第41話 大天使エリサ
放課後。
今日はアメリアの訓練は久しぶりに休みということで、俺は環境調査部の方に顔を出していた。もともとアメリアの応援団を発足させたのは俺なのだから、色々と忙しいとはいえしっかりと活動すべきだろう。
活動している場所は環境調査部ではあるものの、いつもの部室ではない。いつもの方は男子用であり、実は隣に女子用の部室があるのだ。
そこは女子部員がいないため使われていなかったが、今はアメリア応援団の本部として機能している。
「エリサ。早いな」
「うん……ちょっと早めに来ちゃった」
中に入ると、エリサが一人で応援団用の法被を縫う作業をしていた。なんでも縫い物は得意らしく、率先してやってくれている。本当にエリサには頭が上がらない。
午後はそれぞれ受けるテストも違うので、ここに来る時間はまばらになると予想はしていたが……それを考慮しても、エリサは早いと俺は思った。
「エリサ。テストはどうだった?」
「えと……よくできたと思うよ?」
「そうか。まぁエリサのことだから、心配はしていないが……問題はクラリスだな。結局一夜漬けで臨んだようだ」
「うん……本当はダメだよーって言いたいけど、仕方ないよね」
「ま、これを機に反省してくれたら良いけどな」
「そうだね」
ニコリと微笑むエリサ。
初めてあった時とは打って変わり、エリサはよく話すようになったし、よく笑うようになった。俺としても友人がこの学院での生活を楽しく送れているのなら嬉しい限りだ。
「よし……これでいいかな」
「できたのか?」
「うん。ほとんど完成しちゃった。部長さんと、それに部員の人たちとか……エヴィくんも、クラリスちゃんも手伝ってくれたから。それにレイくんも忙しいのに、頑張って来てくれたし」
「いや、元々は俺が立ち上げた話だというのに……エリサにかなり任せることになって申し訳ない」
頭を下げる。
運営委員としての仕事、それにアメリアとの訓練と潜入調査。またテスト勉強の時間も必要で、俺はエリサが任せて欲しいと言った言葉に甘えてしまった。きっと大きな負担をかけてしまっただろう。その意味も込めて、謝罪するがエリサはブンブンと手を振ってそれを否定する。
「ううん! 全然いいよ。私ね、ずっと一人ぼっちだったから……魔術剣士競技大会も毎年一人で観戦してて……今年も一人だなぁ、って思ってたけどね。レイくんに、それにみんなに出会えて……自分から色々とやってみようと思ったの。それにアメリアちゃんのためなら、私は喜んでやるよ! 私はレイくんみたいにアメリアちゃんを強くはできない……だから、こういう形でサポートできたらなぁ……と思って」
「……ううぅ、エリサぁ……」
「ど、どうしたの!!?」
俺は目頭を押さえて、溢れ出る涙を拭う。
なんということだ。エリサはそんな想いからこの活動に参加してくれていたのか。
申し訳ない……という気持ちよりも、俺は純粋に感動していた。
こんなにも心清らかな人間が、この世界にいたのかと。
エリサはまさに天使だった。いや、大天使だ。
俺の師匠は見た目は天使だが、中身はゴリラみたいな人だ。
その一方で、エリサは容姿も中身もその全てが天使そのものに思えてきた。いや思うのではない。エリサは、天使そのものなのだ。
大天使エリサだ。お似合い過ぎる。
さぁ、崇めようではないか。大天使エリサのその尊さを……!
俺はそんな風に彼女の尊さを噛み締めると、こう告げた。
「エリサ。謝罪ではなく、君には感謝を伝えよう。ありがとう。そして、アメリアへの最大限のサポートをしようではないか!!」
「……うんっ!」
もうエリサの顔には陰りなどあるはずがなかった。
◇
「よし……全員集まったな」
改めて、この本部に全員が集合した。
メンバーは部長と、部員の方々。加えて、エヴィ、エリサ、クラリス、俺だ。
全員がそれぞれ真ん中に置かれている長机の前にある椅子に座ると、部長がそう告げた。
「今年はアメリア応援団での活動もあるが……一年生たちには伝統のアレもやってもらう」
「アレ、とはなんでしょうか。部長」
俺はそう尋ねた。今日は重要な話があるということで、全員集合になったが……一体なんだろうか?
「魔術剣士競技大会では出店が並ぶのは知っているな?」
「はい。そうらしいですね」
「そこで俺たちは、毎年焼きトウモロコシを出している。俺の実家が農業にも手を出していてな……そこで、夏はトウモロコシを売ることになっている。もちろん、うちの実家の人間もやってくる。俺たちはそのサポートと言ったところだ」
「なるほど……そうでしたか」
焼きトウモロコシの販売か……。
魔術剣士競技大会は王国内でも最高峰の規模のイベント。それならば、出店があるのは当然のことだが……やはり売るのなら最高の成果を出したい。
「やってくれるか?」
「もちろんです」
俺がそういうと、エヴィ、クラリス、エリサもそれに続く。
「おうよ!」
「ま、まぁ……やってあげてもいいけどっ!」
「や……やります……! あ、でも試合の時間とかは大丈夫ですか……? 被ったりしたら、アメリアちゃんの応援が……」
「大丈夫だ。俺たちが働くのは主に試合の前だ。試合中は観戦してもいいと、家族には許可を取ってある。そこまで君たちを拘束するつもりはない。それに給金もしっかりと出す予定だ」
ということで、俺たちはアメリア応援団としての活動もすることになったが……出店での販売か……。
ふむ……。
「部長」
「どうした、レイ」
「焼きトウモロコシですが、あのタレを塗って販売するのはどうですか?」
俺がそう告げると、周囲がざわつき始める。
「な……!?」
「そうか! あのタレならば!」
「あぁ! きっと悪魔のトウモロコシになるッ!」
「レイ、やはり天才かッ!!」
そして部長もまた、フッと笑うのだった。
「それは俺も提案しようと思っていたところだ」
「それでは早速、試食でもしましょうか」
俺はそういうと、元の部室に置いてあるエインズワース式秘伝のタレを持ってくる。そして全員が外に出ると、部長が持っているトウモロコシにそのタレを塗って、各自が魔術で炙って食べることになった。
俺は魔術がうまく使えないので、それはエリサにやってもらった。
「はい。レイくん……どうぞ」
「ありがとう、エリサ」
そしていい感じにタレが炙られたそのトウモロコシにかぶりつくと……。
「……は!!?」
な……なんだと……?
意識が飛んでいた……。そして気がつくと、俺の手の中にあったトウモロコシは綺麗になくなっていた。残っているのは芯だけ。だが、口内には確かな美味さが未だに広がっている。
いや、美味いなんてものではない……これは、まさに悪魔のトウモロコシッ!!
そしてそれは、他の人たちも同様だったみたいだ。
「お、おいしー! ちょっとこれどうなってるのっ!!?」
「う、うん……すごい美味しいねっ!」
初めてあのタレを食す女性陣もまた、かなり絶賛していた。そして全員がぺろっとトウモロコシを食べると、部長が俺の方へと近づいてくる。
「レイ。このタレを主軸に、トウモロコシを売るが……量産は可能か?」
「そうですね……生産元に問い合わせてみます。でもきっと大丈夫ですので、この方針でいきましょう」
「……よし。了解した」
焼きトウモロコシの方針は固まった。しかし俺にはまだ残しているカードがあった。
「部長。さらに提案なのですが……」
「なんだ? なんでも言ってみろ」
「売り子はどうします?」
「いつもは適当に俺たちがやっているが……」
「ここには可愛い女子が二人もいます……いや、きっと当日は三人になるでしょう」
「まさか……そこまでするのか?」
「えぇ。やるなら徹底的に……でしょう?」
「ふ。流石は我が部のエースだな」
売り子というものは重要だ。これ以前師匠に聞いたが、やはり何かを売るなら女性がその場にいた方が雰囲気もよくなるとかなんとか……。だからこそ、俺は最善を尽くすべきだと思った。
それに俺の女装は制服だけではなく、他の服装でもまた輝きを増すということを示すべきだろう。今回ばかりは心置きなくできそうだしな。
フハハ!
「レイまじかよ……アレを出すのか……まじで本気だな……」
「ま……まさかレイ。あなた、アレで出るの?」
「レイくん……あの姿を……解放するの……?」
まるで化け物を見るかのような目つきで、三人ともに俺を見つめる。
「もちろんだ。さて、エリサとクラリスもいいのだろうか?」
「まぁ……トウモロコシ焼けって言われても……よくわかんないし……」
「あ! 私、実は……その……衣装をいくつか持ってて……」
「何!? それは本当か!?」
「う……うん! お洋服とか好きで、自分で作ったりとか、市販のものを買って参考にしてるから……実は割と持ってて……」
「派手なものはあるか?」
「ある……けど……その、恥ずかしいかもよ?」
「そんな羞恥心は既にない。ならば、それで行こう」
「う、うん……!」
「え!? 私も恥ずかしいやつ着るの……!? ちょ、私の意見は……!?」
ということで、俺たちの魔術剣士競技大会は大いに楽しそうなものになりそうだった。
運営委員に、アメリア応援団、それにトウモロコシの販売に加えて売り子の仕事。
さらに、俺の女装はまだ二段階残っている。そして女装するたび、この美貌は増す。つまりは……この意味がわかるな? 俺は最強の女装戦士になるのだ……!
やることは多いが、存分に楽しもうではないか!
フハハ!




