第294話 ハワードの軌跡
ハワード=ケネット。
特殊選抜部隊ではムードメーカのような存在であり、彼の陽気さのおかげで隊はいつも明るい。たまにフロールに苦言を呈されることもあるが、概ね彼の存在は特殊選抜部隊に欠かせない。
そんな彼の出身は中流貴族である。
上流貴族になろうと目論んでいる貴族もいる中、ケネット家は特にそんな野心もなく穏やかな一族であった。
ハワードは三男であるため、家を継ぐことは無い。そのため自分の好きなことができる喜びと、兄に対する後ろめたさもあった。しかし、彼の兄はこう言うのだ。
「ハワード。お前には魔術の才能がある。俺よりももっと、大きな才が。本当ならきっと、俺じゃなくてハワードが継いだ方がいいと思うが……俺は兄貴だ。こればかりは仕方ないな」
年齢は九つほど離れている。そのため、幼いハワードは当時の兄の言葉を理解できていなかった。ただ漠然と、兄の言葉を聞いているだけだった。
「兄さん……」
頭を撫でられる。その言葉の意味を彼は全くわからなかったが、優しい兄が何か大切なことを言っているのだけは理解できた。
しかし、そんな優しい兄との時間は長くは続かなかった。
「……」
曇天。
空からはこれでもかと雨が降り注ぐ。その雨に打たれながら、ハワードは墓地に立っていた。喪服に身を包み、ただ一人じっとその場に立ち尽くす。
すでに葬式は終わった。
親族たちもまたすでに帰路についている。
ハワードは兄の墓標の前で何を思うのか。
あれから数年。彼はディオム魔術学院の二年生になっていた。魔術師としての才能も開花し、今では学院一の天才と謳われている。
その行末は七大魔術師に到達するのでは無いか、と言われているほどだ。
そんな中、兄が死んだ。死因は他殺だった。彼はケネット家次期当主として、他国への挨拶回りに向かっていた。そこを運悪く、夜盗に襲われてしまい死亡。
心臓をナイフでひと突きだったと言う。
棺桶に入っている兄の顔を見て、涙を流すことはなかった。まるで眠っているかのような兄の顔を見た時、ハワードは本当に死んでしまったのか……と思うと同時に、何もできない自分に苛立ちを覚えていた。
もちろん、今回の件に関してハワードにできることなどない。
死は唐突であり、そこに意味などない。ただ偶然にも殺されてしまった。その偶然こそが、全てだった。
しかし、人間はその偶然だけで納得できる生き物ではない。そこに何かの必然性を見出そうとする。だからこそ神と言う概念を人は信じ、その虚構に意味を見出そうとするのかもしれない。
それこそが人間の強みなのだから。
「兄さん……」
やっと溢れ出る涙。それはツーっとハワードの頬を伝っていく。
空を見上げる。この日は土砂降りで、まるでその慟哭を表しているかのような空模様だった。
この日。ハワードは誓った。
誰かを守れるような存在になろう。いつか自分の力が誰かのために役立ち、その命を救うことができればいいと……そう願った。
そこから先、彼は迷いなく軍人へのキャリアへと進むことになった。士官学校での成績はトップ。それに陽気な性格もあって、周りからは賛辞の声をもらう。しかし彼はそれで満足できる人間ではなかった。
いつか誰かを守れるように。大切な人を失わないように。
偶然というものに抗えるだけの力を──ハワードは欲していた。
「自分が新設の部隊に、ですか?」
「そうだ」
上官の部屋に呼び出されていたハワード。士官学校を卒業し、少尉としてのキャリアをスタートさせた。優秀なのはいうまでもなく、同期の中で一番の出世頭と言われている。
そんな彼は早期に別の部隊に行ってみないか、という誘いを受けていた。
「新設の部隊。そこにはリディア=エインズワース。アビー=ガーネット。キャロル=キャロラインの三名に加えて、ヘンリック=ファーレンハイト少佐が指揮を取る。興味はあるか?」
「……」
顎に手を当てて考え込む。
普通に考えればこれはいい誘いだろう。流石にハワードもその三人の名前は知っている。アーノルド王国始まって以来の天才、リディア=エインズワース。
またそれに追随する二人の天才。
三傑と呼ばれ、その三人が飛び級のような形で軍に入りちょうど士官学校をたった一年で卒業するという。おそらくは、その三人のために設立された部隊なのだろう。
それだけの天才ならば一箇所に集めていた方が管理もしやすい。それに、リディアとキャロルの性格に関しては耳に入っていた。曰く、かなりの曲者であると。
興味があるかどうかと問われれば、ある……とハワードは答える。
彼はすでに自分の才能を見切っていた。天井はすでに見えた。周りは天才だと持て囃すが、それは七大魔術師に届くことは無いだろうと。
「そうですね。自分は……」
上官もまた絶対にそこに行けと言っているわけではない。ただ候補の一人としてハワードをあげているだけに過ぎない。
「これは余計な話になるが、今後のキャリアを考えれば行かない方がいいだろう。三人の天才、特にエインズワースは異質すぎる。お前が潰されてしまう可能性もある。順調に出世したいのならば、勧めはしない」
「……」
そう言われてしまえば、そうなのだろう。圧倒的な天才を前にして、その才能に嫉妬して狂ってしまう魔術師は今までも数多くみてきた。
きっとハワードも自分がその一人になってしまうと思われているのだろう。
だが、彼が出した答えは──
「いえ。行きます。行かせてください」
「いいのか?」
「はい。構いません」
「分かった。お前の意志を尊重しよう」
特に何か大きな理由があったわけではない。それはいわば、純粋な興味だろうか。ハワードは知りたかった。どうしてまだ幼い少女が軍人になることを選んだのか。
史上最高の天才、リディア=エインズワース。
傍若無人、自由奔放。そんな彼女の未来は明るいというのに、どうしてその中でも過酷な軍人を選択したのか。そして、自分よりも圧倒的な才能の集まる部隊。今まではずっと先頭を走ってきた。
だからこそ、自分よりも大きな存在と出会ってみたい。
彼はそう……考えていた。
「エインズワース。ちょっといいか?」
「ん? お前は確か……ハワードだったな」
「あぁ」
「私のことはリディアでいいぞ?」
「じゃあ、リディアと呼ばせてもらおうか」
特殊選抜部隊が設立され、ハワードの加入が正式に決まったその日の夜。彼はリディアのもとを訪れていた。
「で、飯でも行かないか?」
「私と二人でか?」
「あぁ」
「なんだぁ〜? 私のことが気になるのかぁ〜?」
ニヤァとした笑いを浮かべる。リディアは確かに容姿は優れている。その性格に目を瞑れば嫁にしたい男は数多くいるだろう。もっともあまりにも苛烈なその性格は、目を瞑ることなど不可能ではあるが。
「あぁ。お前のことが気になってな。どうだ?」
爽やかな顔つきで、あっさりと肯定するハワード。どうやらリディアはその瞳に邪念などなく純粋に誘っているだけだと理解した。
そして彼女はその誘いを許可するのだった。
「いいだろう。で、もちろんハワードの奢りだろうな?」
「任せておけ。好きなだけ食っていいぞ?」
「ふふ。その言葉、後悔するなよ?」
まだリディアのことをよく知らないハワードは、この時は思ってもみなかった。
まさかリディアが想像を優に上回る大食漢であることを。
「……」
隣で歩いているリディアにチラッと目を向ける。そこにいるのはただの幼い少女に過ぎない。本来ならばまだ魔術学院にいるはずだというのに、飛び級で入学して早期に卒業。さらには士官学校をたった一年で卒業。
天才中の天才であることは疑いようがない。
だからこそハワードは知りたかった。自分などとは比較にならない、本物の天才は……何を考えているのか。
遅くとも過去編は、11月中旬までには終わらせようかなと。10月中は……なんとか頑張ります……!




