第292話 最前線
ついに特殊選抜部隊は戦場となっている、メルス共和国へとたどり着いた。
現在は戦場も以前よりは落ち着いているという話になっているが、それでも死傷者の数が減ることはない。
「状況は?」
「こちらでお伝えいたします」
前線に簡易的に作られている基地。そこでは野戦病棟も兼ねているようで、呻き声のようなものが聞こえてくる。血の匂いと消毒液の匂い。さらには、治癒魔術をかなり使っているようで周囲には第一質料が大量に溢れていた。
「……」
その様子をレイはチラッと視界に入れる。特に何か思うわけではないが、彼の心臓は一瞬だけ高なった。まるで何かを思い出すかのように。
「まず戦場ですが、敵国の兵士の様子がおかしいのです」
「おかしい、とは?」
ヘンリックがそう尋ねる。すると指揮官と思わしき男性は、次のように答えた。
「あれはもはや……化け物と形容すべきでしょう。理性を失って、敵味方問わずに魔術を暴発させ続ける」
「魔術領域暴走だけではないと?」
「はい。魔術領域暴走によって暴れていると思ったのですが、実際は理性もある兵士もいるようで。またそれをまとめている指揮官もいるのです。こちらとしては、何が何だか……」
その男性は完全に疲弊しきっているようだった。同じ王国軍所属であり、ヘンリックは顔見知りでもある。そんな彼が、こうした顔を見せることにヘンリックはことの重大さを理解した。
どうやら今の戦場は思ったよりも酷い状況になっていると。
「最前線はどうなっている?」
「……最前線は、すでに派遣した兵士達はかなりの数が亡くなっています。優秀な者もいたのですが、無残にも──」
そこから先の言葉を聞くことはなかった。泣きそうな表情と、あまりにも悲壮感の漂う雰囲気から全てを察したのだ。
「現在は最前線は落ち着いています。何人か見張りを立てていますが、森の中ということもあって、すぐに察知するのは厳しい状況です」
「森の中……魔術で察知できないということか?」
「森の中は第一質料が乱れているのです。魔術的な感知は厳しいかと。そのため相手の音だけで察知しないといけないため、対応が遅れているのが現状です」
「ふむ……」
顎に手を当てて考え込む。決して楽観的に戦況を見ていたわけではない。しかし、状況は思ったよりも悪化していた。だからこそ、この戦況をどのように覆していくのか。
それを考えつつ、ヘンリックは改めてこう告げた。
「分かった。最前線の方はこちらの部隊で対処しよう」
「……っ! ありがとうございますっ……!」
頭を下げる。それは心からの感謝の意を示したものだった。ここにいる軍人で、実戦を経験したものは少ない。それに相手は同じ人間。殺すことを躊躇するのは、人間として当然だ。その一方で、敵はそんな理性を備えていない。
殺すことに躊躇いがないということは、戦場において何よりの強みであった。
夜。すでに日は完全に落ちてしまい、薄暗い光がこの場を照らしつける。特殊選抜部隊のメンバーは別のテントに集まると、早速作戦の立案を開始する。
「私が考えるに、厄介なのはこの森だね。相手もそれを分かってここで戦っているんだと思うよ」
いつも以上に真面目な声でキャロルは自分の所感を述べる。特殊選抜部隊の作戦の立案は現在はキャロルが担っている。それをヘンリックと話し合い、最終的な作戦を決定する。
もちろん今は他のメンバーも揃っている。
「森ですか……魔術による探知を意図的にできないようにしていると?」
フロールの言葉に対して、キャロルはコクリと頷く。
「そうだと思う……一応、理論的には可能な技術だし。でもそれもきっと周期があるはず。絶対に弱まる時があると思うの」
神妙な面持ちで地図を見つめるキャロル。そんな雰囲気の中、レイはスッと手を挙げる。
「レイちゃん? どうかしたの?」
「森の状況なら、俺が把握できる」
「どういうこと?」
「すでにこの位置から森に潜伏している相手の位置はある程度把握できている」
ざわめきが広がる。それは、思ってもみないことだった。この基地から最前線までは優に数キロを超えている。それを知覚するなどあり得ないが、レイならば納得できてしまう。
「私もおおよその位置は把握できている。どうにも、相手の兵士は妙な第一質料を纏っている。私とレイの前ではそれも無意味だがな」
リディアもまたすでに完全に把握できているようで、キャロルは本当に頼りになる二人だと思うのだった。
「じゃあ、正確な位置を教えてもらって改めてこんな作戦に──」
作戦会議はさらに三時間を要するのだった。
深夜になった。空を見上げれば、数々の綺麗な星々を見ることができる。レイはただ一人、岩場に腰掛けるとボーッと空を見上げる。
現在は就寝時間になっているのだが、目が冴えてしまって寝ることができないので彼はたった一人でこの場にやって来ていたのだ。
「レイ。一人か?」
「ハワード。どうかした?」
後ろから人の気配がすると、そこに立っていたのはハワードだった。そのまま近づいてくると彼はレイの隣に腰を下ろした。
「ついに明日からだな」
その声音はいつも通りの彼の声だった。緊張している様子もなく、ただただ平静な様子のハワードだがそれはレイも同じだった。
「うん。そうだね」
「……落ち着いてるな」
「そうかな?」
誰がどう見ても今のレイは落ち着いているとしか言えないだろう。その雰囲気はおおよそ子どものものとは思えない。明日からは敵国の兵士との戦いが始める。それに、向かうのは最前線だ。
間違いなく殺し合いになる。だというのに、レイはいつものように冷静だった。
「実はレイがビビってないかと思って、様子を見に来たんだぜ?」
「そうなの?」
「あぁ。でも大丈夫みたいだな」
そう言ってハワードは地面に寝そべって、空を見上げる。今日の夜は雲ひとつなく、綺麗な星々をはっきりと見ることができた。別に珍しいわけではないのだが、ハワードはふと声を漏らす。
「星。綺麗だな」
「うん。今日はすごく晴れてるよ」
「レイは実戦は初めてだったよな」
「そうだね」
「一つ忠告しておくが、躊躇はしないことだ」
「躊躇いが自分の死に繋がるからでしょ?」
「流石にエインズワースに教えられているか」
「うん。でも、やっぱり実感はないよ。百聞は一見に如かず、っていうしね」
「それはそうだな。俺も実戦を経験する前と後じゃ、その言葉がよく理解できる」
ハワードの言葉は妙に重みがあった。彼は優秀な魔術師であり、天才だ。しかしその反面、実戦を経験する機会も多かった。すでに魔術によって人を殺めたことは数えきれない。いくら紛争であり、敵がいたとしてもその記憶はずっと残り続けている。
実際にそれが国を守ることにつながるとしても。
「レイ。お前は何か探しているのか?」
それは唐突な言葉だった。それを聞いた瞬間、レイは目を見張る。なぜならば、それは的を射ていたからだ。
「それは……そう、かもしれない」
「かもしれない?」
「うん。自分でもよく分かっていないんだ。どうして自分は何かを探しているんだろうって……昔の記憶が最近は思い出せない。けれど、妙な既視感を覚えている自分もいる。一体自分は何者なのか……その答えを探しているのかもしれない。戦場に向かうのも、それがあるからだと思う」
「……」
具体性に乏しく、抽象的な言葉だった。しかし、レイは確かにこの戦場に何かを感じ取っている。何かを探して、ここにたどり着いた。まるでそう言っているようだった。
「そっか。見つかるといいな」
「うん」
話はそこで打ち切られた。そうして二人は立ち上がると、基地の方へと向かうのだった。
ついに極東戦役に本格的に参加することになる。
全員が確かな使命を抱いてついに作戦は開始されることになった。
【冰剣の魔術師が世界を統べる】原作小説第2巻とコミカライズ版第1巻の発売日が決定いたしました。原作小説第2巻の方は11月2日(月)、コミカライズ第1巻の方は11月9日(月)になります! ちょうど一週間差ですね。書影などはまだですが、そちらも公開され次第共有しようと思います。
それでは、引き続き本作をよろしくお願いしますー!




