第57話 アメリア、初戦
「さて、やってまいりました! 本日の新人戦初戦です! 解説のキャロライン先生はどうみますか?」
「う〜んとね〜、とりあえず楽しみかな〜☆」
「はい! 当たり障りのない回答ありがとうございます! 試合は十分後に開始予定ですので、お待ちください!」
会場ではそんなアナウンスが流れていた。
現在は本戦の一回戦が二つ終了し、今からは新人戦に入る。
全体的な魔術剣士競技大会のスケジュールとしては、四日間で本戦、新人戦共に一回戦をこなす。その後は一日の休息日を挟んで再び、二回戦を四日間で終わらせる。そして準決勝を二日間で終わらせ、再び休息日を一日ほど挟み、最後に三位決定戦を行なった後に、決勝戦が開始。
これでちょうど二週間のスケジュールとなる。
今日は一日目だが、アメリアの試合はなんと新人戦の初戦……ということで、かなり注目を集めていた。観客も満員なのはもちろんだが、あのローズ家の長女が出場するということで、ここに来る間も色々な人がアメリアの話をしていた。
また、魔術剣士競技大会では実況と解説の二人が試合を進行する形になっている。
実況はアーノルド魔術学院の二年生の、ナタリア=アシュリーという女子生徒が行なっているらしい。曰く、アイドル活動もしていて去年の実況の評判が良かったので今年も採用されているとか。
解説の方は日程によって変わるが、今日はキャロルの日だった。
あんなやつでも七大魔術師であることに変わりはないので、普通に魔術的な解説はできるし、俺は理解できないがキャロルは人気のある魔術師でもある。
キャロル目当てで来ている人もいるほどだ。
「部長。やりますか?」
「そうだな。ちょうど良いタイミングだ」
そして部長の鶴の一声によって、俺たちは応援団としての活動を始める。
「予定通りだ。行くぞ!」
『おう!』
応援団の活動は選手が入場し終わるまでしても良いことになっている。もちろん試合中に声を上げてはいけないわけではないが、応援団としてまとまって応援をするのは試合前だけと決まっているのだ。
そして俺たちはアメリアの入場を迎えるためにも、練習した通りに応援を開始する。
ピーィイイイイイイッ! とホイッスルを部長が鳴らすと、まずは三三七拍子から入る。全員で訓練されたそれは、一部のズレもない。完璧にこなす。俺たちのそれはもはや、芸術の域までに高められているのだから。
「よし、全員完璧だな。次行くぞ!」
『おう!』
ということで、俺たちは次の行動に入る。
「勝者は誰だ!」
『アメリア=ローズだ!』
「優勝するのは誰だ!」
『アメリア=ローズだ!』
「そうだ!! 魔術剣士競技大会新人戦で優勝を飾るのは……」
『アメリア=ローズだッ!!』
「アメリア、バンザーイ!!」
『アメリア、バンザーイ!!』
部長の掛け声を元に、俺たちはこれでもかと声を張る。環境調査部の部員の圧倒的な筋肉を披露しながらも、かなりの声量でそのまま応援を続ける。
ちなみに団旗を振っているのはエヴィで、残りのメンバーはハチマキとアメリア応援団特製のうちわも用意して、応援の限りを尽くす。
エリサとクラリスの声は俺たちの声量には負けてしまうも、女性の応援が確かに聞こえる程度には、二人ともに一生懸命な表情をしながら大声をあげていた。
俺たちは一体となっていた。アメリアを応援するために、全員が全力を尽くしていた。
「お! 魔術剣士競技大会では応援もまた醍醐味の一つですが、ローズ選手の応援団はものすごく気合が入っていますね! これはレベッカ=ブラッドリィ選手並みの応援団かもしれません!」
「うんうん! みんなんすごいね〜☆ 私もやっちゃおうかな? キャピ☆」
「先生は特定の選手に肩入れせずに、公平に解説してくださいね〜」
「えー。まぁ〜仕方ないかぁ〜、キャピ☆」
「……」
実況と解説の二人からも注目を集めながら……ついに選手が入場してくる。
それと同時に俺たちは応援を終了する。しかしここから、個人で声をかけるのは許されている。だからこそ、全員でアメリアに対して俺たちはここにいるという意味も含めて、声をかけるのだった。
「アメリアー!」
「アメリアちゃーん! 頑張ってー!」
「アメリアー! キレてるよー! キレてる、キレてる!」
「アメリアー! お前なら勝てる! 自分を信じろーっ!」
応援団全員でそう声をかけると、アメリアはニコリと微笑みながら右手をこちらに向かってあげてくれる。
その立ち振る舞いは、余裕があるからこそなのか。アメリアはどうにも自信に溢れているように思えた。
そして、ついにアメリアの試合が幕を開ける。
「審判は私、アビー=ガーネットが務める。ルールは場外に相手を落とすか、胸にある薔薇を散らすか、または戦闘不能になった方が負けとなる。またこれ以上の戦闘が出来ないと私が判断すれば、その時点で試合終了だ。二人とも、良いな?」
「はい」
「わかりました」
アビーさんがそう告げて、とうとう二人の選手が指定の位置につく。アメリアの初戦の相手はディオム魔術学院の男子生徒である、テオ=ジラールという選手だ。しかし実は俺は彼の試合を見ていた。
それは、彼がアリアーヌと戦っているのを俺は女装して潜入している際に目撃しているからだ。
アメリアにはすでに伝えてある。相手の特徴、そしてアメリアはどう戦うべきなのかを。もちろん事細やかに伝えているわけではない。戦況というものは、状況によって大きく変化する。重要なのは、相手の基本的な情報を入れつつも、臨機応変に対応する柔軟さだ。
そして、アビーさんが声を上げる事で……試合の幕が、切って落とされた。
「では……試合開始ッ!!」
その刹那、相手の選手が一気にアメリアの方へと駆け出して行く。
「おおおっと!! ジラール選手、先手必勝か!? 一気にアメリア選手の元に向かっていきますっ!!」
すでに内部コードは走らせているのだろう。彼はそのまま尋常ではない疾さで、アメリアへと迫って行く。近距離特化の選手ということはアメリアも重々承知のはずだ。
そして彼女が取った選択は……。
「避けましたッ!! アメリア選手、ジラール選手の攻撃を避け続けます!! しかし、受けはしないのですね……これについてどう思いますか、キャロライン先生」
「うーんっとねー。アメリアちゃんはきっと、あの重い剣を受け止めるだけのパワーがないから避けるしかないんだね〜。でもアメリアちゃんはその素早さを活かして、うまく避けてるね〜。きっと、内部コードの技量はアメリアちゃんも劣ってないと思うよ〜☆」
「なるほど! パワーで押すジラール選手に、スピードで躱し続けるアメリア選手……これは、長い試合になりそうか!? 均衡はいつ崩れるのでしょうかっ!!」
「うーんっとねー、もう終わるかな〜☆」
「えっとそれは……どういう意味でしょうか?」
「見てればわかるよ〜。キャピ☆」
流石はキャロル。
あいつもすでに理解していたようだった。アメリアは一見すれば避け続けている。いや、逃げ続けているようにも見えるだろう。側から見れば、ジラール選手が圧倒しているようにも思える。アメリアはまだ、一度も攻撃していないのだから。
しかしこの攻防の間で、アメリアはしっかりと準備をしていた。
そして、アメリアがついに動き始める。彼女は右手に握っている剣をそのままカウンターを入れるようにして振るうと、彼はその攻撃にたじろいで一歩だけ後ろに下がってしまう。
しかしそこには……アメリアが設置した遅延魔術があったのだ。
瞬間、地面から天を衝くようにして炎の柱が上がる。もちろん彼も一撃目は躱す。アリアーヌにやられている戦法だ。すでに対策はある程度立てていたのだろうが……アメリアの遅延魔術の数は十を優に超えていた。
一つの遅延魔術が発動したと同時に、一気に全ての魔術が解放される。
「あああああっ!!? 遅延魔術ですが、この数はすごいです!! しかも、完全にジラール選手の胸に迫るようにして次々と炎の柱が上がっていきます!! アメリア選手、いつの間にこんな数の遅延魔術を設置していたんだーっ!!」
そして、それはピンポイントにジラール選手の胸の薔薇を掠めていき、その薔薇は一気に燃えていくと……そのまま灰になってしまう。
胸からパラパラと落ちる灰色の欠けら。あまりにもあっけない終焉。だけれども、アメリアはたった一度の攻防で相手の薔薇を完全に燃やし尽くしたのだ。
その灰色になった薔薇の残骸は、アメリアの勝利を示していた。
「勝者、アメリア=ローズ」
アビーさんがそう告げると、一気に大歓声がこの円形闘技場に響き渡る。
「し、試合終了おおおおおおおお! なんと!? たった一度の魔術で完璧に仕留めてしまいました、ローズ選手! しかも難易度の高い遅延魔術をあそこまで精密に制御するとはっ!! 相手も一撃目までは読んでいましたが、彼女はそれを優に上回りましたっ! 圧勝、圧勝ですっ!! これが、これが三大貴族筆頭の力なのかあああああっ! では、キャロライン先生、総評をどうぞっ!」
「はいは〜い。そうだね。あの遅延魔術がいつ設置されたかってことだけど、試合開始直後だね。つまりは〜、アメリアちゃんは初めの剣戟を行う前から〜、あれをもう考えていたんだね〜☆ でもあの数は、避けながら設置していたのもあるね〜。いや〜、すごいね〜☆ これは元から相手の情報を持っているからこそできることだし、でもね〜、遅延魔術って奥が深くてね〜。下手な人はずっと、下手なまま。コード理論の構築の問題なんだけど、まずは処理の過程で遅延魔術の構築する要素に……」
「はい! キャロル先生ありがとうございましたっ!」
「ちょっと! ナタリアちゃん、ひどいよ〜☆ まだ話してる途中でしょ〜! ぷんぷんがおー、だよっ☆」
「先生の話はかなり長くなると前の試合で理解したのでっ! それでは、引き続き新人戦の一回戦を行いますので、観客の皆様はお待ちくださ〜い!」
そう告げると、アメリアはその紅蓮の髪をなびかせて悠然とこの会場を後にする。
この戦法は、アリアーヌが使っていたものだ。だがアメリアのそれは完全にアリアーヌのものを上回っていた。何よりも特筆すべきは、緻密なコード理論の構築。あれだけの数の遅延魔術を、相手をピンポイントで狙うなど卓越した技量がなければ不可能。
しかもそれを戦闘の中で行う、技量と精神力。
また、それを敢えて使って見せたということは……これは宣戦布告。
俺は別にアメリアに指示はしていない。ただ、アリアーヌはこうして戦っていた……ということを伝えただけに過ぎない。
この大舞台で冷静にそこまで魔術を使用できるアメリアをきっと、他の選手はマークしたに違いない。
そしてアリアーヌもまたそれは同様だろう。いやきっと、アリアーヌなら笑っているに違いない。
──来るなら来い、真正面から叩き潰してやると。
あの彼女なら、アメリアの宣戦布告をそう受け取るだろう。
「すごい! すごい! アメリアちゃん! 圧勝だよ!!」
ぴょんぴょんとエリサが跳ねながら、クラリスと手を握り合って喜びを分かち合っている。
「うん! すごいわね、アメリアっ! これはきっと優勝間違いなしね!」
二人で喜んでいる姿を微笑ましく見つめていると……俺は瞬間、後ろから鋭い視線が向けられるのを感じ取った。
「……? どうしたレイ」
「いや何でもない。それよりも、エヴィは団旗を振るっているが、疲れてないのか?」
「へへ。これもいいトレーニングになるからな! ちょうどいいぜ!」
「ふふ、そうか」
今の視線。特に違和感はないものだ。それこそ、俺が女装をしている時に向けて来るものに近い。もしかして、俺が女装していたことに気がついた人間がいたのか? まぁ……いたとしても不思議ではないのだが。
それとも……。
これは杞憂になればいいと思いながら、俺はアメリアがしっかりとした足取りで去って行くのを最後まで見つめるのだった。




