第323話 ホワイト家へようこそ
たった一人で歩みを進める。
完全に一人だけの時間というものは、なんだか新鮮だった。師匠たちと出会ってからは、周りには大人たちがいた。いつもずっと側にいてくれたが、今は一人になってしまった。
俺はもらった地図を見つつ、ホワイト家を目指していた。
馬車から降りると、田舎道を進んでいく。王国の一番東に住んでいるという師匠の姉の家族。周囲は森と山が多く、王国の中央区に比べればかなり田舎だ。といっても、別に田舎が嫌というわけではない。むしろ、今の心理状態であれば田舎の空気の方が俺に合っているだろう。
きっと、師匠はその点も含めてホワイト家の養子になれと言ったのだろう。
また既に養子の手続きは完了している。俺としては……別にどうにでもなれ、という感じだった。今の俺に生きる気力はそれほど残っていない。師匠たちとずっと一緒にいると思っていた。
極東戦役が終われば、またあの騒がしい日々を送ると思っていた。
でも、師匠はそれをやめた方がいいと言った。俺たちが近い場所にいると、凄惨な戦争のことを思い出してしまうから。俺としてはそれでも師匠の側にいたかったが……距離を取るべきというのは、理性の方では理解していた。
新しい環境に身を置くべき時なのだろう。
左右を見渡すと、大きな畑のようなものが広がっていた。今はちょうど春前ということで、芽が出ていない花々も多いのだろう。
澄んだ空気に、真っ青な空。
微かに漂っている白い雲を見つめる。
こんな綺麗な空をはっきりと見たのはいつ以来だろうか。極東戦役の最中は、空を見る余裕などありはしなかった。あったとしても、そこは赤黒い世界が広がっているだけだった。
「……行くか」
ボソリと呟いて、リュックを背負い直す。自分の持ち物はほとんどないが、ある程度はあるのでリュックに詰めている。右手にはフロールさんからもらった紙袋を下げている。
「ん? これは……」
紙袋の中には日用雑貨が入っているのだが、紙の束のようなものがまとめられていた。もしかしてこれは……。
と思って取り出してみると、どうやらみんなからの手紙がまとめられているようだった。全員分の名前を見て、俺は少しだけ涙ぐんでしまう。が、何とか涙を流さないように止まる。
時間がある時に読ませてもらおう。
そうして俺はついにホワイト家の前に辿り着くのだった。
白を基調とした建物であり二階建てではあるが、かなりの大きさである。おそらくは田舎ということもあって、土地代が安いことが関係しているのだろう。
「すみません」
ノックをする。するとすぐに扉は開いた。出てきたのは、師匠にそっくりな女性だった。金髪碧眼に加えて、女性にしては身長が高い。さらさらと流れる金色の髪は、師匠のものとそっくりだった。
一目見ただけで分かる。彼女こそが、師匠の姉であるサーシャ=ホワイト。書類の上では、既に俺の母親となっている人だ。
「あらあら。よく来てくれたわね」
「いえ。歩くのは苦にしておりませんので」
「そう。リディアから話は聞いているわ」
「はい。これからよろしくお願いいたします」
頭を深く下げる。
俺の存在はホワイト家にとって異質な存在である。だから礼節を弁えるべきだ。家族の邪魔をしないように、ひっそりと過ごさせてもらおう。そして時が過ぎれば、俺はどこかで一人暮らしでもしようと思っている。
それだけのスキルは十分に持っているからな。
「おぉ! やって来たのか!」
もう一人、奥から男性がやってくる。茶色の髪をしており、見た目も若く見える。年齢は詳しくは聞いていないが、三十代前半に見える。
さらにとても人の良さそうな笑みを浮かべている。話し方や挙動、加えて声色からとても快活な人であると察した。
「レイと申します」
「ルーサー=ホワイトだ。君の話はよく聞いているよ」
「これからよろしくお願いいたします」
彼にもまた、丁寧に頭を下げる。顔を上げると、二人とも困ったような顔をしていた。
俺の対応に何か問題でもあったのだろうか……?
「レイ。少しいいかしら」
「はい」
サーシャさんはじっと俺の瞳を見つめてくる。
「私たちはもう家族なの」
「はい。理解しています」
「いいえ。あなたは分かっていないわ。リディアに聞いた通りね」
「え……と。それはどういう意味でしょうか?」
「それはこれから、一緒に探していきましょう」
ルーサーさんもうんうんと頷きながら、その話を肯定する。
「あぁ。その通りだ。レイ。私たちは、家族なんだ。いやこれから本当の家族になっていこう。君の事情は知っている。だからこそこの家でゆっくりと休んでほしい」
「……はい。分かりました」
この場では理解を示しておくが、俺には分からなかった。そもそも、どうして俺なんかを引き取ろうとしたのだろうか。いくら師匠の頼みとは言え、断る選択肢もあったはずというのに。
この手は血に塗れている。戦場で数多くの命をこの手で奪ってきた。そんな子どもを、家に置くことを許容する事が今の俺には全く理解できなかった。
それから室内に案内されると、一房だけ小さな茶色い髪が扉からはみ出しているのが見えた。
俺の姿を捉えると、ビクッと少しだけはみ出している体が反応する。
「ステラ。今日からあなたのお兄ちゃんになる人よ。お話ししたでしょ?」
「……う、うん」
俺よりも一歳年下という女の子。名前はステラ=ホワイト。艶々とした茶色い髪に、ぱっちりと開いた目に高い鼻。将来はきっと、美人になるのだろうと思わせるほどの綺麗な容姿だ。
どうやら俺に対して驚いているのか、それとも畏怖しているのか視線を俺と合わせることはない。
これが普通の反応だろうと思って、俺はなんだか落ち着いていた。
「え……っと。ステラ=ホワイトです」
「レイだ。これからよろしく頼む」
スッと握手を求めるが、ビクッと体を揺らしてからおずおずと手を伸ばしてくる。とても小さくて薄い手だった。一歳年下の女の子ということを考慮しても、体は小さい気がする。
彼女はアーノルド魔術学院の初等部に通っているらしく、今は五年生で春から六年生になるという。その情報は頭に入っているので、普通の子どもはこんな感じなのか……と心の中で納得する。
こうして俺はホワイト家に正式に所属することになった。この時はまだ、俺は知らなかった。ただホワイト家は師匠に勧められたからやって来た程度の認識しかなかった。
しかし、俺はこの家で数多くの大切なものを学んでいくことになるのだった。




