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第37話 俺による乙女の方法



「今日はいいお紅茶が入りましたの」

「そうなのですか?」

「えぇ」

「みなさん、楽しみですわね」

「そうですわね」

「はい。とってもいい香りですわ」



 早朝。今日は休日だが、朝から園芸部での集まりがあった。もちろん俺は予定通り、この後にディオム魔術学院に調査に行く予定だ。


 かのアリアーヌ=オルグレンのリサーチをするとアメリアにも約束したしな。


 だが気がついただろうか。実は今の会話の中に……俺がいたことに……。


 そうして園芸部のみんなで紅茶とスコーンを楽しんでいると、セラ先輩が慌てた様子で入ってくる。



「も、申し訳ありません……! 遅れてしまいました……!」

「大丈夫ですよ、ディーナさん。後1分ほどあります」

「そうですか。良かったです」



 レベッカ先輩にそう言われてホッとするセラ先輩。


 彼女はいつもの席に座ると、そのまま紅茶をもらっているが……ふと、視線が俺と重なり合う。



「あら? レベッカ様。新入部員の方ですか?」

「いえ。レイさんです」

「は?」



 ぽかーんとしているようなので、俺は改めて挨拶を交わす。



「セラ先輩。ご無沙汰しております。レイ=ホワイトでございます」

「な……は……!? いやいや……冗談でしょう? だって、声も見た目も女の子じゃない!!」



 そう言われてしまうので、俺は自分の声を元の男の状態に戻していく。



「ん……ん……はい。これでいかがでしょうか、先輩」

「うわっ! そんな見た目でいつもの声出さないでよっ!! こわっ!!」

「では、戻しておきますね?」

「……レベッカ様、これは……」

「実は……」



 ということで、レベッカ先輩が概要を語ったが……別にそれは大したことではない。ただ単純に俺が女装をして、この園芸部の集まりにやってきたというだけだ。もちろん、この後に控えているミッションのためにも。


 それに俺の女装技術が衰えていないか、確認もしたかった。すでに声変わりをしてから、あまりこの手の技術は使っていない。念のために自分の部屋に忍ばせていた、化粧道具を使ってメイクをし、さらには各学院の女子の制服も新品で揃えた。


 これも実は、部長に相談すると……。


「なるほど。任せておけ」


 と言われ、翌日には俺のサイズぴったりの女子用の制服が用意されていたのだ。なかなか高身長なため、このサイズの女子の制服は集めるのは大変だっただろうに……部長はいとも簡単にそれをこなす。


 もしかすると、部長は只者ではないのかもしれない……。



「……わかりました。百歩譲って、女装が似合うことは認めましょう。もともと、ちょっと中性的な顔で線も細いから……でも、声よ!! どうやってその声出してるのよっ!!? それに骨格! 骨格がおかしいし、筋肉もなんか減ってるし、あんたそれはおかしいでしょ!?」

「男性でも女性の声はトレーニングすれば出せますよ、先輩? 骨格と筋肉は内部インサイドコードの応用です。潜入捜査の訓練を受けている者なら、肉体の変化はある程度できるべきですが、私は少々……得意、と言ったところでしょうか? まぁさすがに身長までは無理ですけど」

「そ、そうなの……?」

「はい。私も血の滲むようなトレーニングを重ねて、できるようになりましたので」

「まぁそれはいいけど……どうして、女性の声を出す必要があるのよ」

「潜入調査では、性別を変えたほうがいい場合もありますので」

「……うん、わかった。あんたのことは深くは聞かないことにしておくわ……」



 ということで俺は完全に女子生徒の格好をしていて、女性の声を出して対応している。


 栗色をした綺麗な茶髪のロングのウィッグをかぶり、さらには化粧も一通りこなした。ただし、あまり濃いと学生には見えないので最低限に。あとは胸に詰め物を入れて、完成。


 師匠に女装技術を叩き込まれていたのだが、ここで役に立つとは。


 やはり師匠は偉大だと俺は改めて思うのだった。



「レイちゃん、可愛い〜」

「うんうん。ずっとその格好でいなよ!」

「男の子の時はかっこいいけど、女の子はすごい可愛いね〜」

「ほら、お菓子食べる? 紅茶もどうぞ?」

「みなさん。ありがとうございます」



 なぜか俺の女装は大好評で、このように先輩方には大受けだった。


 これは確かな手応えがある。


 どうやら、俺の技術も劣ってはいないようだな。

 

 そう再確認すると、スッと椅子から立ち上がる。



「先輩方、私は少し用事がありますので……」

「そうですか。レイさん、またいらしてくださいね」

「はい。またお花の話をしにきますね。では、先輩方……失礼します」



 恭しく礼をすると、俺は部室から出ていく。



「レイってば……まじで可愛いわね……」



 最後にセラ先輩がぼそりと呟く声が聞こえ、俺は反射的にガッツポーズを取るのだった。



 ◇



 先ほどはアーノルド魔術学院の制服だったので、俺は今度はディオム魔術学院の制服へと着替えるために自室に戻ってきていた。すると、ちょうどエヴィも起きたのかあくびをしながら、室内をうろついていた。



「おー、レイか。いつもランニングとはすげぇなぁ……ん? いや、誰だ?」

「私……じゃない。ごほんっ! 俺だ」


 声を調整して、すぐにいつもの男の声に戻す。


「……は? お前、レイなのか?」

「いかにも。レイ=ホワイトは俺だ」

「で、でもよ……女じゃん!!」

「ちょっとした事情でな。今からミッションに向かうために女装をしている」

「いや待て……待ってくれ……頭の整理が追いつかない……」

「大丈夫だ。あるがままを受け入れろ」



 そんな風に話しながら、俺はササッとディオム魔術学院の制服へと着替える。そして姿見で改めて自分の容貌を確認する。


 胸まで伸びる茶色の髪に、透き通るような白い肌。またその唇は血色がよく見える程度で、決して濃いものではない。まつ毛も綺麗に上を向いており(ビューラーで上げた)、シワひとつ、シミひとつない完璧な女子生徒が生まれていた。



「よし、完璧だな。では行ってくる。帰りは夕方から夜になる」

「あ……あぁ」



 釈然としない様子だったが、まぁ仕方ない。みんな初めは驚くものだったからな。


 そうして俺はこの学院を出ていく前に……アメリアの様子だけは確認しておきたかった。別に信じていないわけではないが、今日も今日とて訓練に励んでいるのだろうか……。


 そして俺は、いつもの演習場に向かうのだった。



「む……やっているな。しかしあれは……エリサとクラリスだろうか?」



 アメリアはどうやら俺が課した訓練を早朝からこなしているようだった。でも今回は隣にエリサとクラリスもおり、どうやら訓練を手伝っているようだった。生み出した氷を自分で溶かす単純作業だが、実際に準備や後の処理は面倒なので……それをエリサとクラリスでやっている……ということか。


 素晴らしい友情だな……と思いつつ、いつものように俺は教官の気分でアメリアに話しかける。



「アメリア訓練兵ッ!! よくやっているようだなッ!!」

「レンジャーッ!! 今日も訓練に励んでおりますッ!! うん……? え……?」

「え、今の声って……」

「レイくんだけど……え? え?」



 全員がポカーンとしている中で、俺はそのまま会話を続ける。



「エリサとクラリスも手伝っているのか。素晴らしいな。ただアメリア訓練兵よ。集中力は切らすなよ? 友人がいるからと言って、弛緩してはならない」

「れ、れんじゃー?」


 きょとんとした様子で俺を見つめてくるので、すぐにネタバラシをする。


「あぁ……すまない。今からミッションに行くのでな。その際に女装の方がいいと判断したので、こんな格好をしている」

「「「ええええぇぇぇぇ!!??」」」



 全員の声が、重なるようにしてこの場に響いた。三人ともに驚愕しているようで、エリサに至っては口を抑えている。しかし、そこまで驚くことなのだろうか。一応、原型は残っていると思うのだが……。



「ちょ、ちょっと待ちなさい!! あんた……まじでレイなの?」

「ふ……どうだ、クラリス。俺の女装もイケているもんだろう?」

「いやイケてるとかレベルじゃないけどっ!? そこらへんの女子よりも可愛いけど……っ!?」

「う……うん、私も……ちょっと驚き……いや、ちょっと怖いかも……っ」

「……えぇ。二人のいうとおりね。私もにわかには信じがたいわ……あのレイがここまで変わるなんて……」

「ふ。それなら良かったものだ。バレてしまっては意味がないからな」



 今回のミッション、実は普通に男子生徒として潜ることも考えたが……アリアーヌ=オルグレンに近づくには、異性よりも同性の方がいいだろうと判断したのだ。どうやら、彼女は周りに取り巻きのようなものを作っているらしく、男子生徒はあまり寄せ付けないのだとか。


 だからこその女装。


 唯一、身長が高いのはどうしようもないので、そこはもう活かすようにしてみた。スカートは少し短めでスラッとした脚が目立つように、さらにはソックスも丈の短いものを選択している。こうすれば、この脚の長さが一番目立つ。


 これはどこからどう見ても、女性にしか見えないことだろう。


 もちろん、ムダ毛の処理は完璧だ。今日は起きてからすぐにシャワーを浴びて、全て丁寧に剃ったからな。




「あ! でも、あんた声はどうするのよ?」

「クラリスさん。これでいかがでしょうか?」

「こわっ!! え!? どうやって出してるの!!?」

「男性が女性の声を出す技術はすでに確立されていますよ。喉仏を押さえ込んで、こうやるんですが……感覚的な問題なので、一概には言いにくいですね。練習あるのみ、ですよ?」



 首をちょっと傾げて、敢えて女性の仕草を出してみる。向こうに行ってしまえば、男の声に仕草は封印しないといけないからな。今のうちから染み込ませておこう。



「う……うわぁ……なんか私よりも声が可愛いんだけどっ! しかも偽物だけど、胸大きいのも、なんかムカつくっ!」

「……私も、ちょっと自信なくす……かも……」

「レイ、あなたは一体どこにいくつもりなの……?」



 三者三様の反応だが、いい手応えだ。アメリアは完全に異形のものをみるような目つきをしているが……まぁ、上々の反応だ。

 

 さて。ではそろそろ向かうか。



「アメリア。期待していてくれ。必ず、アリアーヌ=オルグレンの情報を入手してくる!! では、みんなさらばだ!!」



 ということで、俺はこの女装姿のまま意気揚々とディオム魔術学院へと向かうのだった。


 我が女装に一片の悔いなし!


 フハハ!

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