第312話 英雄のなりそこない
レイと会話をしていると、涙腺が緩んでしまったので私は踵を返して去っていく。この涙を決してレイに見せることなどできない。
私はこの極東戦役で英雄と呼ばれていた。
英雄になりたかったわけではない。私は誰かに認められたいから、褒められたいから戦っているわけではない。承認欲求などは二の次で、全ては王国民のために戦っている。
才能には責任が伴う。
それは自分自身に対する戒めでもあった。そう考えることで私は、自分自身を縛り続けて前を向くことができたから。
自分はずっと強い人間だと思っていた。
周りからの評価は傍若無人の天才と言ったところだろうか。でもそれは、虚像でしかない。いやきっと……本当の自分や嘘の自分などはないのかもしれない。
人間はただ、その時に応じて自分の顔を使い分けているに過ぎない。他人にとってはよく見ている顔だが、他人に見せることのない顔だって決して偽物ではないだろう。
その顔を全て含めて、私を構成しているのだから。
「ふぅ……」
息を漏らして、ベッド倒れ込むようにして休みをとる。
先ほどはちょうど気分転換をしたいということで、外に出ていた。ここ最近はよくそうしている。
眠ろうとしてるとどうしても思い出してしまうからだ。
仲間の悲鳴、怒号。それに飛び散る四肢に溢れ出る血液。最前線はまさに地獄と形容していいだろう。だが、その中を誰かが進んでいかなければならない。
いわゆる、人柱と形容してもいいのかもしれない。
私の才能は人柱になるには十分すぎるほどの才能だ。敵との戦闘で負ける気など全くしない。戦えば戦うほど、自分の感覚が研ぎ澄まされていく。己の心を削り、魂を削り、それに比例してさらに強くなっていく。
それが英雄、リディア=エインズワースだった。
そう。私はそれでいい。
全ての慟哭はこの私が引き受けよう。それがきっと、私が戦っている意味なのだから。仲間の死には慣れてしまった。人間という生き物は適応してしまう。それがたとえ、大切な人たちが翌日に隣で無残にも死んでしまうとしても。
そんな自分のことを薄情だと思った時もあった。けれど、そうしないと自分を保てる気などしなかった。
ずっと暗闇の中を進んでいるみたいだった。
ただひたすら光のない空間を走り続ける。
その隣にはレイがいた。レイはずっと私の側にいてくれた。正直なところ、最前線はレイと私がいなければとっくに崩壊しているだろう。私一人でも、レイ一人でもダメだった。二人がいるからこそ、ここまで戦うことができた。
「……」
手をスッと頭上にかざす。
考えるのはレイの未来のことだ。
結果的にレイを軍事的に利用してしまっている罪悪感が拭えなかった。もし、私と出会うことなく普通の家庭で育っていればもっと幸せになることができたんじゃないか?
こんな英雄のなりそこないの私ではなく、しっかりとした人間の元に預けるべきだったのではないか?
レイに対して何か魔術的に惹かれるものはあった。心の中ではあの能力を制御するために、私の教えは正しかった……と思いたい自分もいる。それこそ、自分の才能に飲み込まれて死んでしまう魔術師もいるから。
それと同時に別の可能性も考えてしまう。
普通の家庭で、普通に育って、普通のありふれた幸せを享受する。
レイにはそんな未来だってありえたはずだ。
レイが決定的に変わってしまったのは、ハワードの死を経験してからだ。
ハワードは……特殊選抜部隊のムードメーカーだった。いつも隊のみんなを気にかけてくれて、私だって幾度となく世話になった。ハワードが死んだ時は、レイにきつい言葉を浴びせた。そうしなければ、もうレイが立つことはできないと思ったからだ。
だが、私だって目の前でハワードが死んで何も思わないわけではない。その日の夜は、涙が枯れるまでずっと泣いていた。決して誰にも見られることのないように、声を押し殺して彼の死を嘆いた。
それに、ハワードだけじゃない。この戦場で仲良くなった戦友が死ぬたびに、私は涙を一人で隠しながら流していた。この涙が枯れることはきっと、永遠にないのだろう。そんなことを思いながら、私は次の日には新しい戦場に赴いていた。
悲しくも戦場で戦っている時は、余計なことを考えないで済むから。
「なぁ……私は、本当に正しいのか? この道は正しいのか? 私は……私は……」
ボソリと呟くが、それ対して誰も返答はない。
分かっている。
正しさを決めるのは過程ではない。全ては結果だ。結果が逆説的に、その過程を決めるのだ。一見すれば私は大量殺戮者だ。平時にそれをしていれば、ただの畜生に過ぎない。
しかし、戦争という大義名分があれば敵を殺した数だけ英雄になれる。
でも英雄とはこんなものなんか?
こんな私が英雄だと?
「は……ハハハハハ! アハハハハハハハハ!!!!」
壊れてしまったかのように笑う。
あぁ……おかしい。何でかって?
私が英雄になれるなんて、ありえないからだ。いうならば英雄のなりそこない。人を殺すことを戦争という大義名分で割り切ることのできない、ただの愚かな女。それが私だ。
感情に流されてはいけない。理性的に動き、論理的に考え、全てを理性で制御する。それが英雄に課された条件だ。英雄に感情はいらない。必要なのは功績だけだ。
なぁ……私よ。
私は、この戦争が終わった時どんな顔をしているんだ?
どんな顔で毎日を送ればいい?
戦いのない日常など、すでに私の日常ではない。この異常な環境に染まり切った私はどこに向かうんだ?
なぁ……教えてくれ。レイ。
レイ……私はもう、何もわからないよ。
「……休もう。明日の戦いだ……」
そうして明日の最終決戦に向けて、睡眠を取ることにした。
こんな自分がどこに辿り着くのか、それはきっとこの戦争が終われば分かるのかもしれない。
才能には責任が伴う。
なぁ、私は一体どんな責任を伴っているんだ──?
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