第327話 帰路での出会い
「お兄ちゃん! 一緒にお風呂はいろっ!」
「あぁ。行こうか」
「うん!」
あれから一年が経過した。俺とステラはもはや本当の兄妹以上に仲良くなっていると言っても過言ではないだろう。いつもどこに行く時も一緒で、サーシャさんとルーサーさんには温かい目で見つめられている。
その中で、サーシャさんが「うふふ。このままいけば……」と怪しそうな声音で何かを呟いていたのだが、その真相は謎である。
「ふぅ〜……気持ちいいねぇ」
「そうだな」
一緒に浴槽に入る。ステラは俺の膝の上に座って、ゆったりとしている。俺はそんな彼女の頭を優しく撫でるのだった。
「今日も疲れたよぉ」
「よく頑張ったな」
「うん……っ!」
ステラはこの一年間、俺に魔術の稽古をつけてほしいということで色々と教えている。魔術の使い方だけではなく、森での過ごし方や戦い方など。俺は今は特に何もすることはないので、主に家事とステラに教えることに時間のほとんどを費やしている。
俺が誰かにものを教える日が来るなんて……夢にも思っていなかった。今まではずっと、俺は教えてもらう立場だったから。もしかしたら、師匠のこんな気持ちだったのかもしれないな……。
師匠とはこの一年会っていない。
手紙でのやりとりはしているのだが、直接会ってはいない。手紙では元気にやっていると書いてあるし、新しくメイドを雇って身の回りのお世話はその人にやってもらっているらしい。
だが、明日……やっと師匠と会うことができる。新しい家を買って、そこで今は生活をしている師匠に誘われたので、俺は師匠の家に向かう予定だ。
「お兄ちゃん! 一緒に寝よっ!」
「あぁ。いいよ」
ステラと一緒にお風呂に入って、一緒に寝る。これはいつものルーティーンの一つだ。俺の部屋にトコトコとやってくると、ベッドにやってくる。そして、俺の体をギュッと抱きしめながら眠りに入る。
「お兄ちゃん……」
「ん? どうした?」
「明日。リディアさんのところに行くんだよね」
「そうだが」
「気をつけてね」
「あぁ。大丈夫だよ。ちゃんと帰ってくるから」
よしよしと頭を撫でる。すると、ニコリと笑みを浮かべた後にスヤスヤと寝息を立て始めた。ステラのそんな様子を微笑ましく見つめながら、俺もまた眠りにつくのだった。
翌日。
俺は早速、師匠の家に向かうことに。前回の手紙のやり取りで地図はもらっているので、それをもとにして進んでいく。西の果てに居を構えているらしく、かなり距離としては遠い。馬車での移動を複数回してから、徒歩で向かう形になるだろう。
こうして外に出てくるのは珍しい感じだった。
この一年は、一人で長距離を移動することなどなかったからな。
師匠の家があるという森の前にたどり着いた。緑が生い茂っており、微かに木漏れ日が差し込んでいる。その中を俺は迷わず進んでいく。
師匠は元気にしているだろうか。どんな生活を送っているのだろうか。会った時、どんな顔をして話せばいいのだろうか。
そんなことばかりを考えてしまう。
「ここか」
たどり着いた。
大きな洋館だった。ここで師匠とメイドの人が一緒に暮らしているらしいが、二人で暮らしているにしてはかなり大きい。
ノックをする。時間通りにやって来たので、すぐに出てくると思うが……。
「レイ=ホワイトです」
と、言葉を発した瞬間。扉がギィィイと音を立てて開いた。
「お初にお目にかかります。カーラ=ヘイルと申します」
出て聞いたのはメイド服を着た女性だった。真っ黒な長い髪を三つ編みにして、後ろでまとめている。限りなく無表情であり、俺のことをじっと見つめている。
「レイ=ホワイトです」
「レイ様。お話は伺っております。主人のもとへ案内します」
「ありがとうございます」
カーラさんに案内されて俺は室内へと進んでいく。外観はかなり年季の入っている感じだが、中は内装がそれなりに豪華だった。シャンデリアが輝いており、それにホコリ一つない綺麗な空間だった。
そして、俺は一年ぶりに師匠と会うことになるのだった。
「レイ! 元気にしていたか!」
軽く靡く髪。師匠の腰まであった長い金色の髪は、肩下にまで短くなっていた。それに表情もどこか晴れやかだ。最後にあった時とは、印象がだいぶ違う。
「師匠。はい。元気にしていましたよ」
「姉さんに話は聞いていたが、ステラとは仲良くなったようだな」
「そうですね。いつも一緒にいます」
「ははは。それはよかったよ」
「髪……」
「あぁ」
師匠は軽く自分の髪に触れる。俺が何を言いたいのか、分かっているのだろう。
「短くしたよ。心機一転ってやつか?」
「そうですか。とてもよくお似合いだと思います」
「お、そうか?」
「はい。髪が短いと、まるでお淑やかで清楚に見えますね」
「あ? まるでってなんだ?」
背筋が凍りつく感覚を覚える。師匠はギロッと俺のことを見つめてくるが、それは明らかに殺意の篭ったものだった。
「い……いえ。とてもお綺麗ですよ?」
「だよなー。そうだよなー!」
「あはは……」
愛想笑いを浮かべる。
師匠は変わった。以前よりもとても明るくなったような気がする。極東戦役が始まった時からずっと張り詰めていたから。それに今は……車椅子に座っている。その事実は否応なく、自分の不甲斐なさを思い出してしまう。
「脚……どうなんですか?」
「ん? まぁ、まだ動けることはないが、それでも大丈夫だ。カーラもいるしな」
すると、カーラさんが俺と師匠の分の紅茶を運んで来てくれた。
「いえ。メイドですので」
淡々と言葉にする彼女のことが俺はイマイチ分からないが、師匠が信頼しているようなので特に言及することはなかった。
「レイは姉さんの家で元気にやっているのか?」
「えぇ。実は──」
俺はこの一年であった出来事を全て師匠に話す。すると、師匠は徐々に顔をしかめていく。何か悪いことでも言ってしまったのだろうか?
「なぁレイ」
「なんでしょうか」
「ちょっとステラと距離が近くないか?」
ステラと距離が近い? 俺としては、当たり前の兄妹としての距離感で接しているつもりだが……俺の基準はおかしいのかもしれない。まだ分からないことが多いからな。
「まぁ……いいだろう。あくまで兄妹だからな」
「そうですか?」
「あぁ」
ということで、そのあとは一緒に食事を取って俺は帰ることになった。
「レイ。泊まってもいいんだぞ?」
「いえ。今日は帰ります。馬車もギリギリ間に合うと思いますので」
「そうか……また、元気な姿を見せてくれ」
「はい。それでは失礼します」
師匠の家を後にする。すでに夕暮れ時は過ぎて、外は真っ暗になっていた。馬車の時間もギリギリになってしまうので、俺は走って森の外へと出ていこうとしていた。
そんな時だった。
銀色の髪をした少女が手足を縛られて、口には猿轡を噛まされていた。意識はあるのか、瞳にはまだ力があるような気がした。周りには黒のローブを着た男が何人もおり、何かを話しているようだった。
「んーーーーーーーーっ!!」
目が合った。
刹那、すぐに彼女が助けを求めているのだと俺は理解した。
これが俺とオリヴィア王女の邂逅の瞬間だった。




