくなったと言うか接しやすくなったと俺は感じていた。実際に女子生徒からの人気もあるとか。
俺たちは三人は、そうして互いの筋肉を褒めあっているとさらにもう一人……一年生の部員がやってくる。
絹のような艶やかな金色の髪を高い位置で結っている人物。
まさにツインテールを愛し、ツインテールに愛された少女。
クラリスだ。
彼女はその小さな体よりも少しばかり大きいバックパックを背負ってこの場にやってきた。
クラリスもまた、以前のように半袖短パンではなく、迷彩柄の作業着を着用していた。頭には麦わら帽子……それに、よく見ると帽子にはなんとヘラクレスオオカブトであるジークフリートもいた。
「クラリス。元気だったか?」
「えぇ。レイ、久しぶり。それに、エヴィとアルバートも」
「あぁ! 久しぶりだな!」
「俺も夏休み中に環境調査部に入った。よろしく頼む」
「えぇ、そうね。新人同士、頑張りましょ」
握手を交わすクラリスとアルバート。
これで揃った今年の一年生部員。
そんな中、クラリスの頭にいるジークフリートに突っ込まない二人ではなかった。エヴィとアルバートはそれぞれ、クラリスに尋ねる。
「なぁそれって……」
「あぁ。ヘラクレスカブト、だろうか?」
「あ! この子はジークフリートって言うのっ! よろしくね! はい、ジークフリート。挨拶して」
クラリスが麦わら帽子にくっ付いているジークフリートにそう言うと、その巨大な角を上下にブンブンと振って挨拶をする。
なるほど。かなりクラリスに懐いているようだな。流石、クラリス。いいハンターの素質がある。
「うぉ! すげぇな! 言葉を理解してるのか?」
「あぁ……これは興味深いな。もしかして、調教でもしたのか?」
「う〜ん。えっとその……」
と言うことでクラリスはその詳細を話した。
俺と夏休みにこの森に虫取りに来て、確保したのだと。そして逃す際に、なぜか自分のところにやってきたと。
その後の話は俺は知らなかったが、今は家でもずっとクラリスの側にいるらしい。曰く、寝る時も一緒らしいとか。他の昆虫とは異なり、知性があるのか最低限の言葉は理解しているみたいだ。
確かに、カフカの森の昆虫は知性が高い。それこそ魔術的な要因によって、成長した生物は予期しない変化をする。元々魔物も、生物が凶暴に変化したものだからな。
おそらく、ジークフリートもその類なのかもしれない。
「良いハンターは、生き物に好かれる……きっとそのヘラクレスも、クラリスのハンターの素質を見抜いているのかもしれない」
いつの間にか背後に立っているのは部長だった。
その低い声でクラリスのことを褒める。クラリスはその言葉を聞くと、嬉しそうに微笑むのだった。
「あ、その……ありがとうございます、部長っ!」
「ふ……今年の一年は粒揃いだな」
その後、他の部員の方たちも集まり俺たちは早速森の中へと入っていく。
その際に部長から告げられた今回の合宿の目的。
それは、集団暴走を鎮静化すると言うものだった。
集団暴走。
それは、魔物たちが集団で暴走することを指す言葉だ。カフカの森など、このようにさまざまな魔物がいる場所で時折起こるのが、集団暴走だ。
それは自然現象であり、定期的に起こる。サイクルとしては、カフカの森は毎年夏の終わりに集団暴走が起こるらしいので、それを鎮静化するのが今回の合宿の課題としているらしい。
そして現在は、先輩たちとは別行動となり一年生だけで行動している。
基本的な四人一組。前衛はクラリスとアルバート。後衛は俺とエヴィだ。
なぜこのような構成になっているかと言うと、既にハンター免許を有している俺とエヴィは集団暴走の対処には慣れているからだ。
ちなみに、エヴィはシルバーのハンター免許を有している。
今は経験を積ませると言う意味合いでクラリスとアルバートが前衛で魔物と対峙するような構成になっている。
そして四人で動いていると、奥の方からガサガサっと音がし、それがいきなり爆音に変化すると巨大系の魔物が大量に飛び出してきた。
「う、うわっ!」
「む……数が多いなっ!」
クラリスとアルバートは、当然飛び出してきた巨大系の魔物にたじろいでしまう。
俺はすぐにそんな二人に声をかける。
「二人とも、内部コードを走らせろ!」
「「了解ッ!!」」
そうして始まる戦闘。
今回の相手は巨大蜘蛛。
甲虫種の魔物で、全長は約三メートル。個体差もあるが、おおよそそのサイズだ。繁殖周期は普通の蜘蛛と同じだが、一度にあまり多くは出産されない。そのため、全体的な魔物の数で言えば少ない方だ。
だが、厄介なのはその粘着性のある糸だ。しかもこれはただの糸ではなく、麻痺毒も練りこまれているとんでもない代物だ。一度捕まれば、そこで終わり。あとは無残にも捕食されてしまう。
ハンター界隈でも、中々の曲者として認識されているのが巨大蜘蛛だ。
もちろん俺とエヴィはこの程度の相手ならば余裕で相手ができるので、互いに二人のサポートに入る。
「エヴィ。打ち合わせ通り、アルバートを頼む」
「あぁ。そっちはクラリスだな」
クラリスの側に近寄ると、俺は彼女の肩に右手を優しく置く。
「良いかクラリス。巨大蜘蛛はあの糸が厄介だ。知っていると思うが、麻痺毒が練りこまれている」
「えぇ……」
「と言うことは、あの糸に捕まることは許されない。基本的な対処法は、まずは脚を凍らせて身動きを止めることだな。人にもよるが、魔術に長けているクラリスはそれが良いだろう」
「わかったわ!」
クラリスは周囲の第一質料をかき集めると、それをコード理論に従って変換し魔術を発動。
眼前に迫る巨大蜘蛛の脚を、一気に凍らせていく。
──魔術の精度も悪くない。それに、これだけの相手に怖気付くことなく魔術を発動できる精神力は素晴らしい……やはりクラリスは良いハンターになれる。
俺は冷静にクラリスの現状を分析する。
男性、女性に限らず巨大系の魔物に圧倒されて、まともに魔術を発動できない魔術師は数多くいる。むしろ、学院でもこの大量の巨大蜘蛛を前に、ここまで冷静に魔術を使える者は少ないだろう。
クラリスはそんな事実があるにもかかわらず、初見でやってのけた。素直に感嘆すべきだろう。
「よし、あとは俺がやろう」
あとは身動きの取れなくなった巨大蜘蛛を短刀で処理していく。
集団暴走と言うこともあり、かなり興奮しているようで巨大蜘蛛たちは呻き声を上げながら俺たちに迫ってくるも……一閃。
次々と処理していく一方で、エヴィたちの方も順調なようだった。
「お、らああああああああッ!!」
エヴィはその四肢に第一質料を集中させると、そのまま豪快に素手で巨大蜘蛛を殴ることで処理していく。それに伴い、アルバートも持ってきているブロードソードで淡々と処理し続ける。
「やるな、二人とも」
俺はクラリスと協力しながら、こちらの巨大蜘蛛を全て倒し尽くす。
「俺の筋肉が燃えるぜええええええええッ!」
エヴィはそれはもう豪快に暴れ回っていた。
あれはアリアーヌの魔術と基本原理は同じ魔術だろう。ただし、エヴィの場合は圧倒的な筋肉があるため内部コードによる強化はさほど必要ではない。
彼らしい、素晴らしい戦い方だ。他者の魔術を自分なりにアレンジして応用する。エヴィもまた、魔術師として上位に位置しているのは間違い無いだろう。
あの剛腕はきっと、巨大蜘蛛にとっても厄介だろう。
その後ろで目立つことはないが、アルバートも奮闘していた。彼はただ冷静に、目の前の巨大蜘蛛に怖気付くことなく淡々と処理していく。
汗を滴らせながら、アルバートは縁の下の力持ちと言わんばかりにエヴィの漏らした巨大蜘蛛を薙ぎ払っていく。どうやら、立場が逆になっているようだが、しっかりと機能しているので良いだろう。
それから十分後。
俺たちは無事にこの区域の集団暴走の沈静化に成功した。
「はぁ……はぁ……お、終わったわねっ!」
「あぁ。そのようだな」
「はぁ……疲れたぁ……」
「クラリスはやはり、素質がある。あの集団暴走の中で、あれだけ冷静に魔術が使えるんだからな」
「そ、そう?」
「あぁ」
「ふ、ふ〜ん。別に嬉しく無いけどっ!? で、でもレイがそういうならそうなのかもねっ! ふんっ!」
プイっといつものように目を逸らすクラリス。その頬はわずかに朱色が差していた。
そうして四人で集まると、その後は部長たちとも合流。誰一人として欠けることなく、今年の集団暴走もまた俺たち環境調査部の手によって終焉を迎えた。
その後は、もちろん全員で筋トレに励んだ。
森の中でやる筋トレもまた、清々しいものだった。
「う、うにゃあああああっ!」
その中でクラリスは唯一の女性、それもそこまで筋肉量はないが懸命にトレーニングに励んでいた。
俺たちはその後、森で二日ほど過ごして今回の合宿は終了。
清々しい疲労感と共に、俺たちは森を出ていく。
「いやぁ〜、楽しかったな!」
「あぁ。エヴィもかなり張り切っていたな」
「おう! しかしあの二人は……」
チラッとエヴィと同時に振り向くと、そこには死にそうな顔をしたクラリスとアルバートがいた。
「二人とも、大丈夫だろうか?」
「あぁ……俺は問題ない。後は休むだけだからな」
アルバートは大丈夫そうだったが、一方でクラリスはフラフラだった。頭にいるジークフリートも心配しているのか、クラリスの頭をその角で優しく叩いている。
「クラリス、大丈夫か?」
「いや、ヤバイわ。マジでやばい……合宿やばいよぉ……体が痛いよぉ……うん、ちょっと泣きそうかも……ぐすっ」
流石に本格的なトレーニングをしていないクラリスは女子という事もあって、ちょっとだけ泣いていた。
なるほど。これは俺が最後まで見送るべきだろう。
「エヴィ、アルバート。先に行ってくれ。俺はクラリスを自宅まで送る」
「あぁ」
「わかった。ではまたな」
と、二人と別れを告げると俺はクラリスの側に近寄って、その小さな体を背中に乗せて歩き始める。
「わわっ! ちょっと何するのっ!?」
「自宅まで送ろう」
「いや、そんな別にっ!」
「しかし歩くのも辛いだろう?」
「うん……筋肉痛が……」
「慣れるまでは辛いだろうが、頑張っていこう。俺もサポートするから」
「……その、いつもありがと。レイにはその、お世話になってばかりで」
いつもと違い、落ち着いた声でそういうクラリス。初めはジタバタと抵抗していたが、その体重を諦めて預けてくる。
「いや構わないさ。友人ならば、助け合いが大切だ」
「その……もし、レイが何か困ったら。私もその……助けるからっ! だからすぐに言いなさいよっ! あんたは結構抱え込みそうなタイプだから!」
「あぁ。その時はよろしく頼む」
「うん……よろしくされてあげるわ!」
そして俺たちは、そのまま帰路へと着く。
「ではクラリス。また学校で」
「うん。送ってくれてありがと。バイバイっ!」
「あぁ。また会おう」
クラリスがその小さなを手を振ると、頭にいるジークフリートもまた角を大きくぶんぶんと振っていた。
その後、俺が学院に戻ると待ち受けていたのは……部員のみんなだった。
「レイ、戻ったか」
「部長……それにみなさんも、どうして」
「まだやっていくんだろう?」
部長がニヤリと笑うと、他の人たちも同様に微笑む。
「……そうですね。最後にやらせていただきます!」
ということで俺たちこと、マスキュラーモンスターズと評されているメンバーはジムへと向かい、筋トレによって清々しい汗を流すのであった。
この合宿での結論。
──やはり筋肉は偉大であるっ!




