第55話 開会式
俺、クラリス、エリサはすぐに宿舎に戻って化粧を落としてから、制服へと着替えた。
ちなみに俺は部屋の浴室で着替えをしている。流石にクラリスとエリサと一緒に着替えるわけにはいかないので、配慮してのものだ。
そして化粧を落としてから、衣装を脱いで制服に着替える。それから上に羽織るのは……アメリア応援団の法被だ。もちろんこれはアメリアを応援するために作成されたものなので、基調としているのはアメリアを象徴する色である紅蓮の赤だ。
さらに、手縫いでアメリア応援団という文字を背中にでかでかと載せている。
スッと袖を通すと、なぜか気力が満ち溢れて来る気がする。
そうか……これが仲間を応援したいという気持ちなのか……。
俺は準備も終わったのでここから出ようと思うが、その前にクラリスとエリサに確認を取るべきだろう。
「二人とも、いいだろうか?」
「いいわよ〜」
「う……うん! もう大丈夫だよ!」
浴室から出るとすでに化粧を落として、制服を着ている二人がいた。もちろん俺と同様に制作をした法被を着ている。
「なんかレイは様になってるわね……」
「うん……なんかすごいね」
「それは嬉しいが、二人ともよく似合っている。大丈夫だ。俺たちはアメリア応援団に相応しい格好をしている。自信を持って挑もうではないか!」
「まぁ……あの格好を経験すれば、今更よね」
「私ももう慣れちゃった……」
そうして三人で早速、部長たちと合流しに行くのだった。
「部長。先ほどはお疲れ様でした」
「いや、こちらこそ助かった。とてもいい売り子が三人もいてくれたから、今年はおそらく一番の売り上げを叩き出すだろう。今日だけでも相当なものだからな。家族は早速明日の補充に出かけている」
「なるほど。そうでしたか」
円形闘技場の入り口の側に集まって、全員が法被を着ているアメリア応援団の衣装に扮している俺たちは、もちろん周りから注目を帯びている。
また、俺の視線の先には別の選手の応援団もいるのが見えた。
セラ先輩を中心としたレベッカ先輩の応援団もすでに集まっていた。それを見て、俺たち全員は自然と士気が高まって行く。
「ふ……なるほどな。他の応援団も、中々の気合いだ。しかし……」
「えぇ、部長。俺たちにはこれがありますから」
ふ、と微笑むとアメリア応援団の全員が一気にそのバルクを解放する。
「なぁ……!?」
「な、なんだあいつらは……?」
「アメリア応援団……!? まさか、アメリア=ローズの応援団は……アーノルド魔術学院の環境調査部なのか……!?」
環境調査部の全員がそれぞれ一気にパンプアップをする。そしてはち切れんばかりの筋肉によって、圧倒的な威圧感を放つ。こうする理由も特になかったのだが、すでに勝負は始まっていると言っていいだろう。
選手の士気を左右するのに、きっと応援団の力は欠かせないものとなる。だからこそ、俺たちはこの圧倒的な筋肉を持ってアメリアを応援すると決めているのだから。
「う……うわぁ……」
「す、すごいね。みんな……」
クラリスとエリサはそんな俺たちの様子をじっと見ていた。二人はアメリア応援団の中でも数少ない女性陣だ。暑苦しい男ばかりでは華やかさに欠けるからな。それにきっとアメリアも、仲のいい友人に応援してもらって嬉しくないということはないだろう。
「よし。じゃあ行くか、お前ら」
『おう!』
そして俺たちアメリア応援団は、中へと向かって行くのだった。
円形闘技場の中を進んで行き、指定された席の場所に全員で向かっている途中……タイミングが良かったのか俺はちょうど彼女を見掛けた。
「部長申し訳ありません。少し知り合いと話をしますので、先に行っていてください」
「あぁ、そうか。了解した」
全員がそのまま進んで行くと、俺は早速彼女に声をかける。
「アリアーヌ、奇遇だな」
「?…えっと、その……どちら様でしょうか? わたくし、覚えがなくて……」
「俺だ。レイ=ホワイトだ」
そしてこちらに近づいてくると、俺の顔をじーっと見つめてくる。彼女は理解したのか、パッと顔が綻ぶ。
「レイ? あぁ! もしかしてレイですの!」
「こちらの姿で会うのは初めまして……だな」
「先ほどはとんでもない美少女でしたから……ちょっと意外というかなんというか……男らしいのですね」
「そうか?」
「えぇ。でも今まで見てきた女性の姿が焼き付いているからかもしれませんわ……特に今日のはショックでしたから……」
「ふ、最大の賛辞だな」
そう。俺が出会ったのは、アリアーヌ=オルグレンだ。以前会った時と同じように、いや、今日は前よりも気合の入っている様子だった。
化粧を軽くしているのか、綺麗に整っている顔立ちに、トレードマークの巻き髪もかなりキマっている。
「それにしても、今日は以前にも増して美しいな。よく似合っていると思う」
「……分かりますの?」
「もちろんだ。大会に際して気合を入れてきた……というところだろうか」
「もちろんですわ。わたくし、アリアーヌ=オルグレンは新人戦の優勝候補。いえ、わたくしは優勝するつもりでいますから……それ相応の身形も準備していますのよ?」
「優勝か……それはどうかな……」
彼女にそう告げると、アリアーヌは気負いの様な雰囲気はないが、真剣な目つきで俺のことを射抜いてくる。
「アメリアのことですの?」
「あぁ。アメリアは完全に仕上がった」
「そうですか……まぁ、楽しみにしていますわ。今の私に届くかどうか、この目で見極めさせてもらいますわ」
「ふ、そうだな。しかしアリアーヌとは当たるとしたら……決勝だな」
すでにトーナメント表は発表されており、なんの因果かアメリアとアリアーヌは別の山になった。そしてぶつかるとしても、それは決勝戦しかありえない。
「わたくしはもちろんそこまで行きます。アメリアにも伝えてくださいまし。わたくしは、決勝であなたを待っていると」
「流石の自信だな」
「えぇ。わたくしは自分に誇りを持っていますから」
それは慢心の類ではない。
アリアーヌ=オルグレン。彼女は自分のことをよく理解している。だからこその、この自信と振る舞いなのだろう。
「わかった。アメリアに伝えておこう。では、また会おう」
「えぇ。また会える時を、楽しみにしていますわ」
俺はそこで、アリアーヌと別れた。
アメリアが立ち向かうべき相手は、改めて強敵だと俺は知るのだった。
◇
「選手入場です」
俺がみんなのいる席に向かうと、開会式がまさに始まったところだった。ちなみに魔術剣士競技大会では、実況と解説がつくらしく、実況は選ばれた学生が担当し、解説は教員がやるということが伝統となっているらしい。
そんな中で今は実況の生徒がこの開会式を進行をしている様だ。
そして大会に出場する選手が闘技場内へ続々と入場してくる。新人戦参加者が十六人、本戦参加者が十六人。合計して、三十二人の選ばれし選手たちが列をなしてやってくる。
その中にはもちろん、アメリアもいた。真面目な顔つきで、この数多くの観客が見守る中で彼女はしっかりとした表情をしていた。
アメリアのあの涙の理由を俺はまだ知らされてはいない。
それでも彼女はきっと、自分の中に何か大切なものを見つけたのだろうと思えている。
だからきっとアメリアならば……大丈夫だ。数多くの強敵たちを打ち破り、きっとその頂点に立つことができると……俺は信じている。
そうして参加選手達が入場を終えると、アビーさんが壇上に上がり開会の宣言を告げる。
「さて、今年も迎えた魔術剣士競技大会だが……ここにいる選手たちで優勝できるのはたった一人だけだ。新人戦で一人、本戦で一人。たった一つの頂を目指して、君たちには戦ってもらう。学生最強の座をかけて、な。近年では魔術剣士の技量は非常に上がっており、この大会で見られる戦いも非常にレベルの高いものになっている。学生レベルを優に上回っているものもあるな。だからこそ、私は期待している。学生諸君、魔術を極めようと思うのならば……才能と努力だけではなく、切磋琢磨する環境もまた重要な要素となる。その意味で、この大会はきっと君たちの大きな糧となるだろう。それでは、存分に振るって欲しい。己が力を全力で、な……以上だ」
そう言葉を残して、壇上を降りていく。
そのまま開会式は恙無く進行して行き……終了。
現在の時刻は、十一時二十分。四十分後には、ここで第一試合が開始される。本日の日程は本戦の一回戦と新人戦の一回戦が二試合ずつ行われる。
その中でも今日の最後の試合。そこがアメリアの初陣となっている。
俺たちはそこで全身全霊を持ってアメリアを応援しよう。
彼女の力になるためにも──。




