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第59話 アリアーヌの真価


 魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエ、四日目。


 ついに今日で一回戦が終了する。本戦、新人戦共に波乱は特になく、そのまま順当に予想通りの選手が勝ち上がっていると言う感じだ。


 レベッカ先輩は二日目に行われた本戦の一回戦で難なく勝利。そしてアルバートは昨日行われた新人戦の一回戦を勝利。彼の魔術的な要因もそうだが、やはり筋肉が偉大なのだろう。その内部インサイドコードを使用した、剣術は卓越したものだった。


 そして順当に選手が勝ち上がっていく中で、本日の注目度はかなり高いものだった。今日の一番初めの試合は、新人戦一回戦の最終試合。それだけでも、ある程度の注目は集めるのだが……今回はそれだけではない。


 出場してくるのは、アリアーヌ=オルグレン。


 新人戦の優勝候補筆頭であり、さらには三大貴族オルグレン家の長女である彼女に、注目が集まらないわけがない。


 そんな彼女に相対するのは、メルクロス魔術学院のエルマ=カルスという女子生徒だ。俺は生徒の情報はすでに頭に入っているので、この生徒のことも知っている。


 メルクロス魔術学院の生徒は傾向として、魔術型の生徒が多い。剣を有してはいるが、それは自衛的な側面が大きく、魔術を主体として戦う。このカルス選手もまた、もれなくそのタイプだ。



「アリアーヌ=オルグレンか……レイ、確か知り合いなんだろう?」

「あぁ。アリアーヌとは友人だからな。それに戦っている姿もすでに見ている」

「じゃあ、どっちが勝つと思う?」

「それは始まってみるまで分からないが……アリアーヌが負ける姿は、今のところ想像できないな……」


 現在はエヴィと二人で後方の席で、試合が始まるのを待っていた。アメリア応援団としての活動がある日は、部長によって席を確保してもらっているが、アメリアの試合のない日はこうして自分たちで席を取っている。


 そのため、後ろの方の席になっているのは仕方のないことだ。本当は最前列でその戦いを焼き付けたいが、こればかりはどうしようもない。


 ちなみにエリサとクラリスは、現在は店で売り子をしてくれている。そのあとは俺が入れ替わるようにして、二人には休憩に入ってもらう予定だ。あまりか弱い二人に労働を強いるのは、俺としても悪いと思っているからな。


 この試合が終われば、再び存分に働く所存だ。



「お……出てきたな」

「あぁ。さて、アリアーヌの初戦……どうなるか」


 二人の選手が入場してくると、実況と解説によるアナウンスが入る。


「二人の選手が入場してきました!! 今回の対戦は新人戦の一回戦、最後の試合となります! メルクロス魔術学院の一年生、エルマ=カルス選手対ディオム魔術学院の一年生、アリアーヌ=オルグレン選手の試合です! さて、ついにやってきましたね! 三大貴族であるオルグレン家の長女、アリアーヌ=オルグレン。その注目度は高く、すでに優勝候補筆頭ですが……、ガーネット先生はどう見ますか?」

「ふむ……そうだな」


 実況はいつも通り、ナタリア=アシュリー先輩がしているが解説は毎日変わるので、今日はキャロルではなくアビーさんの日だった。キャロルの日は色々と盛り上がるのだが、盛り上がりすぎて逆に進行が大変そうなのが、よく分かる。


 しかしアビーさんは礼節があり、分別を弁えた人のできている大人なので、あのアホピンクのようにはならないだろう。


「カルス選手は魔術型だな。まぁ、メルクロスの魔術学院の典型的なタイプだ。しかしだからと言って、侮ることもできまい。魔術型の選手が一切相手を寄せ付けずに、完封した大会もあったからな。しかし……オルグレン選手はバランス型ではあるが、どちらかといえば剣技型。近接戦闘を得意としているタイプ。勝敗はきっと、互いの領域に相手を入れるか、入れないのか……ということになりそうだな。面白い試合になるだろう」

「素晴らしい解説ありがとうございました! いやぁ〜、学長は聡明で素晴らしいです! はい! 進行もしやすいというものです!」



 そして互いの選手の紹介が終了すると、審判であるキャロルが二人に声をかける。いつものようにルール説明だろう。ちなみにキャロルだが、審判をできるほどの実力があるのか……と思う人間もいる。


 しかしキャロルのやつはアホピンクなのは間違いないが、実戦技術もずば抜けている。研究者としての肩書きもあるが、あいつは実は……本当に優秀な魔術師でもある。そうでなければ、七大魔術師になることなど、できはしないのだから。


 まぁ……魔術の技量と性格が比例しないのは、どうしようもないことだ。



「それでは、試合開始……だよ☆」


 キャロルのその声がマイクにより会場内に響き渡ると、試合が始まった。


「あああああっと! カルス選手、剣を一切抜きません! それどころか、そこから一歩も動かずに魔術を行使しようとしていますっ!」

「おそらく……遅延魔術ディレイを敷いているのだろう……いやしかしこれは……上級魔術である大規模連鎖魔術エクステンシブチェインの、深紅爆裂クリムゾンノヴァか……ここまで難易度の高い魔術を使うか……」

「え、大規模連鎖魔術エクステンシブチェインですか!?」

「あぁ。しかし解せないな。オルグレン選手は全く動かない」

「確かに! どうして、オルグレン選手は動かないんでしょう! このままでは、大規模連鎖魔術エクステンシブチェインが発動してしまいます!」



 そう解説が入るが、俺も至極持ってその通りだと思った。仮に俺がカルス選手と戦うならば、魔術型という情報は持っているので、すぐに接近戦に持ち込むだろう。正直言って、超近接距離クロスレンジに持っていけば勝ちは確定。


 しかしアリアーヌは不敵に微笑みながら、その様子をじっと見ている。


 まるで相手の魔術の構築が終わるのを待っているかのように。大規模連鎖魔術エクステンシブチェインは威力は高い魔術ではあるが、発動までに時間がかかる。それを発動させないのが、普通なのだが……アリアーヌは何を考えている?


「なぁレイ。なんで、アリアーヌ=オルグレンは動かないんだ」

「さて……俺にも図りかねるが、彼女のあの表情からして自信はありそうだな。それにあの大規模連鎖魔術エクステンシブチェインに対処できる何かがあるのか……」

「あれってどういう魔術なんだ?」

深紅爆裂クリムゾンノヴァは地面に大量の爆破領域を設置するものだ。遅延魔術ディレイにも近いが、その規模の大きさから大規模連鎖魔術エクステンシブチェインに属する魔術だ」

「つまり、すげー広範囲の地雷原ってとこか?」

「その認識で間違い無いだろう」

「え……それってやばくねぇか?」

「やばいな。正直言って、発動されるとかなり厄介だ」


 俺もまた全てを理解できるわけではない。勝つという一点にこだわるのならば、アリアーヌはすぐに動くべきだった。


 そして、大規模連鎖魔術エクステンシブチェインの設置が終わったのかカルス選手は、そこから高速魔術クイックによって魔術をアリアーヌに向けて放つが……。


「こ、これはどういうことだあああああ!? オルグレン選手、突っ込みました!! 突進です! 内部インサイドコードで身体強化をしたのでしょう! ものすごい勢いで突っ込んでいきます!」

「なるほど……これは……」


 そして俺は悟った。アリアーヌがどうして、このような戦い方をしてくるのかということに。そして彼女はやはり……きっとアメリアの最大の敵になると俺は理解した。


「うお……あれって大丈夫なのか?」

「まぁ見ていれば分かるさ」


 アリアーヌはそのまま深紅爆裂クリムゾンノヴァの中へと突っ込んでいく。それはさながら、自ら地雷原に突っ込んでいる愚か者にも見えるだろう。


 そして次々と深紅爆裂クリムゾンノヴァが発動していく。物質魔術と異なり、現象魔術はそれなりの技量がいるが、その威力は申し分なかった。大規模連鎖魔術エクステンシブチェインをここまで扱える技量は素直に脱帽である。


 おそらく、これをまとも食らってしまえば薔薇が散ってしまうどころか、意識が絶たれてしまうであろう威力。


 まるで至る所で薔薇の花が咲き誇るように、次々と爆破が生じていく。


 上から見るとよく分かるが、それはまさに圧巻。次々と連続して爆発が起きて、黒煙が会場内を支配する。まだアリアーヌの姿は見えないが、きっと彼女がここで終わるわけがない。


 それに……すでに決着はついただろう。



「すごい、すごい、すごい! 爆発の連続!! これは流石のオルグレン選手でも、厳しいのかっ!!?」

「いや……勝負あったな」

「というと……?」

「見てみろ」

「あ! な、な、なんと!! オルグレン選手!! 健在です!! その体には一切の傷がついていません!! すでに二人の距離は五メートルもありません! すでに距離は超近接距離クロスレンジですッ!!」


 そうしてアリアーヌはそのまま一気に相手の胸もとに入り込んでいくと、低い姿勢のまま下段から上段へとその剣を振るった。その瞬間、カルス選手の薔薇が綺麗に二分されて地面にポトリと散る。


 試合終了だ。


「き、決まったああああ!! なんということでしょう! オルグレン選手、あの爆破の海の中をいとも簡単に通り過ぎていくと、そのまま一閃! 試合終了です! 勝者は、アリアーヌ=オルグレン選手だああああ!!」


 会場が湧く。この声援は今までの中でも最も大きなものだろう。


 アリアーヌはこの拍手喝采に、悠然とその右手を上げて応じる。その振る舞いは王者の余裕とでもいうのだろうか。


 さらに特筆すべきは、アリアーヌは全く傷ついていないどころか、焼け焦げた跡すら残っていないのだ。


「う……うわあ……ま、まじかよ……あの中を突っ込む精神力もだが、無傷とは……」

「おそらく、原理としては第一質料プリママテリアを身体中に覆っていたんだろう。それを防御壁のようにして突破して、一閃。しかしやはり……あの技量、それにそれを実行する精神力。見事だな」

「アメリアは勝てるのか……?」

「勝てるさ。俺はそう信じている」



 これはアリアーヌの宣戦布告。アメリアもまた、アリアーヌに示したが今度は逆に彼女がアメリアに示したのだ。


 大規模連鎖魔術エクステンシブチェインだろうが、なんだろうが、自分は真正面からそれを打ち破るだけの力があると。


 そうアリアーヌは誇示したのだ。


 彼女の性格を反映した、ある意味でアリアーヌらしい戦いだった。


 こうしてついに新人戦の一回戦は終わりを告げるのだが……俺たちはこの後の本戦に出てくるダークホースとも呼ぶべき存在に、その心を奪われるのだった。

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