第90話 ステラと遊ぼう!
「う……うぅん……」
「むにゃ、むにゃむ……にゃぁ……お兄ちゃん……」
「ん……? あぁ、そうか今は」
実家にいるんだったな。
改めてそう認識する。ちなみにこの一人用のベッドには、隣に妹のステラが寝ている。久しぶりに帰ってきたという事で、一緒に寝ることにしたのだ。
幸せそうに、寝ているその姿はとても微笑ましかった。
きっと、楽しい夢でも見ているに違いない。
壁にかかっている時計を見ると、時刻は朝の六時。
そろそろ起きる時間か……。
そして俺は、隣で寝ているステラの体を優しく揺する。
「ステラ、朝だ。今日は一緒に遊ぶんだろう?」
「む……むにゃ……んん……」
ゴロンと俺の方に体を向けると、ガバッと抱きついて来た。でもその挙動は明らかに寝ぼけているものではない。俺は半身を起こすと、ステラに話しかける。
「ステラ起きているんだろう?」
「む……流石お兄ちゃんだねっ!」
ガバッと起き上がるステラは飛び上がるようにしてベッドから飛び降りた。
身体のバネがしっかりとしており、流石ステラだ。どうやら、鍛錬は怠っていないようだった。
「お兄ちゃんの筋肉を堪能しようと思ったけど……それはまた今度だねっ! それじゃあ、準備しよう!」
「おう! そうするか!」
ということで二人揃って下の階に降りると、すでにそこには朝食が用意されていた。
両親は二人ともに働いているが、姿はなかった。
実は、父さんと母さんは魔術協会の支部に勤めている。本部は中央区にあるが、こちらの東区の支部の方で二人とも働いている。
いつもはこんなに早くないらしいが、今日はちょっと用事があるということで既に姿はない。
そしてステラと一緒に食事を取ると、洗面所へと向かって二人で並んで歯磨きをする。
「よしっ! 準備完了だねっ!」
「あぁ」
その後、俺たちは外出用の服に着替えると早速外へ出る。
今日もまた、日差しが強く油断してしまえば熱中症になりそうな程だった。もちろんその対策に水分と塩はバックパックに備えている。
二人で並んで、森へと向かう。
俺の実家は、ドグマの森という最高危険度の森が近くにある。といっても、もちろん魔物が漏れてこないように魔術によって構築された柵などで対策はされてあるので、常日頃から危険があるわけではない。
この森に入るには、ゴールド以上のハンター免許を持っている人間の同行が必要となる。
そして俺は森の前にある検問所で、手続きをする。
「ん? レイじゃないか! 帰ってきていたのか?」
「はい。お久しぶりです」
「おじさん! ヤッホーっ!」
検問所にいるのは、この森を管理しているトムおじさんだ。年齢は五十二歳でもうそれなりの年なのだが、この人は実はプラチナのハンター免許を有している。
そのため、この危険なドグマの森を管理できている……という次第だ。プラチナハンターは伊達ではないのである。
「今日はステラちゃんと行くのかい?」
「はい。二人分の許可、もらえますか?」
「もちろんさ。レイと二人なら、安心だな」
「うんっ! お兄ちゃんは超強いからねっ!」
そして書類に俺とステラの名前を書き込むと、そのまま門を開いて中に進んでいく。
セミの泣き声が響いている。それが反響して、この夏の風物詩を改めてこの身で理解する。
それに加えて、魔物の気配もそれなりのものだった。蠢く魔物たちは、俺とステラを遠くからじっと見据えている。
カフカの森も難度はそれなりだが、このドグマの森は別格だ。それこそ、プラチナのハンター試験にも使用されるほど。それに、死者もそれなりの数出ている。まだここが危険区域に指定されていない頃は、呪われた森と形容されていたほどだ。
そして木々を縫うようにして、木漏れ日が差し込む。
ただただ熱気に支配され、茹だるような灼熱が俺たちを照らしつける。
「ステラ、水だ」
「うん!」
二人でまずは水分補給をすると、そのまま進んでいく。
「ステラはいつぶりだ?」
「えっとね〜、三日ぶりかな」
「最近は一人でも来ているのか?」
「うんっ! 実は私も最近ゴールドハンターになったんだよっ!」
「ふ、流石俺の妹だな」
「そうだよ! お兄ちゃんの妹は、なかなかやるのですよ? ふっ、ふっ、ふっ!」
小さな胸を張って、自慢げに語るステラ。だがそれは確かにすごいというか、もはや偉業レベルである。おそらく、史上最年少に限りなく近いのではないかと思う。
ちなみに、今のハンターのレコードは全て師匠が獲得している。確かに師匠は、十五歳にして最高の地位であるグランドハンターになった規格外の人だ。
曰く「なんか受かったわ。ガハハ!」とのことだ。
意味不明である。
そんな師匠と血の繋がりがあるステラもまた、破格の才能を有している。
俺が今の実家で過ごしていた時は、二人でよくこの森に遊びに来ていた。そして俺は、ステラにハンターのノウハウを色々と教え込んだものだ。
ステラは別にハンター志望ではないが、この森に興味があったらしいので二人でよく朝から晩まで走り回ったものだ。
「む……あれは」
「巨大蠍だね」
見つけたのは、巨大蠍。全長は人間の数倍はあろうかというほどに大きい。それにその尻尾は天にそそり立つようにして伸びている。ここの生態系は他の森よりも異常で、数多くの魔物が存在する。
専門家曰く、ここは魔物の宝庫であるらしい。
そのため研究者もよく上位ハンターを雇ってここに来訪してくるらしい。俺もまた、過去にその仕事をしたことがある。
「……キィイイイイイイ!」
金切り声を上げる。
それは普通の人間が見れば怖気付いてしまうが、俺たち二人は淡々とその様子を見つめる。
「さて、やるか」
「待ってお兄ちゃん」
「まさか……ステラ、一人でいくのか?」
「ふふ。成長した私を見せてあげるよっ!」
「わかった。ここは任せよう」
そしてその場から駆け出していくステラ。その右手には、小さなナイフを持っているが……ステラは大丈夫なのだろうか。
そう思うが、それは全くの杞憂だった。
瞬間、その場に巨体を沈ませる巨大蠍。
見るとステラの持っているナイフが既に脳天に突き刺さっていた。彼女は付着した血をヒュッと払うと、俺の方を向いて笑みを向けてきた。
「お兄ちゃん! やったよ!」
「おぉ……すごいな」
ただただ、感嘆する。
もちろんただのナイフによる一刺しではない。魔術を行使したものだが、やはりステラには破格の才能が宿っている。それに魔術の兆候からして、師匠によく似ている。
「よし、じゃあこの調子で行くか」
「うんっ!」
その後、俺とステラはドグマの森のさらなる深部へと迫る。
二人で様々な場所に向かい、そこで魔物と対峙する。といっても片っ端から殺戮しては生態系が狂ってしまうので、間引く程度に抑えておいた。いつもはこの作業を、管理者であるトムおじさんがしているのだが、今日は俺が来ているということで実はこの役目を引き受けているのだ。
役目をこなしていく内にたどり着いたのは、湖。
そこは以前来た時と同じように、水がとても澄んでいる。そして、この湖を前にして何もしないわけではない。
「ステラ水着は?」
「実は下に着ているのでしたーっ!」
バッと服を脱ぎ捨てると、ステラは下に紺色のスクール水着を着用していた。
「よーし、泳ぐぞーっ!」
そのまま飛び込むようにして湖に入ると、ステラは勢いよく泳いでいく。それはまるで魚のように、自由自在に水中を進んでいく。
俺もまた、水着に颯爽と着替えると飛び込んでステラの元へと泳いでいく。
「お兄ちゃん、競争しよっ!」
「あぁ!!」
その後も、俺たちはこの森で様々なことをした。流石にキャンプをする予定はないが、縦横無尽にドグマの森を駆け巡るのだった。
「いっぱい遊んだね〜!」
「そうだな。楽しかったな」
「えへへ! やっぱりお兄ちゃんと遊ぶと楽しいねっ!」
抱きついてくるステラの頭を優しく撫でる。すでに日は暮れつつあり、俺たちは自宅へと向かっていた。二人で手をつなぎながら、過去と同じように帰路へと着く。
久しぶりにステラと遊んだが、本当に楽しかった。これほど充実した時間は久しぶりかも知れない。なんと言っても朝から晩まで森の中にいたんだからな。
「ね、お兄ちゃん」
「ん? どうした?」
「また一緒に遊ぼうね。約束だよ?」
「もちろんだ」
「やったーっ! わーいっ!」
そして二人で仲睦まじく話しながら、歩みを進めるのだった。
◇
「うぅ……お兄ちゃああああああああん! 嫌だよおおおおおおおお!! お別れなんてええええええ! うわああああああん!」
あれから五日ほど滞在して、俺は学院の寮に帰ることになった。
元々日程は伝えていたのだが、ステラは俺に抱きついて離れようとはしない。ギュッと俺の体を掴み、逃すまいと懸命にしがみついてくる。
「レイ、元気でね。また帰ってきてね」
「もちろん。母さんも元気で」
「レイ。何かあったらいつでも頼ってくれていいからな」
「父さんも、ありがとう」
両親とそう言葉を交わすと、最後にステラと向かい合う。視線を彼女の高さに合わせると、優しくその頭を撫でる。
「ステラ。またすぐに会えるさ」
「ほんと?」
「あぁ。今度はステラが遊びにくるといい」
「行ってもいいの!?」
「父さんと母さんの許可が出てからな」
「うんっ! お兄ちゃん、来年は絶対に私も学院に入るから……っ!」
「あぁ。じゃ、行くよ」
三人に別れを告げると、俺は来た道を戻っていく。
獣道を進みながら、左右に伸びている向日葵畑の間を進んでいく。
今日もまた、快晴。
夏特有の、灼熱の日差しが俺を照らしつける。影はいつもよりも濃く、漆黒の影が俺を起点にして後方に伸びている。
ふと空を見上げると、珍しく雲一つなかった。
改めて、この自然の美しさに心を打たれる。
──あぁ、やっぱり綺麗だな。また帰って来よう、絶対に。
そして、一人バックパックを背負いながら俺はこの大地を踏み締めていくのだった──。




