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第78話 エリサと謎の視線


 午前五時。


 俺は園芸部に向かうと、まずはそこにある花と植物に水を与える。それに加えて、薬剤と肥料も入れ替える。こうした地道な作業が何よりも大切と言うことで、俺は課された役目を淡々とこなす。


 実はなぜ俺がこうしているかと言うと、水やり当番を引き受けたからだ。


 園芸部の方々は上流貴族の人がほとんどなので、夏休みは挨拶回りなどで忙しいらしい。


 俺としては実家に戻るのは後になっても良いので、こうして引き受けている次第だ。今日も朝日を浴びながら、俺はいつものように水をあげる。


 こうして少しずつ成長する植物、それに花を見るととても心が落ち着く。


「次は外だな」


 俺は外に向かうと、入学当初に自分で設営した場所に向かう。そこには多くの花が咲いているが、そろそろ俺の好きなマーガレットの季節になる。


 咲くのがとても楽しみだ。


「さて、と」


 全ての作業を終えると、街に向かう準備を開始。


 今日の予定はエリサと二人で街の本屋を巡ることになっている。


 元々はみんなで行こうという話もあったのだが、なかなか予定が合わずに断念。特にアメリアとクラリスは貴族の集まりが何かと多く、大変らしい。


 エヴィはそもそも、学院からかなり離れた場所に実家があるので距離的に集まるのは難しい。


 ということで、比較的実家から街に来るのが容易なエリサと二人で遊びに行くことになった。


 エリサとは本の趣味や勉学的な面でかなり話が合うので、俺としても非常に楽しみにしている。



「少し早すぎたかもな」



 夏真っ盛りということで、俺はシンプルに真っ白な無地のシャツにパンツはジーンズを選択。


 それと師匠にいただいたシンプルなシルバーのブレスレットもつけている。曰く、「相手が誰であっても、身だしなみには気をつけろ」ということなので、俺は服装や髪型にはそれなりに気を使っている。


 それに、エリサはきっと時間をかけて準備をしてくれているに違いない。


 師匠とアビーさんは割とあっさりしているのだが、キャロルにいかに女性の準備が大変かということを幼い頃に力説された時から俺は、女性にはある種の感嘆の念を抱いている。


 化粧はそれこそ一時間以上はかかるらしい上に、服装を選ぶのもまたかなり時間がかかる。


 靴もまた実用性よりもデザインを重視するため、靴擦れを起こして足が痛むこともよくあるらしい。


 男性では想像もできないような苦労が女性にはあるからこそ、俺はいつも褒めるように努めている。


 それだけで報われると、キャロルだけでなく師匠にも教えられているからだ。


 まぁ……師匠は褒めないと本気でキレるが……。



 そして街の真ん中にある噴水の前で待ち合わせしているので、俺はそこで佇んでいる。


 だがやはり、少しばかり早すぎたようだ。待ち合わせは十一時。だが今は十時半だ。三十分前に着いたが、まぁ……良いだろう。遅れるよりはマシだからな。


 と、一人で待っていると俺は女性の二人組に話しかけられる。


「あ、あの〜」

「はい。なんでしょうか?」


 道にでも迷っているのだろうか。


 この王国は観光で来る人も数多くいる。そのため、時折街では道を聞かれることも度々ある。


 だから俺は道を尋ねられると構えていたが、どうやらそうではないようだった。


「お、お一人なんですか……?」

「今はひとりですが」

「きゃー! 一人だって!」

「ちょ、ちょっと静かにして!」

「……?」


 二人で何やらコソコソと話しているが、ピンとこない。


 結局、一体なんの用事だろうか。


 俺はこの二人とは面識はない。


 それに妙に大人っぽいので、おそらくは二十歳は超えている女性の方だろう。


 こんな俺みたいな学生に何の用だろうか。



「……その、私たちと一緒に買い物でも行きませんか?」

「なるほど。そういうことでしたか。申し訳ありません。心苦しいのですが、実は先約がありまして」

「あ……そ、そうですよね。こんな人が、フリーでいるわけないですよね……」


 そう話すと、隣にいるもう一人の女性が口を開く。こちらの女性は活発そうな印象で、ハキハキとした声で俺に話しかけてくる。


「その! お名前だけでも!」

「レイ=ホワイトと申します。アーノルド魔術学院の一年生です」

「え!? あの魔術学院の生徒!? それに一年生! す、すごい! 本当に!?」

「はい。そういえば……九月下旬には、学院で文化祭が開かれるのです。私のクラスもきっと催し物をするので、その時にまたお会いできれば」

「そっかー! じゃ、またその時にね!」


 そうして二人の女性はそのまま去って行く。


「バイバ〜イ! またね〜!」


 それからさらに十分後。なぜか女性に声をかけられることが多かったのだが、俺は視線の端にエリサの姿を捉える。


 ちょうど道の曲がり角から顔をチラッと出しており、どうやら俺の様子を伺っているみたいだった。


「エリサ! こっちだ!」

「ご、ごめんね。遅くなっちゃって……」

「いや俺も先ほど来たところだからな。大丈夫だ」

「そ、そう?」

「あぁ」

「でも……その、たくさん話しかけられていたよね?」

「ん? まぁそうだな。でも今日はエリサと二人で遊びに行くのを楽しみしていたんだ。もちろん全て断ったさ」

「美人な人が多かったけど……?」

「俺はエリサが一番可愛いと思う。よく似合っている」

「あ……ありがとうっ!」


 少しだけその顔に朱色が差す。


 そんなエリサは真っ白な半袖のフリルのついたブラウスに、スカートは真っ青なフレアスカートを履いていた。これは朝顔のように広がったスカートという意味で、綺麗に波打つそれはとても芸術的だ。


 また、髪の毛も軽く上げておりいつもとまた印象が違う。持っている小さなカバンもいい皮を使っているのだろう。上質なものなのは間違いない。


 それに少し化粧もしているのか、いつもよりも顔が明るく見える。


 やはり俺の予想通り、かなり時間をかけてくれたのだろう。だから俺がいうべき言葉は、エリサを褒めることに尽きる。



「レイくんもよく似合っているし、その……カッコいいよっ!」

「ありがとう、エリサ。では行こうか」

「うんっ!」


 二人で並んで歩き始める。


 隣で歩いているエリサに歩調を合わせて、俺はいつもよりもゆっくりと歩みを進める。


「エリサはここまでどれくらいかかったんだ?」

「うーんと……四十分くらいかな。実家はここから西の方にあるから」

「なるほど。西区の方か」

「うん。でもみんなで行けたら良かったのにね」

「仕方ない。みんなも色々と予定があるらしいからな。それに俺は、エリサと二人きりでも嬉しい」

「あ……そ、その……私もレイくんと二人で嬉しいよ! レイくんは、今まで会ってきた男の子の中でもすごい話し易いから……っ!」

「そうか?」

「うんっ! 今までは友達もいなくて、それに特に男の子と話すのが苦手だったけど……レイくんはちょっと違うの」

「なるほど。俺は女性の中で育ったようなものだから。それがあるのかもしれない」

「えっと……リディアさんとか?」

「あぁ。師匠、アビーさん、キャロルの三人にはとても世話になったからな」

「そう聞くと……全員七大魔術師なんだよね? すごいね……」

「そうだな。今思うと、贅沢なメンバーだったな」



 エリサと他愛のないことを話す。出会った当初は少し距離感があった感じがしたが、こうして夏休みを迎えた今はかなり距離感が縮まった感じがする。


 彼女もとてもよく笑うようになった。そして、二人で会話に花を咲かせながら歩みを進める。


 そんな矢先、俺は元々考えていたあることをエリサに告げる。



「エリサ。本屋に行く前に、昼食でもどうだ?」

「うん、いいよ。でも、どこに行くの?」

「それは予約してあるから、任せてほしい」

「え……予約?」


 ぽかんとしているエリサを連れてやって来たのは、この王国内でも屈指のレストランだ。曰く、王国が認める最高峰の三つ星レストランだとか。


 ここはアビーさんに紹介してもらったのだが、エリサには魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエの際してかなりお世話になったので、俺はそんなエリサにお礼がしたいと思っての行動だった。


 本当はみんなで来たかったが、ちょうど夏休み期間中はレストランの空いている日が今日しかないということで、俺とエリサの二人で来た次第だ。


「あわわ……あわわわ……」

「どうした? 入ろう、エリサ」

「でも、ここって王国でも一番のレストランじゃ……?」

「あぁ。その通りだ」

「私、お金ないよっ……! ど、どうしよう……」


 青い顔をして、慌てているエリサ。だが俺がここでエリサに金を出させることはない。何故ならば、今回は全て俺の奢りだからだ。


「俺の奢りに決まっているだろう。大丈夫だ。軍人時代にまとまった金をもらって、未だにほとんど使っていないからな。ここのレストランの二人ぶんくらい、訳ない」

「えぇ……!? レイくんがご馳走してくれるの!?」

「俺が勝手に予約して連れて来たんだからな。それにエリサには本当に今まで世話になった。魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエでのアメリア応援団の準備、それに……あの時、背中を押してもらった。本当はみんなも招待したかったが、こればかりはタイミングの問題だな。だから今日はエリサだけでも、お礼をしたいのだが……ダメか?」

「う……それなら、お言葉に甘えて……その、ご馳走になります」

「あぁ。それでは行こう」


 俺はそうして渋るエリサの手を優しく握って、中に入って行くが……。


「ん?」

「どうかしたの? レイくん」

「いや、なんでもない」


 中に入る際、誰かに見られているような気もしたが……おそらく気のせいだろう。これだけ人がいるんだ、誰かが偶然見ていても不思議ではない。


 そしてその視線のことを忘れて、俺たちは改めて歩みを進めるのだった。

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