第6話 邂逅
世界七大魔術師。
それは聖級に至る魔術師の中でも、上位七人を総称してそう呼ぶことになっている。もちろん誰かがそう決めているわけでもない。それは自然と、尊敬と畏怖の念を込めて呼ぶようになったのが起源らしいが……諸説は色々とある。
仮に、七大魔術師になるにはどうすればいい?
という問いがあったとしよう。
俺ならばこう答える。そんな方法など、ないと。
七大魔術師には成るのではない。気がつけば、成っているものであると。俺はそう教えられた。
聖級の魔術師は化け物の巣窟である。そこはもはや、人の領域を外れている。その事実だけは間違い無いだろう。俺はその話を師匠に嫌というほど聞かされたからだ。
金髪碧眼。その容姿は10人中10人が振り向くほどだ。俺もはじめ見たときは天使がこの世界に降臨したと勘違いしたほどだ。でも師匠と暮らし始めて知った。彼女はかなりズボラで掃除もしないし、料理もしない。家事のスキルは完全に終わっている。作る料理といえば、揚げられた謎の塊である。曰く、『揚げればなんでも美味い』とのことだった。
そういうわけもあり、俺は家事全般は全て一人でやっている。
そうしていつものように掃除をしていると、唐突に師匠が話かけてくる。
「レイ。聖級の魔術師になるにはどうしたらいいと思う?」
「簡単です、師匠。条件は聖級魔術が扱えること」
「その通りだ。他の階級と異なり、面倒な試験は必要はない。筆記試験、実技試験、魔術協会の定めたそんなものはどうでもいい。ただ純粋に、魔の術を極めればいい。それだけだ。聖級とはいうが、実際は頭の狂った連中の巣窟だ。知っているか? 年に数回、聖級の魔術師には招待状が送られてくる。それは魔術協会でのパーティーとかなんとかだが、行く者はほとんどいない。頭のイカれた奴らに外向性などない。奴らにあるのは、魔術の真理を探求するという狂気じみた欲望のみだ」
「でも師匠も……聖級ではないですか?」
「私はちゃんと行っているからな、パーティーに」
「でもこの間はそれは無料で飯が食えるからって……」
「このアホ!」
「痛っ! 何するんですか!?」
バシッと頭を叩かれる。この人は子どもにも容赦がない。訓練の際も、かなりボコボコにされているのは記憶に新しい。
「いいか。聖級の魔術師になるのなら、細かいことは気にするな」
「えぇ……矛盾してますけど?」
「は、んなこたぁどうでもいい。ただレイ、覚えておけ。お前が進むのは、そういう道なんだ」
「はい……」
「さてここでさらに質問だ」
「なんでしょうか」
「冰剣の魔術師の本質は何だ?」
「氷魔術でしょう。師匠はそれに長けているではないですか」
「このアホ!」
「痛っ!」
「私がホイホイと真髄を見せるとでも思っているのか?」
「えぇ……理不尽すぎる……」
この人はいつもそうだ。何事にも理不尽。言っていることがすぐに矛盾するのは当たり前。俺がそれを指摘すると、頭をバシッと軽く叩かれる。ちなみに避けようと試みるのだが、避けられた試しはない。
「冰剣の魔術師。文字通り、それは冰の剣を使うことに長けている魔術師だ。しかしそれと同時に、その本質は別のところにある。そもそも、馬鹿正直に自分の得意分野を語るのは子どもまでだ。その名前には必ず意味がある。表面上ではわからない、何かがな……」
「それはなんですか……?」
「感じ取れ」
「え?」
「お前がこれから知って行くんだ。魔術の本質とは何か、そして魔術師とは何か、をな」
「……そうですか」
話半分に聞いていても、時折こうして目が覚めるようなことも言ってくる。
そうして俺は師匠である……リディア・エインズワースの言葉をしっかりと受け止めるのだった。
◇
「朝か……」
懐かしい夢を見ていた気がする。でも今となっては、どんな夢を見ていたのかあまり覚えていない。
確か師匠の夢を見ていた気もするが、その具体的な内容までは覚えていない。
「ぐ……ぐううううぉお……おおおおお……」
エヴィのイビキはかなりうるさい。でも俺は爆音の中であったとしても、睡眠は取れるように訓練されている。この程度ならば、熟睡するのは容易だった。
現在の時刻は朝の五時。起きるには早すぎるほどだ。
はっきり言って七時に起きれば余裕で授業には間に合う。それは朝食を含めてもだ。だが俺はすでにこの時間に起きるのは習慣になっている。
「よし……」
着替えるのは制服ではない。運動のしやすいように軽装に着替える。そして軽くストレッチをすると、そのまま寮を出る。
季節はもう春になっており、日が出るのも少しだけ早くなっている。と言ってもこの時間はまだ暗いのだが。
俺はそうして、外に出るとランニングを始める。
朝起きて走る。それだけのことを繰り返していた。もちろん毎日こうしているわけでもないが、大体はこの習慣を繰り返している。
「はっ……はっ……はっ……」
学院の中を走って行く。ここは土地が広いということもあり、ランニングするには丁度いい場所だった。俺はただ無心になって走り続ける。すると視界の中に、女子生徒の姿が見える。
こんな朝早くからどうしたのだろうと思うも、話しかけるほどでもないと考えそのまま通り過ぎようとするが……。
「あら? こんなに朝早くから、すごいですね」
俺は話しかけられたので、ゆっくりとスピードを落として彼女の前に立ち止まる。
真っ黒な髪はとても艶やかだった。それこそ、光の反射で綺麗な輪が頭に見えるほどに。それに右目の泣きぼくろが妙に魅力的だった。話し方もおっとりとしていて、それが妙にマッチしている。
またプロポーションも抜群だ。あまりまじまじと見ては失礼だが、その豊満な胸と腰つきには少しだけ目線がいってしまう。
そしてその雰囲気から先輩と判断した俺は、もちろん敬語で対応する。
「新入生の方ですか?」
「は。レイ=ホワイトと申します」
「あら。あなたがあの……」
「私をご存知なのですか?」
「えぇ。学院始まって以来の、一般人出身。とても有名ですよ?」
「恐縮です」
「……」
「何か?」
じっと見つめてくるので、俺は思わずそう尋ねてしまう。
「いえ。わざとそう話していると思いましたが……違うみたいですね」
「何か失礼をしましたでしょうか?」
「いえいえ。そんなことはありません。とても丁寧ですよ。感心しますね」
「は。恐縮です」
「そうでした。自己紹介がまだですね。私はレベッカ=ブラッドリィです。私のことは気安くレベッカ先輩、と呼んで下さい」
「分かりました、レベッカ先輩。まだまだ浅学の身の上。これから色々とこの学院のことをご教授いただければ幸いです」
「……もしかして、知らないのですか?」
「? 何をでしょうか?」
「私、これでも三大貴族なんですよ?」
「! ということは、アメリアと同じなのですね」
「あら。アメリアさんのことは知っているの?」
「はい。同じクラスの友人です」
「なるほど。そうでしたか……それにしても、あまり魔術師の世界には詳しくないのですね」
「……申し訳有りません。少し事情がありまして」
「それは一般人と関係があるのですか?」
「まぁ……そう考えてもらって、間違いはありません」
「そうですか。それにしても……あなたはとてもしっかりしていますね。後輩とは思えないほどに」
「そういえば、レベッカ先輩は何年生なのですか?」
「私は三年生です。最上級生と思いましたか?」
「はい。四年生かと。とても美しく、大人の魅力に溢れていたので」
「あらあら、まぁまぁ。口が上手いのですね。ふふ……」
にこりと微笑むレベッカ先輩。
ちなみにこの学院は四年制だ。と言ってもストレートで上がれるとも限らないのだが……。毎年上の学年に上がれないで、留年するものは必ずいる。でもこの人は、三大貴族ということもありきっとストレートで進んでいるのだろう。
「あら、もうこんな時間ですか」
彼女は腕時計を見ると、そう告げる。
「では私はこれで。さようなら、レイさん」
「はい。また機会があれば、よろしくお願いします」
「そうですね。でもきっと、また会えますよ。近いうちに」
「それはどういう……?」
「では。御機嫌よう」
俺の言葉に返答はなく、そのまま寮の方へ歩みを進める先輩。
まぁ仕方ないか、そう思って俺はランニングを再開するのだった。




