第40話 高貴な彼女
あれからアリアーヌ嬢は、試合のために演習場へと単身向かって行った。その一方で俺は観戦してもいいと言われたが、ティアナ嬢のことを頼むとも言われたので、もちろん幼い彼女のことは俺が面倒を見るつもりだ。
「お姉ちゃんはねー。つよいんだよ!!」
「そうなのですか?」
「うんっ! 三大貴族の強さをおしえてさしあげますわっ! ってよく言ってるよっ!」
「ふふ。アリアーヌ様らしいですね」
「あのね。だからね。私もお姉ちゃんみたいに、強くて、カッコよくて、優しい人になりたいのっ!」
「えぇ。きっとなれます。ティアナちゃんなら、きっと」
「ほんと!?」
「はい。私、これでも見る目はあるんですよ?」
「へぇ〜! リリィーお姉ちゃんもすごいんだね〜」
現在は二人で手を繋いで移動中で、そんな会話をしていた。妹のティアナ嬢の可愛らしさは既に語り尽くしたが、アリアーヌ嬢もまた気品に溢れた貴族らしい人だった。
でも彼女は貴族の体質をいい意味で表現しているようにも思えた。
俺が一般人と明かしたときも、見下すような態度は見られなかったし、普通に対等な存在として話をしていた。
貴族としての誇りはある。だが、それは決して驕りではない。
自分がどうあるべきか、というのをこの年齢で体現しているのは流石の貴族なのか。アメリアが警戒するのもよくわかった。
そんな二人は対極的だった。
アリアーヌ嬢が太陽ならば、アメリアは月と喩えられるだろうか。
そして、アメリアはそんな自分に葛藤を抱いて前に進んでいる。その一方でアリアーヌ嬢は自信を持って更に前へ、前へと進み続けている印象だ。
でも俺はそんなアメリアもまた、成長できる余地があると思っている。だからこそ、この試合はこの目に焼き付ける必要があるだろう。
「あ! お姉ちゃんだ!」
「出てきましたね」
演習場にたどり着くと、試合をするであろう二人はすでに対峙するところだった。
アリアーヌ嬢の相手は男子生徒だが、いかにもパワーがありそうな感じである。身長は百九十センチを優に超えており、その筋肉も服の上から容易に理解できる。同じ筋肉を愛する者として相通づるものがありそうな、あのバルクはなかなか身につくものではない……。
そんな相手と比較すると、アリアーヌ嬢は華奢に見えてしまう。いや決して鍛えていないわけではない。彼女もまた、しっかりと鍛錬を行なっているのはわかるが……やはり、男性と女性では明確な差が出てしまう。
この差を埋めるには、魔術的な要素が大きくなるのは自明だ。
さて……この戦いどうなるのか……。
「あっ!! 始まったっ!! お姉ちゃーんっ! 頑張れーっ!!」
「……」
隣でピョンピョン跳ねて声援を送るティアナ嬢だが、俺はその試合を真剣な目つきで見つめる。
「うおおおおおおおッ!!」
先手必勝。男子生徒の方が、体格からは想像の及び難い勢いを以て一気に距離を詰めてアリアーヌ嬢に斬りかかる。やはりあの見た目からして、近接戦闘が得意な剣技型か。
魔術剣士は剣技型、バランス型、魔術型の三種類に分類されるが、男性の方が剣技型になることが多い。それはやはり肉体のスペックを十分に活かせる上に、内部コードを主に使うので魔術的な負担も少ないからだ。
もちろん、どの種類が一番良いということはない。
それは相手によっても変わってくる上に、本人の性格的な面も絡んでくるためだ。
「さぁ、私の前で踊りなさい?」
微かに呟かれた声が耳に入ってくると、アリアーヌ嬢はその剣戟を真正面から受け止める。受け流すのではなく、受け止めたのだ。それは相手と同等の力か、それ以上のものを持っていることを示している。
やはり、内部コードも実戦レベルで用いられるのか。しかしこの技量だと、アリアーヌ嬢は剣技型なのか? 女性にしては珍しいが……。
そして二人の剣戟は互いにさらに激しさを増していく。もはや魔術が介入する要素などないほどに、その速度も徐々に疾さが増していく。
「ふふ……」
激しい応酬の中に在ってアリアーヌ壌が、ニヤリと微笑を浮かべたのが俺には見えた。そして次の瞬間、彼の足には無数の氷が絡みつくようにして出現。咄嗟のことに相手は対処できず、そのままバランスを崩して倒れ込んでしまう。
もちろんそれを逃す彼女ではない。すぐに距離を詰めると、胸に固定されている薔薇の飾りを縦に切り裂いた。
『おおおおおおおおおおっ!!』
勝負が決まった瞬間、周りから感嘆に満ちた歓声が上がる。彼女は名実ともに有名なようで、周りへ手を振りながら余韻の残るその場から去っていく。旎靡くその白金の髪はとても美しいものに見えた。そして自分の振る舞い方をよくわかっている、そんな感じの印象を改めて抱く。
「すごーいっ!! お姉ちゃん、あんなに大きい人に勝ったよっ!!」
「えぇ。すごいですね。ティアナちゃんのお姉さんは、とてもすごい人だと思います」
「へへーん! そうだよっ! お姉ちゃんはすごいんだから!」
と、その小さな胸を張るティアナ嬢。
俺が口にしたのは、別にリップサービスでもない。ただ純粋に、彼女の技量は学生の中でもトップレベルだと判断したのだ。あの剣戟の中に在ってあれだけの魔術を使用できるのは素直に脱帽だ。一見すれば、ただの高速魔術にも見えるが……あれはそうではないようだしな。
あの戦いの中で、アリアーヌ嬢は魔術を用いる余裕があった。相手はそんな余裕もなく、ケアすることも頭になかったのだろう。
これこそが、アリアーヌ=オルグレン。
きっとその真価はまだ隠されているだろう、その片鱗だけでも垣間見ることができたが……今のアメリアが勝てる未来は、俺には思い描くことはできなかった。
◇
「先程はありがとうございました。ティアナも無事に帰ることが出来たようで」
「いや別に構わない。俺としても、ティアナ嬢が満足して帰ったのなら嬉しい限りだ」
現在いるのは、アリアーヌ嬢の自室。室内はうちの寮とあまり変化はないが、そこは三大貴族だからなのか一人部屋であるし、室内の間取りもかなり広い。装飾はあまり派手ではないものの、綺麗に保ってあるようだった。
あの後は、実家に連絡を取ったらしくティアナ嬢には迎えの人が来て、そのままその人と帰宅していった。
「バイバーイ! またねー!」
と、ブンブンと手を振ってニコニコと笑いながら去っていった。
ちなみに俺の口調も部屋で二人きりということで男性のものに戻している。先ほどは女性にしてくれと頼まれたが、もう男性でもなんでも良いとのことだった。
半ば呆れ気味に彼女は言っていたが。
「ティアナ嬢はとても良い子だな。きっと将来は君のような美人で人格者に育つのだろう」
「……」
「どうした?」
俺が思ったことを率直に口にすると、その真っ白な肌は少しだけ朱色に染まっていた。顔も俯けており、俺の方を意図的に視ないようにしている。
む……これはまさか、何かしてしまっただろうか。
そう思っていると、彼女はすぐに口を開いた。
「べ、別になんでもありませんわっ! あなた……いつも女性にそんなことを言っているんですの? 慣れているようですけど……」
じーっと見つめてくるので、俺は再び素直に答える。
「当たり前だろう。女性はとにかく褒めろと、教育されているからな」
「……そうですか。ま、わたくしの美貌は当然のものですわ」
「あぁ。そうに違いない」
「……調子狂いますわね」
そしてテーブルに置かれている紅茶に口を付けると、一息ついてアリアーヌは語り始めた。ちなみに、互いにファーストネームで呼び合うようになっている。
曰く、「あなたのことは気に入りました。特別ですのよ?」とのことらしい。
「それで、レイはどう思いました? わたくしの戦いを」
「……そうだな。相手の剣戟を真正面から受け止める技量。内部コードの扱いはかなりすごいな。だが特筆すべきは、あの発動した魔術。あの剣戟の中で魔術を使う余裕があるとは驚きだが……実際、あれは遅延魔術だな。おそらく、剣戟が始まった瞬間には既に地面には魔術が発動状態で臥せられていたはずだ。後は獲物をおびき寄せるようにして、指定の位置に移動させて……終了、と言ったところだな。戦術が組み込まれた頭のキレる巧者の戦い方だ」
「お、驚きました……そこまで見えていたんですの?」
「遅延魔術の場合は第一質料の流れに癖が出るからな」
「はぁ……それはまたすごいですわね。というよりも、あなたは出ないんですの、魔術剣士競技大会に」
「諸事情あってな。今は運営委員として活動中だが、その傍らでアメリアの訓練にも付き合っている」
「アメリア? あのアメリア=ローズ?」
「あぁ。アメリアとは友人だ」
「……そうでしたか。では、アメリアのためにこの学院に来て、私の調査に来たと」
「そうだ」
アリアーヌは少しだけ目を見開いて、驚いたような表情をしていた。
そんなに意外なのだろうか。
しかもそれは、俺が魔術を見抜いたことよりも、アメリアの友人と言った瞬間の出来事だった。むしろ魔術の時は軽く驚いたくらいだが、今回は本当に心から驚いている……そんな印象を抱いた。
幼い頃から顔見知りであるはずの二人。そんなアリアーヌがアメリアのことを知らないわけがない。だからこそ、その反応は少し気になるものだった。
アメリアの過去か。ここでアリアーヌから聞くこともできるかもしれない……だがそれはできない。アメリアがいつか自分の口から話すまで、俺は待つべきだと考えている。それが友人というものだと、俺は思っているのだから。
「……そうですか。アメリアにもあなたのような友人ができたのですね」
感慨深そうに、それこそどこか虚空を見つめるような形でそう告げる。それはきっと過去を想起しているのだろう。
そしてアリアーヌは少しだけ間を置いて、軽く微笑みながら話を続ける。
「でもまぁ……わたくしは女装姿しか知りませんけど。ふふ」
「当日は男性として会うことになるだろう。運営委員としての活動もあるしな」
「はぁ……あなたって本当に変わっていますのね」
「そうだろうか?」
「そうです。得てして、変人とは自分のことをそう思っていないものです。けど……あなたと友人のアメリアに少し嫉妬してしまいますわね。あなたはとても面白い人ですから」
にこりと微笑む。
俺はお世辞でもなく、純粋な彼女の気持ちだということはその美しい微笑みを見れば容易に理解できた。
「大丈夫だ。俺はもう、アリアーヌとも友人でいるつもりだ。違うか?」
「ふぅ……まぁ、そういうところも含めて……レイは規格外ですわね。普通は三大貴族を前にしたら、萎縮するものですのよ?」
「そうなのか……しかし俺は対等な友人として、付き合っていきたい所存だ」
「ふふ。なら、わたくしも友人ということでこれからよろしくお願いしますわ」
微笑みながら、テーブル越しに握手を求めてくる彼女。かすかに揺れる縦に巻かれた白金の髪から女性特有の甘い匂いが鼻腔に広がる。
もちろん俺もまた、それに応じる。
「アメリアは強くなる。そして新人戦で優勝するのは、彼女だ。残念ながら、アリアーヌには敗北の味を知ってもらうことになる」
「ふふふ……楽しみですわ。そしてその言葉、そっくりそのままご返却致しますわ」
互いに敵対しているも、そこには別に敵意はなかった。
ただ競い合うライバルとして、俺たちは見詰め合っていた。
アリアーヌ=オルグレン。彼女を超えるのは並大抵のことではないが、アメリアならきっと彼女を打ち破れるだろう。エインズワース式ブートキャンプは切っ掛けに過ぎない。アメリアに足りないのは自信。その揺るぎない自信を獲得できれば、彼女はもっと先へ行ける。
そして、アメリアはもっと大きな空に羽ばたいてゆける。
俺はそう信じているのだから──。




