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第52話 準備はいいか? オレはできてる


 魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエが行われるのは、中央区にある闘技場である。別名、円形闘技場コロッセオ


 そこでは観客が囲むようにして、中央で行われる戦いを観戦する……という構図になっている。観客席は一番前が低く、後ろに下がるほど高くなっていく。


 そして、一番前の観客席は抽選倍率がかなり高く、その席を確保するのは中々に骨が折れる……というのは、魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエフリークのエリサの意見だったが、なんと今回は……俺たちアメリア応援団は、一番前の席を確保できた。と言っても全員が一番前ではなく、前から三列分を確保している形だ。


 もちろんこの功績は、部長のおかげだ。「何? 席の心配だと? ふ……任せておけ……」ということで、アメリア応援団の分のチケットがすでに手配されていたのだ。



 そうして俺とクラリスは無事に会場入りをして、現在は各学院の運営委員が集まりセラ先輩が全てを取り仕切るということで、その話を聞いていた。


 ざっとまとめると、外部の人間の誘導をする係、試合の記録をする係、選手への案内をする係、試合が終わるたびの闘技場の清掃をする係などなど、思いの(ほか)色々な役割に分けられている。その中で俺とクラリスは清掃係に選ばれた。


 いや実際には、選ばれたのではなく……俺がセラ先輩に頼み込んだのだ。当日は売り子としての仕事やアメリア応援団の活動があるため、清掃係が一番適していると。


 先輩はそんな俺のわがままを聞き入れてくれたので、晴れて俺とクラリスは清掃係になった。もちろん全ての試合ではなく、清掃をする試合もすでにローテーションが組まれている。


 特にアメリアの試合は絶対に応援したいので、様々な生徒の要望を加味した上でスケジュールを組んでいるとか……。


 本当に先輩には脱帽する。


 夏休み明けに花を買いに行く約束をしたが、その時は俺がしっかりと労おうと思っている。本当にセラ先輩にはお世話になっている。


「よし。運営委員の方はバッチリだな」

「えぇ、そうねぇ〜」


 円形闘技場コロッセオ内での運営委員の打ち合わせが終わると、俺とクラリスはある場所を目指していた。


 俺たちの運営委員としての出番は、試合が始まってからなので七時である今はだいぶ余裕がある。開場は九時からで、十一時から開会式で、十二時から試合だ。


 しかし俺たちにはまず、やるべきことがあった。


「はぁ……なんだか、気が重いんだけど……」

「大丈夫だ。今回に際しては、プロを雇ってある」

「プロぉ?」

「あぁ」

「あんたのことだから、きっとすごい人を雇ってるんでしょうね……」

「いや、クラリスもすでに知っている人だ」

「え、誰よ……」

「それは着いてからのお楽しみだ」


 そしてクラリスと集合場所にたどり着くと、その場に環境調査部のみんながすでに設営を始めていた。


 屋台を設置し、そしてダンボールに入った大量のとうもろこしに、エインズワース式秘伝のタレ。もちろん、脚付きタイプのバーベキューコンロも用意してある。


 また、環境調査部だけではなく、部長の家族と思われる人もすでに準備を始めていた。


 俺はすぐに近寄ると、挨拶を交わす。皆さんとてもいい人で、俺たちを歓迎してくれるようだった。ちなみに部長と同じでその体躯はかなりのものだった。


 そして俺は改めて部長と会話する。


「レイ」

「はい、部長」

「これを渡そう」

「ありがとうございます」

「時間はどれくらいかかる?」

「一時間あれば、戻って来れます」

「よし。では、頼むぞ。今年の売り上げはきっと過去最高になる。そしてその流れは、お前たちが作るのだ」

「御意……」


 恭しく礼をして、その場から去って行く。そして俺の隣には、クラリスとエリサが付いてきている。


「うううう……き、緊張するよぉ……」

「エリサも?」

「うん……クラリスちゃんは……?」

「わ、私もちょっと……ね。こういうのは慣れていないから……」

「大丈夫だ、二人とも。そのうち慣れるさ」

「あんたはなんでそんなに落ち着いているのよっ!」

「ふ……愚問だな。俺は次のステージに登るからだ」

「もう……あんたに突っ込むのはやめとくわ……」



 ということで、俺は部長からとある紙をもらった。それはこの円形闘技場コロッセオのすぐそばにある宿舎の予約チケットだ。そこは主に選手や大会関係者が泊まり込むのだが……俺たちはあることのために、その一室を確保してもらったのだ。


 もちろん、それは売り子としての準備をするためにである。



 ◇



「あ、レイちゃ〜ん! それに、二人とも〜。ヤッホ〜! キャピ☆」


 巨大な宿舎の中に入り、そのエントランスで待ち受けていたのはキャロルだった。いつもならば、俺は恐れ(おのの)いて逃げ出しているだろう。だが今回は違う。それは俺がキャロルに依頼をしたからだ。


 俺たち三人のメイクを担当してほしいと。


「え? キャロル……先生」

「あぁ! レイの言ってた人って先生だったのね。でも、あんた先生と仲よかったの? それに七大魔術師で超有名人なのに……」


 エリサの方は俺の事情を知っているので、納得するのは当然なのだが……クラリスの方は妙に不思議がっていた。


 まぁ、そのことはいつか話す予定だ。だが、今は時間が差し迫っている。早く準備をしなくては。


 そしてすぐに受付で例の紙を見せると、すぐに一階にある大きな一室に通してもらうことになった。


「さぁ〜てと! みんな可愛くしちゃうぞ〜☆ キャピ☆」

「あぁ。よろしく頼む」


 部屋に入って、俺は背負っていた大きなバックパックを下ろす。


 そしてその中からは準備した衣装を次々と取り出してはベッドにそれを広げて行く。また、キャロルに用意しろと言われた化粧品の類も全て準備してある。



「じゃあ、レイちゃんはー……ある程度、自分でできるよね?」

「もちろんだ。ちなみに今回のテーマは、わかっているな?」

「もちろんだよ〜。ふふふ……そのメイクは私の本領だからね〜☆ 任せてちょうだいっ!」



 このアホ女ことキャロル=キャロライン。


 基本的にはアホな言動しかしないのだが、今回ばかりは本当に使える。有能そのものである。何事も適材適所だ。


 これを依頼するにあたって、もちろんキャロルのやつが金銭を要求してくることはなかった。


 しかし……あることを交換条件にしたのだが……俺はそれを受け入れていた。全ては、この魔術剣士競技大会マギクス・シュバリエを盛り上げるため。そして、みんなで楽しむために。


 それならば、俺は喜んでこの悪魔に魂を売ろうではないか。


 身体は絶対に売らないが……。


 そして俺はすぐに化粧を始める。下地を重ねるようにしていき、ある程度整った後はビューラーで睫毛を上げてからの、マスカラを丁寧につけて……そのまま化粧の行程を続けていく。


 エリサとクラリスは化粧の経験がほとんどないということで、その全てをキャロルに任せている。


 そして、俺の方は最後に綺麗にリップを引いていく。唇にしっかりとそれを塗り……ベースは完成した。後は最後にキャロルに仕上げをしてもらって終了だ。


「キャロル。俺は終わった。衣装に着替えておくぞ」

「オッケ〜☆ レイちゃんのもあとで見るね〜」


 と、鏡の前から立ち上がり、そのままベッドにある衣装に手を伸ばす。


「ねぇ、レイ」

「どうした?」

「うわっ! す、すごい……本当に自分で出来るのね……」

「もちろんだ。この手の技術は潜入工作に欠かせないからな……」

「あ、そう……うん……もう突っ込まないわよ……」


 現在はキャロルはエリサのメイクをしていて、クラリスは待機している状態なので手持ち無沙汰なのだろう。そうして二人で話しながら、俺は今着ている制服を脱ぎ始める。


「う、うわっ! 急に脱がないでよ!」

「む、すまない。しかし水着の時に見慣れているだろう」

「そ……そうだけど……あ! そういえば、女装の時の体って……あんた筋肉と骨格を変化させる……のよね?」

「そうだが?」

「見てもいい?」

「構わない」

「ゴクリ……一体どんな風になるのかしら」



 クラリスは俺の肢体ををじっと見詰めている。


 ふ、俺の筋肉に惚れ惚れするのはわかるが……ここは手早くアレをしなければならない。


 この技術は内部インサイドコードを極めたものがたどり着く一つの究極。


 その魔術の名称は、変態メタモルフォーゼ


 その名の通り、生物が変態することが名前の由来だ。


 そして俺は内部インサイドコードを脳内で走らせる。



第一質料プリママテリア=エンコーディング=物資マテリアルコード》


物資マテリアルコード=ディコーディング》


物質マテリアルコード=プロセシング》


《エンボディメント=内部インサイドコード》


「──変態メタモルフォーゼ、発動」


 刹那、俺の体がバキバキと音を立てながら変化していく。もちろんすでに女性の体へのフォーマットはコード理論の中に組み込んである。後はこの変態メタモルフォーゼが終わるのをじっと待つだけだ。


 そして十秒もしないうちに……完成。俺の体は女性のものに完全に変化していた。


「う……うわぁ……」

「どうだった、クラリス?」

「なんかね……キモかった」

「ふ。そうか……」


 傷ついてなどいない。


 この技術は実は聖級魔術に分類されており、その中でも担い手はほとんどいない。レア中のレアな魔術。これを会得するのには膨大な時間と、血の滲むような努力がいる。でも、それは俺が言っているだけで、別にクラリスは気持ちわるいと感じたのなら……仕方ないだろう。


 あぁ……仕方のないことだ……ぐすん……。


「さて、と」


 そうして衣装を着込んでから俺は今度はウィッグをつける作業に入って……完成した。最後はキャロルによる修正も入るが、(おおむ)ねこれで終わりだ。


「ふ、ふえええぇぇ……」

「どうだ、クラリス?」

「いや、マジで……すごいわね……絶対に男だと分かんないわ……」

「ふふふ……そうでしょう?」

「うわっ! 声変わったし! うーん……こうなると、マジで可愛い女の子ね。というか今回は前とちょっと違うのね。普通の美人というよりも……」

「あぁ。今回のテーマはギャルだ。だからこそ、可愛い系で攻めるのが定石だろう」


 ということで、ギャル三人衆がトウモロコシを売ることになるのだが……果たして、その結果や如何に。


 いや、結果などとうに決まっている。


 俺たちの大勝利で終わるのは明白だろう。


 フハハ!

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